第3話
「……付き合えって、昼飯かよ」
席の対面に座り田中がぐちぐちと言う。
私たちは、その後、駅前にあったファミレスへと来ていた。値段の安さという庶民性が売りのしょうもない場所だが、まあ、彼女とかじゃないんだしこんなもんだろう。私は腕を組んで、微妙に固いソファーの背もたれにもたれかかった。
「別に、いいじゃん。……そういやアンタって、就活とかどうしてんの?」
私はじろりと田中を睨みつけ、話を変える。田中はピクリと眉を動かして、「は? なんで答えなきゃなんないの?」と返答した。
「いいじゃん、別に。そんくらい」
「いや、めんどくさいし。アンタに答える義理はないと思うけど」
「別に答えてもいいじゃん。ウチらもうそう言う時期だし、別に不自然じゃないと思うけど?」
私は言いつつ、若干心が動揺してしまうのを感じる。
就活――そう言えば、特に考えてなかったが。私はどうすればいいんだろうか。
正直、今しばらくはいいだろって思ってる。だって、どこの求人見ても給料安いし。それなら今働いてるキャバとかでしばらくぶらぶらしてた方が合理的だろって思う。
なんせ時給単価が段違いだ。世間一般で見られる求人なんて、下手すりゃ一時間で千円もない。月に30、40万とか稼ぐこともある私からすれば、どれもこれもしょうもない仕事にしか思えない。
「…………別に、普通の会社入るだけだけど」
と、田中がそう私に返事をした。私はハッと現実に引き戻され、「あ、ああ、うん」と、上の空だったことをごまかす。
「会社って、どこの入るの? 企業の名前とか」
「…………別に、どこでもいいだろ、そんなの」
田中はそう言って目を逸らした。私は彼の様子を見て、大方の事情を把握した。
間違いない。コイツ、自分の親の会社に入るんだ。
やっぱし、社長の息子って言うのは本当なんだ。そんで、親の会社に就職するから、こうやってごまかそうとする。
だって、普通、どこの企業に入るとか、後ろめたい何かが無い限りはごまかさない。この時期ならまだ決まってなくてもおかしくはないし、その点でごまかすのは正直考えられない。
じゃあ何を後ろめたく思っているのか――と考えれば、これしかないだろう。私は彼の状況を確信して、「ふぅん」とだけ受け答えた。
と、「失礼します」と、傍らから店員が声をかけてきた。手には皿に盛りつけられたパスタ(小)がある。
「こちら、ペペロンチーノになります」
私は店員からパスタを受け取り、「ありがとうございます」と頭を下げる。店員は私に笑顔を向けるとそのまま去っていき、立て続けに別の店員が、「失礼します。こちら、ハンバーグ定食です」と、テンプレ通りの挨拶をして、田中の前に商品を置く。
温かそうなハンバーグ定食が田中の前に置かれる。「ごゆっくりどうぞ」と言って店員が去るのを確認すると、私はスマホを取り出して、机に置かれたパスタをパシャリと撮った。
「……なんで女子って、いちいち飯の写真撮るんだろうな」
田中は不思議そうに私の行動を眺めていた。別に、普通は特に意味なんてないけど。
私と田中はその後、特に会話もすることなく食事を終えた。そして田中は伝票を持つと、「んじゃあ、出るぞ」とため息を吐きながら言った。
ようやく解放されたって感じだな。私は田中の態度に少しばかりイラっと来てしまった。
そして田中は、私と共にレジへと向かう。明るい女性が「ありがとうございます」と笑顔で言い、田中から伝票を受け取る。
「あ、別でお願いします」
と、田中は財布を取り出しながら、店員にそう言った。
……は? いや、おいおいおい。私は一瞬、彼の言葉にきょとんとする。
いや。なんで別なんだよ。こういうのって男が払うのが普通だろ。
つーか、お前、社長の息子だろ。金持ってんだろ。だったらそれくらいしてやってもいいだろ。私は脳内でツッコミが止まらなかった。
いや、いや、まあ。そりゃあ、確かに、だ。私とコイツは恋人じゃない。ましてや恋人候補でもない。ならばまあ、別で、と言う選択も理解できなくはないが。
いやでも、こっちはさっき別の飯代払ってきついんだよ。なのになんで金出さなきゃあならないんだよ。私は悶々と不満が募っていく。
しかし、田中はあっという間に食事代を払い終えて、私の番がやって来る。ここで下手に文句を言ったら、周りから変な目で見られてしまう。
私は渋々と財布を取り出し、努めてスマートにお金を払う。数百円程度の安い値段が清算され、レシートを受け取り、「ありがとうございました」の声を聞くと、たかだかこんな程度の金に、とますます不満が募ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
ファミレスを出て、私は田中と共に町を歩いていた。
田中は鬱陶しそうに、「それで、もう俺帰っていい?」と尋ねて来る。私は口を尖らせて、彼の言葉を無視する。
「……んだよ、めんどくせぇな」
田中は舌打ちをして、イライラとした様子で言う。私は彼の態度に怒りを刺激され、思わず自分の中にあったモヤモヤを吐き出した。
「アンタさぁ、ありえないでしょ」
「……は?」
「普通さ、女子と食事に行ったら奢るでしょ?」
私はわずかに声を荒げる。田中は私の言葉を聞いてしばらくぽかんとしていたが、やがて、「は?」と首を傾げた。
「……え、なに? どういう意味?」
「そのままの意味だって」
「……あー、男が奢るか奢らないか? ツイ〇ターでちょいちょい炎上するアレ?」
田中は私にそう言うと、ため息を吐いて顔を下げ、肩を竦めて首を左右に振った。
「あのさ。俺とお前は恋人じゃないし、恋人候補でもない。そもそもなんで一緒に行動しているのかもわからない。そんな関係性で、普通飯なんか奢らねぇよ。婚活界隈のキモイ女でさえ同じこと言うと思うけど?」
田中の言葉に私は「うっ、」と声を詰まらせる。しかし即座にその感情を打ち消して、「うるせぇ。女の方が普段から金使うんだから、男が奢ってくれないと公平じゃないだろ」と、ネットで見た反論を言う。
「うわ出た、お決まりの反論。そんじゃあまずだけど、俺がお前より普段金使ってたら、お前が奢ってくれんの? それって男女って言うか、個々人によって変わってくると思うけど」
「どうせ私より少ないんだろ」
「あとさっきも言ったけど、俺らそう言う関係じゃねーし。それって男女って言うか、付き合うかどうかって時の話だろ。さもマナーみたいに言うなよ。大体、仮に恋人関係でも、今は割り勘が基本だっての。お前の考えは60差し掛かったババアの考え方なんだよ」
コイツ、いちいち癪に障る喋り方しやがるな。私は明らかに私を見下している田中の目に怒りが沸いて、「うるせぇ、男の癖にぐちぐち言うんじゃねぇ」と言い返した。
「あーもー。なあ、俺もう帰っていい? お前といると疲れるわ」
「なんだよ、さっきからムカつく態度取りやがって。お前、モテないだろ」
「別にモテたいって思ってないから」
「強がらなくていいって」
「あのさ、そうやって負けそうになったらレッテル貼ってバカにするの、下品だからやめたほうがいいぞ? バカにしか見えないから」
「は? アンタだって人のことバカにするクソじゃん!」
「おぉ、一文で矛盾するのスゲェな」
田中は私を見下してくすりと笑う。私は人を煽り立てるようなその態度にまた腹が立ち、「ああもう、話にならねぇ」と、スマホを取り出して、さっき撮った写真を見せつけた。
「コレ、見ろこれ」
私のスマホの画面を見た田中は目を丸くして、「は?」と首を傾げる。
私のスマホの画面には、私の食べていた料理と、対面に座っていた田中の姿が写っていた。
「……これがどうしたんだよ」
「これ、今から鬼戸川さんに送り付けるから」
私が笑いながらそう言うと、田中は一気に瞳孔を見開いて、体の動きをピタリと止めてしまった。
「は――? ちょっと、待てよ。なんでお前があいつの名前を……」
「私さ、高校の頃、鬼戸川さんと友達だったの。だからLI○E知ってるし、今からアンタの浮気現場を送り付けることも出来る。言ってること、わかる?」
「浮気って……! お、お前が俺を無理矢理……」
田中は酷く焦って、私からスマホを奪おうとした。私は即座に「おっと」とスマホを胸元に引き寄せて、彼に奪われないようにする。
「へへへ。あの子、ブスだからね。顔の良い女と自分の男が遊びに行ってるってなったら、どう考えても浮気にしか見えねぇだろ」
「ッ、お前まさかそのために――! てか、人の彼女にブスとか言うんじゃねぇよ!」
「そう言うのいいから。……ねぇ、アンタ。立場、わかってんでしょ? バラされたくなかったらさぁ、私の金、返してよ。ホラ」
私が口の端を吊り上げると、田中は私を睨みつけながら、「ぐぅっ……!」と財布を取り出した。そして彼は、財布の中から小銭をいくらか取り出し、それを渋々と私に手渡した。
「はは、それでいいんだよ。ったく、たかが数百円のためにケチケチしやがって」
私は田中が悔しそうに顔を歪めているのを見て、ケラケラと笑った。
――へぇ。これ、使えそうじゃん。私は笑顔の裏で、道端で一万円札を拾ったような、そんな気持ちになった。




