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第9話

長くかかって申し訳ありません。

さっさとサブストーリーを終わらせて最終部へ行きたいと言う事情から、しばらくは完成し次第順次投降ってスタンスを取りたいと思います。

 僕が目の前にいるデブ――吉田の肩を掴むと、彼は驚いたような目で、僕の方をじっと見つめて来た。


 どうして僕がここにいるのかわからないようだ。僕は「就活のついでにこの辺を歩き回ってたんだよ」と彼に答えた。



「それよりも、ねぇ。向こうにいるの、四郎たちだよね」



 僕がぐっと手に力を込めると、吉田はごくりと唾を飲みこんだ。



「一体なにしてたの? スマホで撮影していたみたいだけど」



 僕はきつく吉田を睨みつける。と、途端、吉田は「うわあああぁ!」と叫びながら身をよじり、僕の手を振り切って走り出した。



「あっ!」



 手が離れたと同時、僕は「待て!」と吉田を追いかけ、彼の背中を思い切り掴んだ。


 吉田が更に身をよじる。僕は振り解かれそうになりながら、必死に彼の体を掴み続けた。



「やめろ! 僕はなにもしていない! 僕はなにもしていない!」


「いや、明らかに撮ってただろ! ていうか、騒がないで! 周りの人から変な目で見られる!」



 僕は必死に吉田へ追いすがる。と、周りの人たちが、「なんだなんだ?」と、僕たちの騒ぎを聞きつけて集まり出した。


 まずい、面倒臭いことになった。僕が歯を食いしばると、途端、「真白!」と、四郎の声が響いた。



「ちょっ、何やってんだよお前!」



 四郎の声が聞こえた直後、僕は「四郎!」と彼を呼びつけた。



「こ、コイツが! 君たちを撮ってた! 捕まえないと!」



 僕は吉田に振り回されながら言う。と、四郎の彼女である琴月さんが、「ハァ!? なにそれ!?」と声をあげた。


 途端、僕は吉田に振り解かれ、そのまま地面に投げ出される。フロアの柵に体をぶつけ、「ぐえっ」とつぶれたカエルのような声を出す。


 と、四郎が「待てお前!」と、逃げ出そうとする吉田を追う。そして四郎は吉田を捕まえると、そのまま勢いに任せて彼を押し倒してしまった。



「えっ、お前――」


「うわああ! やめろ、暴行罪! こんなことしたらどうなるのかわかってるのか!」


「う、うるせぇ! とりま落ち着け! おい真白、どうすんだよこれ!」



 僕は頭を振りながら、「どうするって言われても……」と受け答える。すると、誰かが呼んだらしい警備員のおじさんが、「どうしましたか!」と叫びながらこちらへと駆け寄ってきた。


 その後、警備員のおじさんと共に吉田を取り押さえ、僕たちはいくらかの会話をしてから、吉田と共に解放された。



◇ ◇ ◇ ◇



 幾ばくかの時が経ち。吉田航平は、モールのフードコートにて、先の騒動で鉢合わせた3人と机に座っていた。


 吉田にとって気まずい雰囲気が流れていた。3人のうちの琴月優花里と河野真白は、刺すような視線をこちらへと向けており、それが身を焼かれているような羞恥心と罪悪感を彼に与えていたのだ。



「……てかさ、誰コイツ?」



 優花里が声をあげる。吉田は知らない女の圧にビクリと身を震わせ、おずおずと言った調子で彼女を見つめる。



「吉田くんだよ。なんて言うか……元々は漫研にいて、それで、まあ……色々あった」


「あ、詩子から聞いたことある。あ~、なるほど。コイツが漫研追い出されたデブね」



 優花里は真白の言葉に納得して頷く。吉田は彼女のぞんざいな言い方に腹を立て、ぎっと歯を食いしばりながら優花里を睨みつけた。


 と、真白が、「ま、まあ、その話は置いておいて」と、吉田の雰囲気を察知してか、話を進める。



「……吉田くん。単刀直入に聞くけど、一体君は何をしてたの?」



 真白は吉田へと視線を移し、尋ねる。しかし吉田は、目を泳がせるばかりで、彼の問いには答えなかった。


 やがて真白はしびれを切らし、「四郎たちのこと、撮ってたよね?」とため息を吐く。吉田はその事実を認めたくなく、「いや……撮って、ないです……」と、上ずった声で答えた。



「いや、見てたから。ウソってわかるよ。ねえ、本当によくわからないのだけれど、なんでそんなことをしたの? 君と四郎たちの間に繋がりが見えないのだけれど」



 真白が首を傾げる。と、優花里は隣の四郎に、「コイツ、あんたの知り合い?」と吉田を指さしながら問いかける。四郎は視線を逸らしながら、「昔、ちょっとな」と濁したような返事をした。


 と。吉田は、『ちょっと』と言葉を濁した彼の態度に表情を怒らせ、震えながら四郎を睨みつけた。



「……お、お前の、せいだ」



 吉田の言葉に、隣の真白が「は?」と呟く。途端、吉田は机をたたきながら、勢い勇んで四郎へと詰め寄った。



「お前の、せいだ! お前が昔あんなことしたから! ちょっとって、そんな、そんな簡単な言葉じゃないだろ!」



 吉田の剣幕に四郎と優花里が困惑する。優花里はギョッと目を大きくしながら、「ちょっ、いきなり叫ぶなって」と吉田へ声をかけた。


 しかし吉田は、なお四郎へと詰め寄り、彼に強く言葉を言い放つ。



「どうせ、お前は覚えてないんだろ。僕はでも、ずっと覚えているから。お、お前は、最低のクズだ。だからネットに晒し上げてやろうって――」


「……覚えてるよ」



 四郎は吉田の剣幕に、しかし、鋭い表情で受け答えた。吉田は彼の表情に「えっ」と声を詰まらせ、何も言い返せなくなった。



「――さっき顔見た時、マジかって思ったよ。まさか、お前とこんなところで会うなんて思ってなかったから」


「……あ、」


「お前、小3の頃同じクラスだっただろ? ……あんだけの事あって、忘れるわけねーだろ」



 四郎は言いながら、ぐっと歯を食いしばる。吉田は彼の言葉に動揺を隠せず、瞳を揺らし、同じように顔を背けながら押し黙った。



「……ねえ、四郎。あんたら、一体どういう関係だったの?」



 と、優花里が四郎に問う。四郎は一度深くため息を吐くと、顔を手で覆い、迷いながらも、ゆっくりと彼女の問いかけに答えた。



「…………小3の頃、俺はコイツをいじめてた」


「……は?」


「デブって煽ったし、そんだけじゃなくて、殴ったり、蹴ったりした。……結構酷いいじめだったと思う。んで、しばらくして転校した。たぶん、俺らのいじめが原因で」



 四郎が苦虫を嚙み潰したように白状をすると、優花里は「マジか」と言って椅子に深くもたれかかった。


 と、吉田は四郎が勢いを失くしたのを見て、「そ、そうだ」とこれ見よがしに立ち上がり、机に両手をついて彼に詰め寄った。



「こ、こいつは、僕を殴ったり、蹴ったりしたんだ! 人に暴力を振るうとか、ありえないだろ! 警察に行けば、今すぐにでも捕まるんだぞ!」



 真白が吉田の言葉に首を傾げる。吉田は四郎を指さし、優花里の方を見て、嘲笑うように吐き捨てる。



「わ、わかるか! お前が付き合っているのは、そういうどうしようもないクソなんだよ! コイツのせいで、僕はコミュ障を拗らせた! コイツは僕の人生をぶっ壊したんだ!」



 優花里は吉田の言葉を聞き、ピクリと眉を吊り上げた。そしてわかりやすく不機嫌を醸し、「あのさ、」と声を出す。


 と、途端、四郎が優花里の言葉に割り込み、「お前の言う通りだ」と吉田の発言を肯定した。



「――え?」



 吉田は思わぬ展開に素っ頓狂な声をあげる。四郎は苦々しく顔を歪めながら、吉田と向き合い、痛みに耐えるように声を絞り出す。



「……実のところ、ずっと後悔してた。後になって、俺がやったことが、どんだけ酷い事なのかを理解した。それが今まで、ずっと、どっかで引っかかってた」



 四郎はそう言うと、吉田に向けて頭を下げた。



「あの時は、本当に悪かった。人をいじめるってのは、どんな理由があっても、やっちゃいけねぇことだ。

 謝っても足りねぇのはわかってる。何も言い訳はしない。お前が全部正しい。……俺は最低のクソ野郎だ。本当に、悪かった。俺は、お前に何をされても文句は言えねぇ」



 四郎の態度には、確かな誠実さがあった。吉田は彼の言葉に「あっ、」と瞳を揺らし、一歩後ろへ下がってから、声を震わせ言い返した。



「……ひ、卑怯だぞ。何だよ、今更いい奴ぶって。だったら最初から、何もするんじゃねぇよ。

 ふざけんなよ! お前みたいなクソ野郎は、いつまでもクソじゃなきゃダメだろ! 人生の底辺みたいなところで、バカ丸出しじゃなきゃあダメだろ! なのになんで、そんな――それじゃあ今の僕が、あまりに惨めじゃないか!」



 吉田が強く言い返すと、四郎はただ一言、「すまん」とだけ呟いた。頭を下げ、一切の言い訳をしないその様子に、吉田は更に「ぐぅ……」と顔を歪め、「クソ!」と吐き捨て机を蹴った。


 机が大きく揺れ、隣の真白がビクリと震える。そうしてしばしの沈黙が流れ、場が完全に静まり返った後。



「……あのさ、ちょっといい?」



 優花里は見計らったように小さく手を挙げ、吉田を睨みつけた。優花里は吉田の返事を待たずして、「私もアンタに言いたいことあるんだけどさ」と言葉をつなげた。



「整理するけど、ようは、四郎は昔ソイツをいじめてた。んで、ソイツは復讐のために、私らを盗撮していた。意味わかんないけど、こういうことでオーケー?」


「……ま、まあ、たぶん……」



 四郎でも吉田でもなく、真白が優花里の言葉に頷いた。すると優花里は大きくため息を吐き、腕を組んでまた背もたれにもたれかかった。



「んじゃあ、結局ソイツが悪いんね」



 そして優花里は、吉田を顎で指しながらそうと結論付けた。吉田は彼女の言葉を聞き、「は?」と目を見開いた。



「な、なんでそうなるんだよ。話聞いてたのか?」


「いや、その上で言ってんだけど」


「い、いや、だったらおかしいだろ! 僕は被害者だぞ! なのになんで僕が悪いことになるんだよ!」


「いやだから。いじめをしたのは、確かに四郎が悪い。けど、私らのこと撮ってたのはアンタが悪いよね。そんだけの話」


「なんでだよ!」



 吉田は机を叩き優花里へ叫ぶ。優花里は大きくため息を吐くと、頭を掻きながら、ぶっきらぼうに答えた。



「あのさ、これ当たり前なんだけど。復讐ってさ、何があってもやっちゃダメなんよ。いや気持ちはわかるし、漫画とかだとそう言うのって正当化されるし、スカッとするから面白いけどさ。でもそれとこれとは別問題なんよ。わかる?」


「で、でも、僕はソイツにいじめられて――」


「いやだから、そう言う話じゃないっての。家族殺されたからって犯人ぶっ殺したら、ソイツは殺人犯なの。二十歳越えたらこんくらい常識だぞ」


「さ、殺人と比べるのは違うだろ!」


「でもお前のやったこと犯罪じゃん」



 吉田は優花里の言葉にまたしても押し黙ってしまった。優花里はため息を吐き、吉田へと言った。



「まあ、コイツとの過去に免じて警察突き出すのは勘弁してやるわ。けど、同じことしたら今度はアウトだかんね? 覚えとけ?」



 優花里は嫌悪感を吉田へと向け、気だるそうに肩を落とした。吉田はしばらく目を爛々とさせ俯いていると、やがて、顔を上げ、ぷるぷると顔を震わせた。



「ふ、不公平だ」


「は?」


「お前、ソイツが自分の彼氏だからって味方してるんだろ。どうせ見た目で選んだ癖に。お前が僕のこと悪く言うのだって、見た目がキモイからだろ?」


「ちょっと待てって。いきなり何の話してんの?」


「うるさいっ! 見た目で決めつけてる癖に、なんだよ一体! お前みたいな奴が僕を責める権利なんかないだろ! 人の苦しさも知らない癖に! やっぱりお前もクソ女だ! そうやって自分に都合のいいこと並べて、本当はキモいかどうかでしか人を見ていない! どうして女ってのはみんなそんなんなんだよ!」



 優花里は吉田の主張を聞き、「あぁ?」と呆れて肩を落とした。


 と、四郎が「おい」と吉田へ鋭い視線を向ける。吉田は「なんだよ!」と激昂しながら四郎を睨み返す。



「あのさ、流石にそれは擁護できねぇ。これは俺とお前の問題だろ? 優花里は関係ないだろ」


「うるさい、クズは黙ってろよ! お前だって、デブだからって僕のこと殴った癖に!」


「いやアレは体育祭で……いや、なんでもねぇ」



 四郎は発言を止め、吉田から目を逸らす。


 と、途端、優花里がため息を吐き、「もういいわ、お前」とぶっきらぼうに言った。



「な、なんだよ、もういいって」


「しょーもなさ過ぎて怒る気にもなれねぇってことだよ。アンタみたいな奴、身近にいたけど、何言っても無駄だしさ」


「なんだよ、その言い方! また僕がキモイからだろ? 結局イケメンに限るんだろ!」


「ほら、またそうやって。そういう所だよ、お前のしょーもねぇところ。見た目で決めんなとか、まあ、確かに正論だよ。でも、見た目ってやっぱ大事だし、お前に関しては見た目通りだよ」


「ど、どういうことだよ!」



 吉田が優花里に詰め寄る。優花里は顎先で吉田の体を指していき、彼の体をひとつひとつ刺すように指摘をしていく。



「まずその腹。不摂生で運動不足。痩せる努力もしたくないって気持ちの表われ。んでその不清潔な髪と脂ぎった顔。もうちょい清潔感気にしろ。キモく見られたくないんだったら、キモく見られないための努力をしろよ。それさえできねぇのなら、河野みたいに開き直って、他人責めんなよ。

 ようするに、お前はキモく見られたくねぇのに、そう思われねぇための努力もできねぇカスなんだよ。その癖他人への文句は一丁前で、自分は悪くない、悪いのは社会だって言って、ますます努力しなくなる。そういう所が全部お前の見た目に出てんだよ。私がお前見下してんのは、別にデブで不清潔で気持ち悪いからじゃなくて、シンプルにカスだからだよ」


「ぐっ、うう――」


「それに、アンタ、ぶっちゃけコイツにいじめられたこと、大して引きずってないだろ?」



 優花里が吉田を睨みつけると、吉田は目を見開き、「そ、そんなこと、」と一歩後ろへと下がった。


 優花里はそんな吉田に畳みかけるように、矢継ぎ早に言葉を繋げる。



「お前のこと、詩子から聞いてんだよ。コミュ障拗らせたとか言ってるけど、その割にはお前、普通にみんなとゲームしてたりしてたらしいじゃねぇか」


「うっ――」


「詩子、お前のことめちゃくちゃキモがってたよ。なんかべたべた触れてこようとするし、汗臭いし、全身から精液が滲み出てたって。……人間不信になった奴ってさ、普通他人と距離空けるよね? まあ、いじめがトラウマってのは本当だろうけど、ちょっと盛ってるよね? その話」



 優花里は嘲笑うように吉田を見下す。吉田は何も言えず、ただぷるぷると震えることしかできなかった。



「人ってさ、長く生きてりゃ忘れてく生き物なんよ。いじめの傷って、一生治んないし、そりゃあ、いつまでもいつまでも、トラウマとして残るけどさ。けど、案外何年か経てば、気持ちが落ち着いて、大概そこまで酷くはならないものなんよ。そうじゃない人もいるだろうし、そう言う人はかわいそうだと思うし、責める気もないけど……少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 優花里が言い切ると、吉田は息を荒くして、しかし、やはり、何も言うことはできなかった。


 事実だったからだ。同じ大学に四郎が通っていると知って、ようやくその事を思い出した程度だったのだから。


 記憶としては残っている。強烈なイメージとして脳に刻まれているが故、取り出すことも容易い。


 しかし、赤の他人と交流をするに辺り、大きな支障が出るほど人格を歪めた思い出……とまでは行かなかったのだ。少なくとも、吉田はそう言う側の人間であった。



「アンタは逃げたんだよ。過去の同情できる思い出に。被害者って言う事実に。見た目がキモイって言う社会的なハンデに。……羨ましいよね。私らみたいな何のハンデもない人間は、自分の人生と真正面から向き合わなきゃいけない。けど、アンタがそうやってぶーたら言ってる間に、みんなはどんどん先に行っちまうぞ。不公平ってのは確かにそうだけど、どっかで断ち切って進まなきゃ、どんな理由があれ、何もしていない自分ってのがそこに残るんだよ。だからみんな、辛くても頑張ってんだよ」



 優花里はそうと言うと、「ほら、行くぞ四郎」と言って席を立ってしまった。



「ちょっ、お前、このままにすんのかよ!」


「付き合ってらんないんだよ。ああいう弱者って自意識に縋って泣き叫んでばかりのバカは、いつまで経っても直んねぇから。まともに相手しないで縁切っとくのが正解なんだよ」



 優花里はそう言いながら、四郎を無理矢理引っ張り歩き去ってしまった。


 吉田は、隣に座る真白と共に、後に残った静寂の中で、立ち尽くすことしかできなかった。

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