表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/152

第3話

『……お前さ、何やってんの?』



 中学二年生の青山四郎は、デパートのファッションコーナーで、幼い女の子と手を繋ぎ歩く少年に声をかけた。


 髪はボサボサで、背も低い。体は痩せている――と言うよりかはガリガリであり、全体的に頼りない雰囲気が漂っている。

 彼の名は、河野真白。中学二年になり、四郎と同じクラスになった、陰湿で目立たない人間だ。



『あ……。えっと、誰?』


『同じクラスの青山だよ』


『あ……僕は、河野……』


『いや、知ってっから。んで、何やってんの?』



 四郎は威圧するように聞くと、真白はもごもごと口を動かし、顔を俯けた。


 何かを言っているようだが、緊張感からか早口になっており、何よりも、声が小さく聞き取りづらい。四郎は真白の喋り方にイライラして、大きくため息を吐いた。



『何言ってんの?』


『え……あ……いや……その……。……こ、こ、の子、迷子……』


『……はぁ?』


『だから……迷子で…………お、お母さん……探して……』



 四郎はガリガリと頭を掻く。ぼそぼそとしか喋らない真白に、殊更苛立ちを覚えたのだ。


 なんだよコイツ、本当に気持ち悪いな。四郎が小さく舌打ちをした、その時だった。



『すまん、四郎!』



 四郎の後ろから、体の大きな男子が近付いて来た。


 髪はそれなりに短く、背は四郎と同じ程度だ。体は太っており、しかし、脂ぎった不健康な太り方ではなく、十分な筋肉が下地となった太り方をしていた。



『おう、勇次郎』


『悪い、トイレ待ってもらって』



 四郎が手を挙げると、勇次郎はゲラゲラと笑いながら彼に近寄った。


 勇次郎は柔道部に所属している。恰幅が良いのはそのためであり、太っていると言うよりかは、脂肪の付いた筋肉質と言った方が正確である。



『で、何してんだお前?』


『いや、なんかコイツが子供連れ回してるからさ』



 勇次郎の問い掛けに四郎が答える。すると勇次郎は、困惑している真白へと目を向け、変わらぬテンションで彼に話しかけた。



『おう、お前クラスのアイツじゃん。えっと……誰だっけ?』


『あ……河野……河野真白…………』


『あー、そうそう! なんかいつも本読んでるか寝てる奴!』


『あう……あ……えっと……』


『で、なにやってんのお前? その子誰? 迷子?』


『あ……う、うん…………お母さん…………探してる…………泣きそうだったから……』



 真白はたどたどしく、声を震わせ勇次郎に受け答える。勇次郎は目を大きくすると、『大変じゃねぇか!』と叫んだ。



『ちょっ、どの辺にいたんその子?』


『あ…………それが…………お母さん探して、かなり歩いたみたいで…………どこから来たのか、わかんない…………』


『あー。じゃあどうしよっかなぁ〜』



 勇次郎が頭をガリガリ掻く。四郎は彼の言葉にクスリと笑い、『いや、わかんねぇなら迷子センター行けばいいじゃん』と答えた。



『あー、それだ! それしかないよな』


『いや、普通こんなのすぐ浮かぶだろ』


『あ…………そ、そっか…………呼んでもらえばよかったのか…………』


『いや…………お前さぁ。ちょっとは考えろよ』


『あ…………ごめん…………』



 真白は四郎に詰められ、しゅんと顔を下げた。四郎は真白の態度に、面倒臭いとまたため息を吐いた。



『じゃあ、さっさと行こうぜ! 3人で!』



 勇次郎が真白と四郎に言う。2人は同時に『えっ、』と声を出し、目を丸くした。



『いや、勇次郎。え、コイツと? マジで?』


『え? 逆になんか問題ある?』


『いや……まあ、別に、そうだけどさぁ』


『じゃあ良いだろ』



 勇次郎は首を傾げながら、強引に四郎の言葉をまとめてしまった。四郎は、迷子を送ること自体には賛成だったが、真白が付属してくることにはどうしても辟易としていた。



『ほら、河野! 行こうぜ!』



 勇次郎が真白に声をかける。見た目通りの豪快な態度に、真白はたじたじになり、『あ……うん……』と返事をした。



◇ ◇ ◇ ◇



 その後、迷子センターで母親を呼び付けてもらい、女の子は3人にお礼を言って立ち去っていった。


 四郎は朗らかな表情で帰って行く女の子を見て、微笑ましい気持ちになっていた。

 何事も無くて本当に良かった。四郎がそんなことを思っていると、傍らの勇次郎が、突然真白に話しかけた。



『おい河野、お前、よかったな! お手柄じゃんか!』



 勇次郎が真白の背を叩くと、真白は緊張した面持ちで、『あ、う、うん……』とたどたどしく呟いた。四郎は、真白がハッキリしない態度を取っているのにまた苛立ちを覚えた。



『……お前さ、てか、小さいとは言え、よく女の子の手あんなガッシリ握れたよな』


『え? …………あ、別に…………どうでもいい……って言うか……』



 真白は四郎から目を逸らしながらもごもごと言った。四郎は真白の態度にまた大きくため息を吐いた。


 河野真白。四郎のクラスメイトであり、結構な変人としても有名な人間である。


 誰かと話している様子は無く、席に座り本を読んでいるか眠っているかがデフォルトであり、陰湿な見た目も合わさり、不気味な雰囲気が漂っている。


 控えめな印象のある彼だが、その割にはデリカシーが無く、女子がいる前でも平然と着替えを始める。四郎が女友達から聞いた話では、「初めて見た男子の裸が真白だった」と言う者もいた(とは言え、流石に下着は脱がないので、正確に言えば裸に近い姿、なのだが)。


 四郎にとって、真白は一言で表せば『キモい』人間だった。特に、男の癖にハッキリとせず、なよなよとした雰囲気があるのが、四郎にとっては我慢ならなかった。


 できることなら、さっさとこの場から立ち去ってしまいたい。四郎はそう思っていたのだが、割と誰にでもフレンドリーな勇次郎がどうやら真白を気に入ったらしく、やたら彼に話しかけているので、この場から逃げ出す訳にもいかなくなってしまった。



『お前さ、今日なんでここに来てんの? 俺らは映画見に来たんだけどさ』


『あ…………僕は、お母さんの付き添い…………』


『はぁ、母ちゃんと買い物か!』



 勇次郎は大きな声で真白を困惑させている。四郎は小さく舌打ちをすると、鬱陶しいと思いながらも、真白に話しかけた。



『……てか、お前、それならさ。母ちゃん、一体どしたん?』


『――あ、』



 真白は四郎の言葉にハッと目を見開いた。



『……どうしよう』


『お、おいおい。お前、まさか、今度は自分が迷子かよ?』


『………………』



 真白はやや顔面を白くして、何も言わずに立ち尽くしていた。


 中学生にもなって迷子とか、マジかよ。四郎は真白の間抜けさに思わず吹き出し、彼を嘲笑うように言った。



『どうすんだよ。アレなら、呼んでもらうか? さっきの子みたいに』


『…………さ、流石に、ちょっと…………』



 真白は顔を赤くさせて下を向いた。四郎は彼が恥ずかしがっている姿が面白く、内心でこの状況を楽しみ始めていた。


 と、



『真白!』



 突然、離れたところから声がしたかと思えば、1人の女性が急ぎ足で真白に近寄って来た。



『アンタ、何やってんの! なんで勝手にいなくなったりしたの!』


『あ……お、おかあさ……』


『まったく、もう! いつも言ってるじゃない、お母さんに心配させないでって! 本当、なんでそんなことも……』



 と、真白の母親らしき女性は、ハッと四郎と勇次郎の方を見た。


 真白の母親はしばらく目を点にしてから、『あら、君たち、真白の友達?』と首を傾げた。四郎はすかさずに、『いや、クラスメイトっス』と返すと、真白の母親は、『あら、いつも仲良くしてもらって、ありがとうね』と笑った。



『ごめんね、うちの子に付き合ってもらって』


『いや…………お母さん…………その、』


『いいから、さっさと行くよ! ありがとうね、2人とも。それじゃあ、またうちの子によろしくね』



 真白の母親はそう言うと、真白の手を握り、彼を引っ張るようにしてその場から立ち去った。



『……なんだったんだよ、アイツ』



 四郎は真白が去っていくのを見て小さく吹き出した。傍らでは勇次郎が、『なんか、意外と面白い奴だったな』と微笑んでいた。



『お前、マジかよ。まあ、キモいのはわかるけどさ』


『四郎。お前、さっきから思ってたけど、アイツのことバカにしてないか?』


『いや、だって、キモいじゃん、アイツ』



 四郎が冗談めかしく笑うと、勇次郎は分かりやすく表情を曇らせ、声を少しだけ怒らせ四郎へと言った。



『お前さ。まあ、言いたいことはわかるけどさ』


『だろ? 今もさ、ずっとボソボソさ、』


『そうじゃねぇって。アイツ、小さい女の子助けようとしてたんだぞ?』



 勇次郎が言うと、四郎は『あ、』と言葉を詰まらせ、ゆっくりと彼から目を逸らした。



『意外とさ、こんだけ人がいて、女の子が困ってて、それに話しかけるのって出来ない物なんだぞ。アイツ、だけど、勇気出してさ、あの子に手を差し伸べたんだ』


『…………』


『それをキモいって言うのは、ちょっと、俺、マジで信じられねぇわ。……確かに、学校のアイツ、何やってるかわかんねぇし、取っ付き辛いけどさ。

 けど、アイツ、確かにキモイかもしんねぇけど、少なくとも、悪い奴じゃねぇよ』



 勇次郎が、いなくなった真白の背を見ながら言う。四郎は彼の視線に合わせて、消えた真白にへと目を向ける。



『…………。……まあ、お前の言う通りだな』



 四郎は罪悪感に駆られ、勇次郎に言う。



『なんか、すまん。冷めること言って』


『……俺じゃなくて、アイツに謝れな。お前、結構嫌な奴だったぞ』



 勇次郎の言葉は、四郎の頭を殊更に悩ませた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ