第3話
『……お前さ、何やってんの?』
中学二年生の青山四郎は、デパートのファッションコーナーで、幼い女の子と手を繋ぎ歩く少年に声をかけた。
髪はボサボサで、背も低い。体は痩せている――と言うよりかはガリガリであり、全体的に頼りない雰囲気が漂っている。
彼の名は、河野真白。中学二年になり、四郎と同じクラスになった、陰湿で目立たない人間だ。
『あ……。えっと、誰?』
『同じクラスの青山だよ』
『あ……僕は、河野……』
『いや、知ってっから。んで、何やってんの?』
四郎は威圧するように聞くと、真白はもごもごと口を動かし、顔を俯けた。
何かを言っているようだが、緊張感からか早口になっており、何よりも、声が小さく聞き取りづらい。四郎は真白の喋り方にイライラして、大きくため息を吐いた。
『何言ってんの?』
『え……あ……いや……その……。……こ、こ、の子、迷子……』
『……はぁ?』
『だから……迷子で…………お、お母さん……探して……』
四郎はガリガリと頭を掻く。ぼそぼそとしか喋らない真白に、殊更苛立ちを覚えたのだ。
なんだよコイツ、本当に気持ち悪いな。四郎が小さく舌打ちをした、その時だった。
『すまん、四郎!』
四郎の後ろから、体の大きな男子が近付いて来た。
髪はそれなりに短く、背は四郎と同じ程度だ。体は太っており、しかし、脂ぎった不健康な太り方ではなく、十分な筋肉が下地となった太り方をしていた。
『おう、勇次郎』
『悪い、トイレ待ってもらって』
四郎が手を挙げると、勇次郎はゲラゲラと笑いながら彼に近寄った。
勇次郎は柔道部に所属している。恰幅が良いのはそのためであり、太っていると言うよりかは、脂肪の付いた筋肉質と言った方が正確である。
『で、何してんだお前?』
『いや、なんかコイツが子供連れ回してるからさ』
勇次郎の問い掛けに四郎が答える。すると勇次郎は、困惑している真白へと目を向け、変わらぬテンションで彼に話しかけた。
『おう、お前クラスのアイツじゃん。えっと……誰だっけ?』
『あ……河野……河野真白…………』
『あー、そうそう! なんかいつも本読んでるか寝てる奴!』
『あう……あ……えっと……』
『で、なにやってんのお前? その子誰? 迷子?』
『あ……う、うん…………お母さん…………探してる…………泣きそうだったから……』
真白はたどたどしく、声を震わせ勇次郎に受け答える。勇次郎は目を大きくすると、『大変じゃねぇか!』と叫んだ。
『ちょっ、どの辺にいたんその子?』
『あ…………それが…………お母さん探して、かなり歩いたみたいで…………どこから来たのか、わかんない…………』
『あー。じゃあどうしよっかなぁ〜』
勇次郎が頭をガリガリ掻く。四郎は彼の言葉にクスリと笑い、『いや、わかんねぇなら迷子センター行けばいいじゃん』と答えた。
『あー、それだ! それしかないよな』
『いや、普通こんなのすぐ浮かぶだろ』
『あ…………そ、そっか…………呼んでもらえばよかったのか…………』
『いや…………お前さぁ。ちょっとは考えろよ』
『あ…………ごめん…………』
真白は四郎に詰められ、しゅんと顔を下げた。四郎は真白の態度に、面倒臭いとまたため息を吐いた。
『じゃあ、さっさと行こうぜ! 3人で!』
勇次郎が真白と四郎に言う。2人は同時に『えっ、』と声を出し、目を丸くした。
『いや、勇次郎。え、コイツと? マジで?』
『え? 逆になんか問題ある?』
『いや……まあ、別に、そうだけどさぁ』
『じゃあ良いだろ』
勇次郎は首を傾げながら、強引に四郎の言葉をまとめてしまった。四郎は、迷子を送ること自体には賛成だったが、真白が付属してくることにはどうしても辟易としていた。
『ほら、河野! 行こうぜ!』
勇次郎が真白に声をかける。見た目通りの豪快な態度に、真白はたじたじになり、『あ……うん……』と返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、迷子センターで母親を呼び付けてもらい、女の子は3人にお礼を言って立ち去っていった。
四郎は朗らかな表情で帰って行く女の子を見て、微笑ましい気持ちになっていた。
何事も無くて本当に良かった。四郎がそんなことを思っていると、傍らの勇次郎が、突然真白に話しかけた。
『おい河野、お前、よかったな! お手柄じゃんか!』
勇次郎が真白の背を叩くと、真白は緊張した面持ちで、『あ、う、うん……』とたどたどしく呟いた。四郎は、真白がハッキリしない態度を取っているのにまた苛立ちを覚えた。
『……お前さ、てか、小さいとは言え、よく女の子の手あんなガッシリ握れたよな』
『え? …………あ、別に…………どうでもいい……って言うか……』
真白は四郎から目を逸らしながらもごもごと言った。四郎は真白の態度にまた大きくため息を吐いた。
河野真白。四郎のクラスメイトであり、結構な変人としても有名な人間である。
誰かと話している様子は無く、席に座り本を読んでいるか眠っているかがデフォルトであり、陰湿な見た目も合わさり、不気味な雰囲気が漂っている。
控えめな印象のある彼だが、その割にはデリカシーが無く、女子がいる前でも平然と着替えを始める。四郎が女友達から聞いた話では、「初めて見た男子の裸が真白だった」と言う者もいた(とは言え、流石に下着は脱がないので、正確に言えば裸に近い姿、なのだが)。
四郎にとって、真白は一言で表せば『キモい』人間だった。特に、男の癖にハッキリとせず、なよなよとした雰囲気があるのが、四郎にとっては我慢ならなかった。
できることなら、さっさとこの場から立ち去ってしまいたい。四郎はそう思っていたのだが、割と誰にでもフレンドリーな勇次郎がどうやら真白を気に入ったらしく、やたら彼に話しかけているので、この場から逃げ出す訳にもいかなくなってしまった。
『お前さ、今日なんでここに来てんの? 俺らは映画見に来たんだけどさ』
『あ…………僕は、お母さんの付き添い…………』
『はぁ、母ちゃんと買い物か!』
勇次郎は大きな声で真白を困惑させている。四郎は小さく舌打ちをすると、鬱陶しいと思いながらも、真白に話しかけた。
『……てか、お前、それならさ。母ちゃん、一体どしたん?』
『――あ、』
真白は四郎の言葉にハッと目を見開いた。
『……どうしよう』
『お、おいおい。お前、まさか、今度は自分が迷子かよ?』
『………………』
真白はやや顔面を白くして、何も言わずに立ち尽くしていた。
中学生にもなって迷子とか、マジかよ。四郎は真白の間抜けさに思わず吹き出し、彼を嘲笑うように言った。
『どうすんだよ。アレなら、呼んでもらうか? さっきの子みたいに』
『…………さ、流石に、ちょっと…………』
真白は顔を赤くさせて下を向いた。四郎は彼が恥ずかしがっている姿が面白く、内心でこの状況を楽しみ始めていた。
と、
『真白!』
突然、離れたところから声がしたかと思えば、1人の女性が急ぎ足で真白に近寄って来た。
『アンタ、何やってんの! なんで勝手にいなくなったりしたの!』
『あ……お、おかあさ……』
『まったく、もう! いつも言ってるじゃない、お母さんに心配させないでって! 本当、なんでそんなことも……』
と、真白の母親らしき女性は、ハッと四郎と勇次郎の方を見た。
真白の母親はしばらく目を点にしてから、『あら、君たち、真白の友達?』と首を傾げた。四郎はすかさずに、『いや、クラスメイトっス』と返すと、真白の母親は、『あら、いつも仲良くしてもらって、ありがとうね』と笑った。
『ごめんね、うちの子に付き合ってもらって』
『いや…………お母さん…………その、』
『いいから、さっさと行くよ! ありがとうね、2人とも。それじゃあ、またうちの子によろしくね』
真白の母親はそう言うと、真白の手を握り、彼を引っ張るようにしてその場から立ち去った。
『……なんだったんだよ、アイツ』
四郎は真白が去っていくのを見て小さく吹き出した。傍らでは勇次郎が、『なんか、意外と面白い奴だったな』と微笑んでいた。
『お前、マジかよ。まあ、キモいのはわかるけどさ』
『四郎。お前、さっきから思ってたけど、アイツのことバカにしてないか?』
『いや、だって、キモいじゃん、アイツ』
四郎が冗談めかしく笑うと、勇次郎は分かりやすく表情を曇らせ、声を少しだけ怒らせ四郎へと言った。
『お前さ。まあ、言いたいことはわかるけどさ』
『だろ? 今もさ、ずっとボソボソさ、』
『そうじゃねぇって。アイツ、小さい女の子助けようとしてたんだぞ?』
勇次郎が言うと、四郎は『あ、』と言葉を詰まらせ、ゆっくりと彼から目を逸らした。
『意外とさ、こんだけ人がいて、女の子が困ってて、それに話しかけるのって出来ない物なんだぞ。アイツ、だけど、勇気出してさ、あの子に手を差し伸べたんだ』
『…………』
『それをキモいって言うのは、ちょっと、俺、マジで信じられねぇわ。……確かに、学校のアイツ、何やってるかわかんねぇし、取っ付き辛いけどさ。
けど、アイツ、確かにキモイかもしんねぇけど、少なくとも、悪い奴じゃねぇよ』
勇次郎が、いなくなった真白の背を見ながら言う。四郎は彼の視線に合わせて、消えた真白にへと目を向ける。
『…………。……まあ、お前の言う通りだな』
四郎は罪悪感に駆られ、勇次郎に言う。
『なんか、すまん。冷めること言って』
『……俺じゃなくて、アイツに謝れな。お前、結構嫌な奴だったぞ』
勇次郎の言葉は、四郎の頭を殊更に悩ませた。




