第2話 頑張れば不滅を壊せます
たった一人の女性に対し、十数名もの兵士が襲いかかる。
それは一方的な戦いであった。武芸に秀でた屈強な男たちが、まるで素人のように次々と聖女の手刀で首をはねられていく。
中には聖女の攻撃を防御しようとする者もいたが、攻撃を受け止めた剣や盾ごと両断される。
そんな中、唯一手刀を受け止めた者がいた。近衛隊長だ。
「下がれ! 普通の武具では太刀打ちできない!」
近衛隊長はまだ首が胴につながっている部下たちを下がらせる。
「丈夫な剣をお持ちですね」
「当然だ! これは歴代の近衛隊長が受け継いできた魔法の武具! 決して折れない〈不滅の剣〉だ!」
近衛隊長は受け止めた手刀を弾き上げ、胴を薙ぐ一撃を繰り出すが、聖女は一歩後ろに下がって避ける。
近衛隊長は更に踏み込んで二撃目を放った。聖女は剣に向かって手刀を繰り出した。
聖女は攻撃を弾いてこちらの態勢を崩すつもりだろうと近衛隊長は予測した。ならば手刀の衝撃を逆に利用して次の攻撃につなげる。
しかし、聖女の手刀が刃に触れた瞬間、決して折れないはずの剣が真っ二つに切断された。
「馬鹿な。どうして」
〈不滅の剣〉はその特性から王家に対する絶対の忠誠と、騎士としての不屈さの象徴であった。
それが今、折れた。安物のなまくらみたいに。
「形ある物はいつか壊れる。その当たり前の事実を、魔法でごまかしたのが〈不滅の剣〉です。なので頑張れば壊せるのです」
近衛隊長は敗北を悟った。そして、次に繋げるために自分が出来ることをする。
「〈不滅の剣〉を破壊された! 聖女に接近戦を挑むな!」
近衛隊長は右腕にある腕輪に叫ぶ。それは声を伝える魔法の道具だ。あまり遠くまでは伝わらないが、同じ建物にいる者くらいには届く。
そして近衛隊長は首を刎ねられた。
聖女は周囲を見渡す。この場に生きているものは誰もいない。だが、まだまだ敵は残っている。
まず逃げた王の居場所を問いただし、その上で殺す。流石に簡単に教えるものなどいないと聖女は理解しているが、それでも構わなかった。
別に王を真っ先に殺したいわけではない。最終的には全員殺すのだ。敵を殺して殺して殺し尽くしていけば、その中に王がいるだろう。
手始めにこの王宮にいる敵を皆殺しにするため、聖女は謁見室をあとにした。
王子の惨殺と、隊長を含めた近衛兵の全滅の知らせはまたたく間に広がり、王宮は大混乱に陥った。
王宮に務める大勢の人々が必死になって逃げ出そうとする。
そのさなか、一人のメイドが足をもつれさせて転んでしまう。
「大丈夫ですか?」
聖女は心配になってメイドに歩み寄り、手を差し伸べる。
「イヤーッ! 殺さないで!」
当然ながら、この騒動の張本人を目の前にしたメイドは悲鳴を上げて失神してしまった。
「すみません。どなたかこの方を介抱していただけませんか? 私はこの国の重鎮を皆殺しにしないといけませんから」
「うわー! 殺戮モンスター!」
「死にたくない! 死にたくなーい!」
逃げ惑う人々に聖女は声をかけるが、誰も耳を貸すものはおらず、メイド同様に失神してしまうばかりだ。
仕方がないので、聖女は失神してしまった人たちを一箇所に集めて先に進むこととした。もちろん硬い床で体を痛めないよう、絨毯の上においてあげる優しさは忘れない。
敵は全て殺すと言った聖女だが、何を以て敵とするかの線引はきっちりしていた。
自分を利用してくる者。明確な殺意を持って攻撃してくる者。それらが彼女にとっての敵なのだ。
そして敵でないものに対しては、聖女の称号にふさわしい慈愛を持ち合わせている。
やがて聖女は王宮の中庭に出る。王家主催のお茶会が開かれることもあるそこは、一流の芸術センスを持つ庭師達によって見事に彩られており、聖女の姿はただそれだけで一美しく絵になった。
そこに風切り音とともに矢が飛来する。
そのまま進めば聖女の右目を貫いたはずだったが、直前で矢を掴み取られた。
矢が飛来した方向を素早く見る。2階のバルコニーに弓を持った男がいた。
聖女は接敵するために駆け出すが、弓の射手がそれを許さない。
おそるべき連射力によって放たれる矢で聖女は中庭に足止めされてしまった。
●
聖女を弓で攻撃した男は弓兵を務めていた。
『気をつけて。〈不滅の剣〉を折ったのなら、確実に破壊に特化した魔法を使えるはずよ』
右手の腕輪から女の声がする。中庭を挟んで反対側のバルコニーに潜んでいる魔法使いのものだ。
魔法はこの世の理を書き換える超常の力だが、さりとて何でも思い通りという訳でもない。破壊の力と不滅の力がぶつかりあった時、「万物はいずれ朽ち果てる」という現実が適応され、破壊のほうが勝るのだ。
「わかっている」
弓兵は矢の連射を続けながら返答する。
本来は味方であるはずの聖女の力を弓兵や魔法使いが知らないのは理由がある。
聖女の力の詳細を知る者が多くなれば、それだけ邪神側の〈洗脳の魔法〉で情報漏えいする危険が高まる。それを防ぐために、聖女本人と勇者しか力の詳細は知らなかった。
(勇者! あの臆病者め!)
弓兵は攻撃を続けながら心のなかで悪態をつく。聖女が暴れだした時、勇者が残っていれば近衛隊長は死ななかったはずだ。
さらには聖女の力の正体を周知し、対策が取れたかもしれない。
聖女は中庭内にある遮蔽物に身を隠す。
弓兵は弓を引き絞った状態で相手の出方をうかがう。
並の相手であるなら、弓兵は敵の姿を見た瞬間に倒していた。何度も矢を射掛けている事実に彼はプライドが傷つくのを感じる。
だが今はそのプライドを腹の底に押し込める。
本命は魔法使いによる攻撃。弓による攻撃で”敵は一人だけである”と聖女を誤認させて不意打ちで仕留める。
こんな戦い方をする自分を、友であった近衛隊長は軽蔑するだろうかと弓兵は考える。
だが勇者を除けば国一番の剣士である近衛隊長が素人同然に敗北したあげく、未だその力の正体がわからないのだ。
なら、卑怯をやる以外に聖女を倒す術はない。
聖女が遮蔽物から少し顔を出して、人差し指を弓兵に向けた。
敵の意図がよくわからない弓兵は脳裏に疑問符を浮かべる。
聖女が人差し指を振るう。
まるで”何かを切断する”かのように。