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第2話

 暖かなオレンジ色の光が灯る夜のカフェ。お洒落なジャズが響く店内で、私は、男と共にカップルシートの席に座って食事をしていた。


 机の上には、コース料理の最後であるデザートの盛り合わせが入っていた大皿が2つ置かれている。私はハーブティーを飲みながら、隣の席に座る男に話しかける。



「すごくいいお店だね、悠司」


「うん。頑張ってリサーチしたんだ。君に楽しんでほしくて、ね」



 高級なスーツに身を包んだツーブロックの男が、爽やかな笑顔を向ける。私は彼の言葉にとろんと表情を緩めた。


 彼は高橋悠司(たかはしゆうじ)。少し前に、マッチングアプリで知り合い、付き合い始めた男だ。


 曰く、全国規模で事業を展開している大企業に勤めていて、企画系の仕事をしているらしい。若手ながらに実績をあげ周りから期待されている、未来を背負うホープらしい。


 普通なら出来過ぎた話だと疑ってしまうが、ブランド物のスーツや腕時計を身に着けている所を見るに、おそらくウソではない。見た目もかなりキッチリと整っていて、常日頃から気を使っているのが伺える。


 人は余裕が無くなると、見た目に気を使えなくなる(とネットで見たことがある)。つまり見た目にきっちりと気を使えている男と言うのは、それだけ私生活で余裕があるということでもある。


 人は余裕が無くなると、他人に対してきつく当たるようになる(とネットで見た)。余裕があるということは、それだけ心が広いと言うことであり、包容力があると言うことだ。


 だからこそ、できる男ほど見た目が整っているし、良い男ほどスマートだ。彼はそれをまさに体現したような人間で、いつも私が楽しめるように気を使ってくれているし、だからこそ、一緒にいると楽しい。


 少し前に、色々あって彼氏と別れてしまったけれど。今にして思えば、きっとあれは、この人と出会うための試練のようなものだったのだと思う。


 あの時の彼氏だった雄也は、確かに良い奴だったけれど、髪の毛を金髪に染めて、パーマを当ててチャラチャラしていた。子供みたいな無邪気な笑顔がかわいらしかったけれど、アイツはいくらなんでも子供過ぎた。


 その点、今の彼氏は言動の節々からエレガントな雰囲気が漂っている。26歳、私よりも若干年上なこともあり、大人の魅力と言うのが溢れている。


 雄也とは別れてよかったのだ。まあ、他にも絡んできた男とかいたけど、今はこの人だけで満足している。


 運命の赤い糸――私はロマンチックな雰囲気にあてられて、そんな言葉が脳裏をよぎった。


 しばらくお店の雰囲気を堪能してから、悠司はレジで支払いを終え、私たちは外へと出る。


 季節はもう春。外の気温は夜であってもあまり肌寒くはなく、私たちは、大通り沿いの道を並んで歩く。



「ご飯、すごくおいしかったよ。ありがとう」


「別に、いいよ。真紀のためだから」



 悠司は優しく言いながら、私の手をゆっくりと握る。私は甘い雰囲気に醸され、彼の肩に頭を乗せる。


 彼に連れられるままに私は歩みを進める。と、少しずつ、煌びやかな電灯が辺りに灯るホテル街へと入り。



「ねえ、真紀」



 悠司は私の手を一層強く握り、語り掛ける。私は彼がどういう気なのかを察し、ギュッとその手を握り返す。



「もう少しだけ、君といたいのだけど――」



 私は彼の言葉に、「うん」と答える。私はドキドキと胸を高鳴らせながら、彼の腕に抱き着く。


 この人となら――。私はそして、悠司のリードに身を任せて、綺麗なホテルの中へと入った。



◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝。私はお洒落な部屋の中で目を覚まし、ベッドの上でゆっくりと上体を起こす。



「おはよう」



 と、悠司は既にスーツに着替えて、部屋のテーブルに座り、朝のコーヒーを飲んでいた。



「疲れてない? 大丈夫?」


「ん……うん。大丈夫」



 私はそう言うと、ゆっくりとベッドから這い出た。


 春とは言え、早朝の時間は流石に肌寒い。下着姿の私は、立ち上がってぐっと伸びをして、ため息を吐いて悠司を見る。



「……あれ、私の服は?」


「ああ、あそこに置いてあるよ」



 悠司はそう言って、床に乱雑に置かれた服を指さす。


 ……畳んだりしなかったんだ。私はぐちゃぐちゃとしわになっている服を手に取りながら、まあ、まあと眉間にしわを寄せた。



「ああ、そうだ。昨日の食事代だけど、」



 と、悠司が更に言葉を発する。私は「えっ」と目を丸くして、思わず彼の方を見つめてしまった。



「食事代って、え? 奢りじゃないの?」


「あ、ああ。ごめん。実はちょっと、今月は厳しくて。だから割り勘にしてほしいのだけど」



 私は彼の言葉を聞き、内心で「はぁ?」と呟いた。


 いや、お前。割り勘って、それならそうと先に言えよ。レジでスッと2人分払ってたから、勘違いしたじゃねぇか。


 それを今更払えって、ふざけんなよ。ホテルにまで来て、やることやっておいて。私は徐々にイライラとした感情が募っていった。



「ねえ、そう言うのは早く言ってよ」


「ごめん。俺が悪かった。ホテル代は俺が持つからさ」



 悠司がそう言って手を合わせる。私は「ッチ」と舌打ちをしてから、彼をジトッと見つめる。


 なんだよ、マジでダセェ。見栄だけ張って後からこれなら、最初からカッコつけんなよ。


 私は呆れて首を振りつつ、「わかったよ」と、ぶっきらぼうに答えた。



◇ ◇ ◇ ◇



 悠司とは別れて、そのまま私は、自宅へと帰るためにバス停に並んでいた。


 本当なら、家に(安物だけど)バイクがあるから、別にバスなんかは使わなくてもいいのだが。昨日はお酒を飲む予定だったから、流石に飲酒運転はまずいと徒歩での移動にしていたのだ。


 と言うか、そうか。この交通費も私持ちなのか。私は徐々に悠司の言動にイライラとしてきた。


 そもそも、女に飯代払わせるだけでも論外なのに、なんだよあの変な見栄の張り方。なんやかんやでホテルに連れ込まれてしっぽりとヤッちまったし、雰囲気でゴム付けなかったし。

 周期はまだ来てないし、ピルも飲んだからまあ大丈夫だとは思うけど。まあ、仮に何かあっても病院行けばいいだけだし。その時はアッチに費用持たせればいいし。


 つーか、冷静に考えたら別にヤル気なんてなかったし。なんか雰囲気に流されて、それでああなっちまったんであって。これ、訴えたら勝てるだろ。私は悶々と歯ぎしりをする。



『お前さぁ、自分が愛されてるって思ってるかもしんねぇけど、それただ都合良く利用されてるだけだから』



 ふと、私の頭の中に、以前の彼氏の言葉が浮かんできた。


 別れる時に喧嘩になって言われた言葉だ。雄也は優しかったけど、あの時は珍しく怒って、私にそんな酷いことを言ってきたのだ。


 うるせぇ。なんだよ、ちょっと別の男と会ってただけで浮気とか言いやがった癖に。別にあるだろ、男友達と会いに行くくらい。男女の友情ってのは存在するんだよ。

 都合よく利用されてるって、んなわけないだろ。私はちゃんと良い男を選んでる。少なくとも、悠司はそんな感じの男じゃない。


 ――ああ、クソ。なんか色々イライラするな。私ははぁ、とまた大きくため息を吐いた。


 と、



「……うわっ、」



 隣で、誰かが呟いた。なぜか私に向けられているような気がして、私はふと、その隣の声に目を向ける。


 そこにいたのは、痩せた体つきで、平均的な男の背丈をした、前髪で片目の隠れた陰キャ臭い男だった。


 何の捻りも無い、全身黒の服を着てこちらを見ている。私はふと、ソイツが何者なのかを思い出した。


 そうだ、コイツ、漫研のアイツじゃん。なんか、あの時、ずっと下向いてた、しょうもねぇ奴。


 そう言えば、3か月くらい前、同窓会に行った時、確かコイツが、町の社長の息子だなんだって、聞いていた気がする。私はじっと隣の男を見つめ返す。



「なに?」



 私が尋ねると、男は何も言わずに私から2歩、3歩と距離を置いた。


 露骨に私のこと毛嫌いしてんな。私は男の態度に腹が立って、なお彼に詰め寄った。



「アンタ、名前は?」


「は? え、田中です……」


「何してんの、こんなところで」


「いや別になんでもよくないっすか……」



 田中はそう言って更に私から距離を取った。私は密かに1歩距離を詰め、更に田中に話しかける。



「……アンタさ、今から暇?」



 ふと、私はなぜか、そんなことを聞いていた。田中は案の定、「は?」ときょとんとした顔で、私の方を呆然と見つめている。



「え、なんで?」


「いや、いいから」


「ひ、暇じゃないけど。買い物行く……」


「へぇ。じゃあ、暇じゃん。なら、私に付き合ってよ」


「は? な、なんでそうなるの?」


「い、いいじゃん別に。私も暇してて、相手が欲しかった所なんだよ」



 我ながら意味がわからない。なんと言うか、自分が物凄く恥ずかしく思えて来る。


 だけど、一度変な事を言ってしまった手前、もう引き下がるわけにもいかなかった。私はずっとこちらを訝しむ田中に、ずいっと迫った。



「ねぇ、付き合ってよ。私みたいなイイ女が話しかけてんだから、別にいいでしょ?」



 ちょっと前かがみになり、胸元を指で引っかけ、谷間を彼に見せる。田中はスッと目を逸らすと、「別にいい女じゃねぇだろ」とぼそりと呟いた。


 んだとコイツ。私は更に田中に詰め寄る。



「いいから、暇なんだろ? 買い物くらい付き合って」


「いや、なんで俺が付き合わなきゃなんないんっすか」


「じゃあ、付き合ってくれないなら、今から痴漢って叫ぶから」



 口から出まかせに、思い付いたことを言い放つと、田中はその瞬間に「ハァ!?」と露骨に動揺し始めた。お、コレ効くな。



「ちょっと、待てって。俺、お前のこと触ってないだろ。どういうことだよ」


「アンタ、遅れてんね。今時、痴漢って触んなくても成立すんの。見たりだとか、匂い嗅いだりとか」


「いや、してねぇだろ」


「でも今私の谷間見たよね?」



 田中はそう言われると、「ぐっ、」と私から目を逸らした。


 なるほど。コイツ、ウソが苦手なタイプか。私は田中を見上げながらニヤリと笑った。



「見たのね。ほら、いいの? アンタの人生終わらせることもできるけど」


「お前、いや、でも、証拠ねぇだろ。大体、なんだよ、触らない痴漢って」


「バーカ。痴漢ってのは私が不快に思ったかどうかで決まるのよ。んで、どうすんのよ?」



 私が彼を追い詰めると、田中は悩むように歯を食いしばり、やがて、大きな舌打ちをしてから言い放った。



「……少しだけだぞ」



 ――っしゃ。掴んだ。私は心の中でガッツポーズをした。

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