第1話 ちゃんと『ごめんなさい』と言いましょう
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「勇者と聖女よ、邪神討伐の任、大儀であった」
国王は目の前でひざまずく男女に仰々しく言う。
「陛下、私は邪神を倒しました。約束通り元の世界に帰してください」
聖女は柔和な笑みを保ったまま言う。彼女はこの世界の住民ではなかった。
それは古の時代より続く伝統。魔に属する脅威が王国を脅かす時、それを打ち払う力を持った聖女を召喚する魔法の儀式によって彼女は呼び出された。
そうして国一番の強者が任命される勇者とともに、邪神やその眷属たちと戦っていたのだ。
「帰す? 何を言っておる。そなたは王国に忠誠を誓ったと勇者から報告を受けいるぞ。生涯、我が国にいるのではないのか?」
「勇者様、これは一体どういうことでしょうか?」
国王との認識のズレに、聖女は横にいる勇者に尋ねた。
「わ、私は。『こちらの指示に大人しく従っているが、聖女には慎重に対応せねばならない』と千人隊長に報告しました!」
勇者は大量の冷や汗を流しながら答える。彼の報告は数人を経由して王の耳に届いたため、その過程で内容が歪んでしまったのだ。
「まあ良い。聖女召喚は一方通行の儀式で、お前を元の世界に帰す方法はない。我が国以外に行く場所など無いのだ」
「私を呼び出した時、陛下は必ず元の世界に帰すから、民のために戦ってほしいとおっしゃいました。嘘をついていたのですね」
聖女は少し苛立ちをつのらせながらため息を付く。その様子を見た勇者は顔面蒼白になりながら王に代わって弁明する。
「仕方なかったのだ! 聖女の力でなければ邪神は倒せない! 陛下は民のためにしかたなく嘘をついたのであって、君の”敵”に回ったわけじゃない」
「わかっていますよ、勇者様。人にはそれぞれの事情がありますもの。直接攻撃されたわけでもないですから、まだ判断は下しません」
聖女は国王をまっすぐ見つめて言う。
「国王陛下、私はあなたに謝罪を求めます。それで今回の件は水に流しましょう」
「……」
国王は考えた。聖女を騙して邪神と戦わせたのは事実だが、しかしここで簡単に謝罪してしまっては王家の権威が傷つく。邪神の災厄で国が疲弊しているこの時期に弱みと取れる事をしてしまえば、後にどんな悪影響が出るかわからない。
その思考は国家元首として間違ったものではない。
しかし後世において、国王のこの僅かな思考は〈致命の数秒〉と呼ばれており、余計なことを考えず即座に謝罪していれば歴史は大きく変わったと言う。
「今、躊躇しましたね? 一言『ごめんなさい』というだけで躊躇するということはつまり、王様とこの国は私の敵です」
「無礼者!」
怒鳴り声を上げたのは、王の横に控えていた王子だった。
「陛下に頭を下げろと命じるだけでなく、敵呼ばわりするとは何事か! 貴様などもはや聖女ではない。勇者よ、不敬罪でこの女を捕らえろ!」
だが勇者は王子の命令には従わなかった。
「もうお終いだー!」
勇者は窓を突き破って飛び出した。
脱兎。それ以外の言葉が見つからないほどの全力疾走だった。
「な、なんだ、勇者とあろうものが正気を失ったのか?」
その場にいた者たちが勇者の突然の奇行に戸惑う。
例外は聖女のみで、彼女だけは勇者の行動などすこしも興味がない様子だった。
「ええい、仕方ない。者共、勇者の代わりに捕……」
王子の言葉は最後まで続かなかった。彼の首がはねられたからだ。
誰が? もちろん聖女である。
聖女が手刀で王子の首をはねたのだ。
首の断面から鮮血が噴水のごとく吹き出して謁見室を汚す。
「まず一人」
「き、貴様! 何をする!?」
国王が聖女に問う。
「なにって、この国の責任者を皆殺しにするのですよ。敵は全て殺す。それが私のモットーですから」
聖女はニコリと笑いながら手刀を構える。
「大丈夫、ご安心ください。痛みを感じないようスパッとその首をいただきますから」
誰であろうと決して苦痛を与えずに殺す。そのあまりの優しさに、後に彼女は〈慈悲の聖女〉と呼ばれる。
「うわー! 狂人!」
国王が悲鳴を上げる。
「失礼ですね! 確かに私は狂人かもしれませんが、良識とか倫理とかの欠如という点ではそちらも十分狂人ですよ」
「ええ……」
ぷりぷりと可愛らしく腹を立てる聖女をみて王はドン引きした。
「それではじっとしててくださいね。手元が狂ったら大変ですからって、あら?」
先程まで玉座に座っていた王が一瞬で姿を消した。王族のみ使用が許される脱出用のマジックアイテムを使ったのだ。
「王様の居場所をどなたかご存知ですか? 教えていただけたら、殺すのは最後にして差し上げます」
平然と物騒なことを言う聖女を見て、謁見室に入る者たちは悲鳴を上げながら我先に逃げ出す。
無論、兵士はその限りではない。
「誰が教えるものか!」
「血に飢えた異常者め! 殿下のかたきだ!」
目の前で王子を殺された近衛兵たちは、殺気立った様子で各々の武器を構える。