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第6話

 中学生の頃。僕は仲良くなり始めた四郎や勇次郎と一緒に、放課後の道を歩いていた。


 その日は部活が無く、周りにも、運動部や吹奏楽部の面々が溢れていた。スカートを履いた女子生徒や、大きなリュックを背負った野球部男子など、色々な人が横をすり抜ける度、僕は動くそれらに反応して視線を向ける。



『なあ、ちょっと腹減ったから、コンビニ寄らね?』



 と、四郎が勇次郎にそう声をかけた。勇次郎も、『おう、いいな。○ァミチキ奢って』と返事をして、四郎が『嫌だわ。自分で買え』と笑いながら言い返す。


 僕はその時、『え?』と、誰にも聞こえないような声で呟いていた。2人が買い食いに乗り気だったことに、驚いたからだ。


 僕たちの通っている中学校では、放課後、帰り際にコンビニ等に立ち寄る事は禁止されている。度々見つかった生徒もいるらしく、その都度担任の教師から注意をされる。


 ようは、いけないことなのだ。そんな良くないことを、平然とやろうと言っているのだから、僕はその神経に驚きを感じたのだ。



『ちょっ、ちょっと……それは、いくらなんでも、ま、ま、まずい……と……思う…………』



 僕は声を絞り出して2人に言う。2人はきょとんとした顔で、僕の方をじっと見つめていた。



『……は? え? 何が悪いん?』


『いや……ビビってるだけだろ。先公に見つかるのが』


『そ、そ、そうじゃ……なくて。だから、その…………えっと……こ、校則違反……だし……』



 僕がまた声を絞り出すと、勇次郎が『あ〜』と言って空を見上げた。



『まあそうっちゃそうだけど……別に良くね? バレなきゃ』


『いや……バレるバレない…………とかじゃなくてさ…………』



 僕がおどおどとすると、四郎がため息を吐いて、僕に背中を向けた。



『ほら、行くぞ勇次郎。別に、無理して来させなくていいって』


『まあ、そうだな。真白は別に待ってりゃいいぞ?』


『えっ、えぇ……いや、でも……』



 僕が勇次郎の呼び掛けにおどおどすると、四郎は舌打ちして、『別に、無理言わねぇから』とキツく言い放った。



『嫌なら来なくていいって。シラケるだけだから』


『え……』


『無理に付き合わせるとさ、こっちも悪い気がするんだよ。だったら、お互い納得できる形で終わらせる方が万倍良いの。お前がまあ、クソまじめなのはわかったからさぁ。それならそれで、俺らとは一線引けばいいから。な?』



 僕は四郎のため息に気を落とした。


 正直なことを言えば、当時の僕は、彼に苦手意識を持っていた。言動からどことなく、僕のことを煙たがっているのは感じられたし、何より、根本的な性格が合っていなかった。


 四郎はサッカー部に所属していて、部内でも結構な活躍をしている。人望も厚くて、周りからも慕われていて、普段の体育や学校祭でも頼りにされている、絵に書いたようなリア充だった。


 しかしその割には、今のような、悪いことをその場のノリで平気でやってしまう、そんな所もある、あまり褒められたものではない性格でもあった。


 制服は着崩すし、携帯ゲーム機を持ってきて休み時間にはしゃいでいるし、買い食いはするし。僕から見て、彼はそうした違反ばかりを繰り返す、悪い人でもあった。


 その癖、みんなからは『良い人』として扱われているし。彼からの嫌悪感をよくよく受けていた自分の身からしたら、周囲の評価も合わせて、心底納得がいかなかった。


 ただ、勇次郎が謎に僕を気に入ったのと、それに四郎が付属してくるのと、僕自身、断るのが苦手な性格だったからというのがあり、こうして一緒にいることも多々あったのだけれど。本当のことを言えば、四郎とはあまり関わりたくはなかった。


 僕はこの日も、四郎にやや気だるそうに突き放されて、それでちょっとだけムキになって、おどおどしながらも、2人について行くことにした。


 結局、僕はコンビニで何も買わなかった。おっかなびっくり、周りをきょろきょろと見ながら、2人が欲しい物を買って、それを後ろから眺めていた。


 コンビニを出た後、四郎と勇次郎は、空になったビニール袋を手にかけたまま、〇ァミチキをパクパクと食べる。僕はそれを、よくわからない罪悪感と共に、ちらちらと見つめていた。


 もしも怒られたらどうしよう。買い食いなんてして、本当に良かったのだろうか。

 いや、そもそも、僕は何も買っていないし。付いていっただけで、それ以上は何もしていないんだから。そんなことを考えながら、僕は黙って、2人の駄弁りながらの食事が終わるのを待っていた。



『……お前さあ』



 そうしていると、突然、四郎が僕に話しかけてきた。



『そんな、引くような目で俺らのこと見んなよ。なんか、悪いことしてるみたいじゃん』



 僕は四郎の言葉を聞いて、彼の認識を疑ってしまった。


 買い食いをしているのに、悪いことをしていないとでも思っているのだろうか。当時の僕は、四郎の発言にそう思ってしまったのだ。


 勇次郎が『四郎、別にいいじゃねぇか』と彼を制止した。だけど、四郎は、『いや、なんか、気分悪いじゃん』と、やっぱり不快そうな表情で勇次郎に受け答えていた。


 僕は彼の言動に、ついイラッとしてしまった。それで僕は、四郎に向かって、『だって、悪いこと、してるじゃん』と、吃りながら答えてしまった。



 四郎は眉間にしわを寄せて、『は?』と言う。僕は構わずに、四郎に向かって反論した。



『だって、先生からも言われてるし。買い食いは良くないって。校則違反なのだから、本当はしちゃいけないのに、でも、それを悪びれもしないって、僕はどうかと思う』



 確か、主張の内容としてはそんな感じだったと思う。四郎は僕の言葉を聞いて、鬱陶しそうに大きくため息を吐き、『ダルっ』と声を漏らした。


 僕は四郎のこう言うところが嫌いだった。いや、四郎の、と言うよりかは、いわゆる陽キャの、と言った方が良いだろうか。


 だって、僕の方が正しいのに。アッチの方が間違ったことを言っているのに。なのに、陽キャって言うのは、反省もしないし、それを「だるい」とか「テンション下がる」とか、そんな感情論にすらならない言葉を持ち出して、全部否定する。


 おかしいのはお前らじゃないか。だったら、お前らが反省して、直すのが筋だ。この時の僕は、四郎に対して、そんな感じの念を送っていた。


 だけど四郎は、僕のそんな感情に対して、やれやれと肩を竦めながらも反論した。



『お前さ、真白。自分が正しいって思ってるようだけど。お前、本当に自分が正しいのか、考えたのか?』


『……え?』


『だって、お前が買い食いを悪いって言う理由って、先生に言われたから、とか、校則がどうって、そう言うのばっかだろ?』



 僕は四郎に言われ、口を閉ざしてしまった。彼の言葉はその通りで、僕は「先生がそう言ってるから」と言う理由だけで、買い食いを否定していたからだ。



『逆に言えばそれ以上の理由なんて無いじゃん。それってさ、みんなが赤信号渡ってるから、俺も渡って良い、って話と大して違わないと思うぞ? お前、偉い人が赤信号渡れって言ったら、素直に渡るのかよ?』


『あ……。それは、なんか、違うと思う……』


『なんでだよ?』


『……だって、赤信号を渡ると……信号無視だし、何より……事故に合うし……』


『そうだよな。赤信号無視しちゃいけない理由って、事故にあって危ないからだよな』



 四郎はそう言って、更に僕に反論を続けた。



『同じだよ。こう言うのってさ、誰が言ってたからとか、みんながどうって理由で守る、守らないを決めちゃダメなんだよ。それよりも、もっとちゃんとした理由の所に目を向けて、だからダメって言わないとダメなんよ』



 僕は四郎の言葉に、ハッと、何かに気付かされるような感覚を得た。



『んじゃ、買い食いがダメな理由ってなんだ? ……特に無いだろ。先公に聞いても、アイツら、ちゃんとした理由なんて答えらんねぇし』



 僕は四郎の言葉で、買い食いがダメな理由を改めて考えてみた。だけれど、答えはまったく浮かんで来なくて、僕は四郎の言葉に、黙るしかなかった。



『だから、守んなくてもいいんだよ。まあ、見つかると面倒だから隠す必要はあっけど。何よりもだけど、そっちのが楽しいじゃん。そう言うのって、結構大事だと俺は思うぞ』



 その時、僕は四郎の言葉に、自分の価値観が変わる程の大きな衝撃を受けた。


 それは、ある種の正当化だったのかもしれない。苦しい言い訳と言えばそれまでだし、無論、褒められた意見ではないのは確かだ。


 だけど、その時の僕は――四郎の言葉に、こう感じたのだ。


 ――ああ、そうか。この人は、僕とは、正しさの軸が違うんだ、と。


 決まりだとか、ルールだとか。そう言った物を『正しさ』だと思っていた僕と、合理性や周りの人、あるいは自分の感情を含んで『正しさ』を考える四郎。その違いを自覚させられた瞬間、僕は、今までの自分が酷く幼く見えた。


 つまり、僕は考えていなかったのだ。誰かから言われた正しさを、そのままなぞるだけで。


 僕は自分の真面目さと言うところに、ある種の誇りを感じていた。僕が唯一誇ることのできた物が、それだけだったからだ。


 だけど、それは真面目なのではなくて、ただの阿呆――あるいは、臆病と捉えた方が良かったのかもしれない。


 四郎の考えを聞いたその瞬間、そうした様々なことを自覚させられて。しかし、不思議なことに、僕はそれに、何か、体が軽くなるような、そんな感覚を覚えていた。



『……ごめん』



 僕はだからこそ、四郎に謝った。



『自分の正しさばかりにこだわって、みんながどう思うのかを考えてなかった。……ごめん』



 驚くほど素直に、吃ることも無く言葉が出た。やけに神妙な雰囲気を出してしまったから、四郎も、勇次郎も、少し引いていた気がする。



『……まあ、わかればいいって』



 四郎は僕に対して、呆れたように、だけど、肩の力を抜いて、物凄く自然に笑った。


 それは、今まで僕が見てきた、気を使っていて、でも内心僕を毛嫌いしているような、そんな笑みとはまったく違う物だった。


 この瞬間、僕の四郎への印象と、いわゆる『陽キャ』への認識が大きく変わった。


 こいつは、この人たちは、僕が思っている以上に何かを感じて、考えて生きている。それを、自然とこなしている。


 ――自分は、バカだ。周りの事を見もしないで、自分の中で編み出した結論ばかりを『正しさ』と感じて。僕はそれ以降、自分の考えを強く反省した。


 この日以来、僕は、『周りの人の感情』と言うのを考えるようになった。感情論と言うのを、それだけで見下さないようになった。


 今の僕と言う人間の原点は、間違いなく、この時の四郎にある。


 だから四郎は、僕と言う人間を変えてくれた恩人なのだ。もしも彼がいなければ、僕は、自分がどうして周りと上手くやれないのか、それを自覚出来ず、いつまでも周りを疎んでいただろう。


 彼は、僕の陰キャとしての悪い側面を、陽キャの光で見事に変えてくれたのだ。

※買い食いについての四郎のセリフはあくまで彼の一意見として書いています。決して買い食い等の校則違反を推奨するような意味合いは含んでおらず、あくまで真白が「自分が思っている物以外の正しさがある」と理解する為のシーン、台詞だと思ってください。

こう言わないと怒られちゃうんだ。大人の立場を理解してね。

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