閑話2「愛の証明」④
あの後、詩子は僕と話し合って、翌日のお弁当作りに関しては、僕が一任することになった。
朝の5時。僕はキッチンでエプロンを身にまとい、そして、一緒に起きている、もう1人の調理員に声をかける。
「じゃあ、心美。お弁当、作ってみようか」
「……お父さぁん……私、まだ眠いんだけどぉ……」
「我慢して。昨日、約束したでしょ?」
「え〜!」
心美が肩を落とす。僕はそれがかわいらしいと思ってしまい、「ははは」と彼女に笑いかけてしまった。
昨日、心美が帰って来た後。僕はこの子と話し合い、翌日のお弁当を、一緒に作ることにした。
子供と言うのは、脳が未発達な上に、知識も経験も無い。だから子供は、他人に対する想像力が働きにくいし、主観的で、時には残虐にもなる。
包み隠さず言えば、子供と言うのは、人間の醜さを凝縮させたような存在なのだ。
子供の言動は、基本的に、大人がやると、人から酷く非難される。他人に自分の考えを押し付けたり、自分勝手で、社会的な振る舞いが出来なかったり。
だからこそ、大人が教育をせねばならない。将来、大人になった時、誰よりも、当人が困らないように。世界のほとんどが親の言動で構成された5歳児なんて、もっとそうだ。
「それじゃあ、始めようか。今日はミ○オンを作るから、まずはチキンライスを作ろう」
僕は心美に言うと、心美は「うん……」と寝ぼけ顔のまま、大きなフライパンを用意する。
――心美はこの間、言ってはいけないことを言った。だからこそ、ちゃんと教えないといけない。
言って聞かせることも出来るかもだが、大人でさえそれでは教育出来ないのだ。心美に最も効果的なのは、自分自身に体験させることだろう。
だからこそ、今日は彼女に、料理の大変さを教える。
愛が足りないと言うその言葉が、どれだけ残酷なのかを、僕は彼女に理解させねばならない。僕は心美と共に、そのまま料理を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
娘に料理を作らせる、とは言っても、流石に5歳児だ。包丁を握ったり、火を使ったり、こうした怪我の心配がある場合は、僕がサポートをする必要がある。
しかし、だからと言って、それでは作業の大半を僕が担うことになってしまう。僕はおぼつかない手で料理をする娘に、どうやって包丁を握ればいいのかや、火や油を使う時の注意点などを話しながら、注意深く彼女を監視して、危ないことがあればすぐに止めるなどをしていた。
そんなこんなで、たっぷり一時間程度時間を使って、ミ〇オンのキャラ弁は完成した。
心美が「疲れたぁ」と言い、肩を落とす。僕はエプロンや手がケチャップで少し汚れた彼女を見て笑っていた。
「おつかれ。うん、ちゃんと上手くできてるよ。初めてでこれはすごい」
「本当!?」
「うん。本当だよ」
僕が言うと、娘はキャッキャと笑って喜んでいた。本当、自分の子供と言うのは、どうしてこうもかわいいのだろう。
これがただの家族の団欒であるなら、ここで娘に、「頑張ったね」と声をかけて話が終わる。だけれど、この料理には、団欒ではなく、教育という意義の方が大きい。
僕は少しだけ心苦しく思いながらも、喜ぶ娘に提案をした。
「それじゃあ、心美。今度は、お父さんのお弁当、作ってみようか」
僕が声をかけると、心美はわかりやすく表情が曇って、「えぇ~」と肩を落とした。
「無理だよぉ! だってもう、ご飯食べなきゃだし! お父さんのお弁当も作っていたら、幼稚園に遅れちゃうよぉ!」
「ん、大丈夫。僕も、そこは考えているから」
僕は言いながら、冷凍庫からある物を取り出す。
冷凍食品だ。お弁当用の、小さいおかずがたくさん入っている、スーパーで安売りされていた品々。
「これを使おう。これなら、すぐにお弁当が作れるから」
「……冷凍食品? 良いの? そんなので」
「冷凍食品を舐めちゃダメだよ。これは、僕なんかよりも遥かに頭の良い人たちが、必死に研究と努力を積み重ねて作った逸品なんだから」
心美は僕の言い回しに首を傾げた。まあ、5歳の女の子に食品研究の話をしても仕方がないか。
心美はそのあと、なんだかんだで僕の言うことを聞いてくれた。僕が用意した弁当箱の中に、ご飯と、電子レンジでチンをした冷凍食品を並べる。およそ15分程で、十分に食べられるレベルのお弁当が完成した。
「ん、完成だよ」
「もういいの? 何も作ってないけど」
「これでいいの。だって、おかずたくさん入ってるし」
僕が微笑むと、心美は「ふ~ん……」と僕のお弁当をまじまじと見つめた。
「すごく楽ちんだったね」
「うん。冷凍食品を作った人たちは、本当に偉大だと思う」
僕が笑うと、心美も僕に合わせて笑った。
――さて。僕はそして、ゆっくりと身を屈めて、心美と目線を合わせた。
「心美。どうして僕が、今日、君に料理をさせたか、わかる?」
心美は突然僕が説教を始めたのを見て、目を丸くした。
しばらく黙り込んでから、「え、わかんない……」と呟く。予想通りの言葉に、僕は態度を変えず、心美に理由を説明した。
「心美。君はこの前、お母さんに、言っちゃいけないことを言ったよね」
「……あ、」
心美はどうやら、僕の言葉に心当たりがあるようだった。
気まずそうに目をそらして、口を一文字に結ぶ。僕は娘の態度を見てから、「わかっているようだね」と彼女に言った。
「心美。君はちょっと前に、お母さんに、『私を愛していないから、かわいいお弁当を作ってくれないんだ』って言ったよね」
「……」
「ごめんね。嫌かもしれないけど、君のお父さんとして、あの言葉は見過ごせないんだ。
心美。今日、お弁当を作ってみて、君はどう思った?」
僕が尋ねると、心美は「すごく……つかれた」と答えた。
「うん。大変だったよね。……お母さんは、これを毎日やっている」
「……」
「知っていると思うけど、お母さんは専業主婦じゃない。僕もお母さんも、家で仕事をしているけれど、だからって、忙しくないわけじゃない。そんな中でね、手作りでお弁当を作るのって、すごく大変なんだ。その上で、必死にお弁当を飾って、かわいいキャラクター弁当を作るって言うのは、もっと大変なんだよ」
「……」
「君はそれなのに、『愛していないから』って、そう言ったんだ。あの言葉は、お母さんを何よりも傷付ける。だから僕は、あの言葉だけは、許すわけにはいかなかった」
僕が少し語気を強くすると、心美は、「ごめんなさい」と、顔を下げて、小さく謝った。
僕はそれを聞いて、心美の頭を撫でる。謝罪ができるというのは、特にこの年代の子供なのだから、ほめるべきところだろう。
「ちゃんと謝れて、偉いぞ。
……心美。君にはひとつ、大事なことを言わなくちゃいけない」
僕がそう言うと、心美は、「大事なこと?」と呟き、僕の目を見上げた。僕は頷いてから、一度息を深く吐き、心美の目を見つめる。
「なにかをしてもらったり、してあげたりすることを、『愛』だと思っちゃいけない。その考え方は、いつか君も、君の大切な人も、みんなを困らせるから。
どれだけ愛が強くてもね。人間には、限界って言うのがある。疲れてへとへとな状態で、それでも何かをしなきゃいけないってなったら、誰だって、嫌な気持ちになるものだよ。
お母さんは、忙しい中でも必死にやっている。それなのに、愛って言う言葉で、お母さんにお弁当を作らせるのは、いくらなんでも酷いと僕は思う」
「……」
「いいかい。愛じゃ現実は越えられないんだ。
君はもう5歳で、来年には小学校に入るんだ。大人になるってことは、現実を理解していくってことだと僕は思う。だから、君ももう、愛だけで誰かがなんでもやってくれるっていう、その考え方は、やめなきゃいけない。むしろ、お母さんを愛しているのなら、ちょっとは我慢をするって言うのを覚えなくちゃいけない。僕の言っていること、わかるかい?」
僕が尋ねると、心美はしばらく考え込んでから、「ちょっとだけ……」と呟いた。僕はそれを聞いて笑うと、また心美の頭を優しく撫でた。
「うん。十分。今僕が言ったことは、結構難しいことだからね。大人でもわかっていない人は結構多いんだ」
「……そうなの?」
「うん。だから、心美は賢い子だよ」
僕が言うと、心美は照れくさそうに「えへへ」と笑った。僕は言いたいことを伝えられたようで、満足して、小さくため息を吐いた。
と。リビングに、詩子がふらふらとした様子で入ってきた。ひどく疲れ切っているようで、目つきがどことなく怖い。
「よ、ようやく終わった……」
「おつかれ。朝ごはん、作るね」
「ありがとう、真白。本当、今日ばっかりはお願いしやす……」
詩子は言いながら食卓に座り、ぐでりと体を机に突っ伏した。どうやら、相当余裕がないらしい。
と。心美が僕の前から離れて、机に突っ伏す詩子の前に向かう。
「お母さん」
詩子は心美の声でゆっくりと彼女を見ると、「あ、」と言って、すっと背筋を伸ばした。
「ど、どうしたの、心美」
「……この前は、ごめんね。私、酷いこと言ったから」
詩子は驚いたように目を丸くした。
だけど、詩子はすぐに微笑んで、「別に、いいんだよ。だって、アンタのためなんだし」と、心美の頭を撫でた。
僕は二人の様子に微笑みつつ、簡単な朝食を作り始めた。
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