第4話
朝。皆々が学校へと登校し、朝の会が始まる前の、わいわいとした談話の時間。教室に入った四郎は、自身の机で荷物を片付けながら、チラチラと真白を見ていた。
真白は隅の席に座り、何やらアニメ調の、えっちな女の子の描かれた本を読んでいる。その様はあまりに気持ちが悪く、四郎はそれ故に、話しかけるのを躊躇っていた。
昨日、四郎は真白に対して無礼を働いた。それに対する勇次郎の言い分が頭を離れず、どうにか真白に謝罪をしようとしていたのだ。
しかし、いざ謝ろうと考えると、途端に体が動かなくなる。四郎は荷物を片付ける手を止め、悶々と俯き表情を固くさせた。
――いや、だって、アイツが気持ち悪いのが悪いんだろ。
別に、俺だって、アイツじゃなかったら、ちゃんと謝れる。けど、アイツはなんか違うだろ。
大体、あんな物堂々と広げて読んでる時点で頭おかしいし。いつもぼそぼそ喋って、何言ってるかわかんねぇし。そんな変な奴に、誰だって、話しかけたくなんかねぇだろ。
仕方ねぇだろ。俺は別に悪くねぇ。四郎は頭を締め付けるもやもやをかき消すために、念仏でも唱えるように、頭の中でその言葉を反芻した。
――と、しかし、
『おっす、河野!』
突然、真白の後ろから、勇次郎が彼に話しかけてきた。
真白はビクリと体を震わせ、『あっ、』と勇次郎の方を見る。勇次郎はケラケラと笑いながら、真白の肩に触れた。
『すまんすまん、驚かせたな』
『あっ……いや、べ、別に……』
『お! それ、アレじゃん! 今アニメやってる奴じゃん!』
真白は勇次郎が本へと視線を移すのを見て、ビクリと体を震えさせた。
『あ、し、知ってるの……? マスターソードは引き抜けない……』
『結構面白いよな。勇者になりたかった男が、勇者にしか抜けない剣を引き抜けなかったから、台座ごと持って行くって、ぶっ飛んだ設定で』
『そ、そう……。ちょっと、えっちなシーンが多いから、そこだけキツイけど……普通に、結構、面白いって言うか。そ、それにしても、マス抜きって、ネットの呼称は結構酷いよね』
『? え、何がどう酷いんだ? ただの略称だろ?』
『あ……い、いや、別に……』
真白は気まずそうに勇次郎から顔を背ける。2人の会話を離れた位置から見ている四郎は、勇次郎が簡単に真白へと話しかけたことに驚いていた。
――アイツ、アニメとか見るのか。まったくそんな雰囲気無かったのに。
いや、ていうか、よくアイツに平然と話しかけられたな。
だって、お前、河野だぞ。クラスでも浮いてて、誰も話しかけない変な奴。こんな奴と話していたら、何言われるかわかったもんじゃないだろ。
それなのに、お前、どうして――。四郎はそう念じながらも、胸の奥底で、罪悪感が身を刺しているのを自覚していた。
いや。わかっている。そう言うことじゃないって。
俺がアイツに悪いことをしたのは事実だ。だったら、それに対して、頭を下げるのは筋ってものだろう。
ただ、俺が小さいプライドに拘ってるだけだ。
――だとしたら。
四郎はようやく決心して、真白の元へと歩き始めた。そして彼の席まで来ると、四郎は声を震わせて、真白に挨拶をした。
『よぉ』
真白が四郎へと顔を向ける。真白は少し怯えたように表情を固めて、『あ、お、おは、よう……』と挨拶を返す。
『……あー、その……なんだ』
四郎はバツが悪く、目線をあちらこちらへと動かしながら、隙間を埋めるように声を出す。真白はきょとんとしており、少しだけ首を傾げながら、四郎の方をじっと見ていた。
『……なんて言うか。昨日は悪かった』
『……え?』
『いや。俺、昨日、嫌な奴だったからよ。だから、なんっつーか……』
『あ――。……い、いいよ。気にしてないから』
真白は四郎の言葉に首を横に振った。四郎は、真白が自分を許してくれたことに、ホッとするような情感を覚えた。
『なあ、河野、お前来週の日曜日暇か?』
と、勇次郎が真白に声をかけた。四郎と真白は、彼の突拍子もない発言に、『え?』と口をそろえて声を出した。
『暇だったら、一緒に映画見にいかね? ほら、今なんかやってるじゃん。アニメの奴』
『あ、ああ……。……い、いい、けど……僕も、見てみたかったし……』
『じゃあ、見に行こうぜ。四郎、お前はどうする?』
勇次郎からのパスに四郎は驚く。少し戸惑ってから、『いや、別に、いいけど』と、四郎は努めて平静を装い返事をした。
『じゃあ、決まりな』
『あ、ま、待って……。お、お母さんに聞いてみないと……で、電車乗るわけだし……町まで遠いし……』
『あー、そうか。まあ、そうだな。じゃあ、大丈夫そうなら連絡してくれ』
『え……あ……う、うん……』
真白は困ったように目を泳がせる。四郎はそんな彼を見て、内心でため息を吐いていた。
――マジかよ。コイツと遊びに行くのか。四郎にとってそれは、本音を言えば避けたいことだった。
――だけど。ふと、四郎の頭の中に、勇次郎が言っていた言葉が浮かんだ。
『アイツ、確かにキモイかもしんねぇけど、少なくとも、悪い奴じゃねぇよ』
四郎は黙したまま、彼のその言葉を、信じてみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「――まあ、俺と真白の出会いはそんな感じだよ」
青山四郎は、隣で自身の話を聞く優花里に呟いた。優花里は「ほへぇ」と頷き、四郎に笑いかけた。
「なんか、アレだね。河野君もだけど、アンタも全然違うね」
「ああ。俺が今みたいになったのは、アイツがきっかけだったから」
「ふぅん。……なんか、意外。話聞いてる限り、河野君、今よりずっと陰キャじゃん。なのに、アンタにそこまで言わせるほどって、一体どうしてだろうね」
優花里は天井を見上げながらつぶやく。すると四郎は、彼女から目を逸らしながら、ため息を吐くように尋ねた。
「――優花里はさ、」
「ん?」
「いじめって、どっちが悪いと思う?」
四郎の言葉に優花里は少し考える。「え、どっちって、いじめる方か、いじめられる方かってこと?」と、優花里は四郎に確認をすると、彼は頷き、彼女の疑問に答えた。
「え、そんなん、いじめる方が悪いでしょ。言うまでもなく」
「ああ。そうだよな。……けどさ、いじめられる奴って、大概キモイ奴だと思わないか?」
「……あー。それは、確かに。えっ、じゃあ、四郎はいじめられる方が悪いって思ってるの?」
「いや。もちろん、そんなことは。……ただ、」
四郎は言いながら立ち上がり、ふらふらと室内の冷蔵庫にまで足を運ぶ。
「なんて言うか。アイツが俺にとって、大事な親友になったのって、ようは、アイツがキモイからなんだよ」
四郎は冷蔵庫を開け、ペットボトルのアイスコーヒーを取り出す。次いで部屋のキッチンに赴き、水切りカゴに入れられたコップを取り、それにコーヒーを入れる。
「……まあ、そんだけだよ。なんて言えばいいか、わかんねぇけど」
「……んー。まあ、いいけど。あ、私にもちょうだい」
四郎は優花里に「おう」と受け答え、もう一つコップを取り出し、中にコーヒーを入れる。
ペットボトルの中身が空になり、四郎はラベルを剥がしてからシンクに入れる。そして四郎は、ため息を吐いてから、二つのコップを手に取り、優花里の元へと運んだ。
「ほれ。冷たいぞ」
「私、熱いの苦手だし」
「そう言えばそうだったな」
四郎は微笑みながら優花里にコップを渡す。
その後、2人は他愛もない日常を送った。




