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第19話「特別な人と、特別な関係で、特別でない日々を」①

 走り、走り、走り、走り――私は、ラーメン屋、ごまふあざらしの近くにある公園にたどり着いた。


 膝に手を着いて、呼吸を整える。私は辺りを見回し、河野を探した。


 ――いた。河野はベンチに座って、スマホをいじいじとしていた。



「河野!」



 私は彼の名を叫び、走り寄る。河野は「お、おお、姫川……」と、私の方を見て、目を丸くして立ち上がった。



「どうしたの? なんか、凄く急いでいたみたいだけど……」



 河野は私の様子を見て尋ねる。私はもう一度膝に手を着いて、呼吸をゆっくりと落ち着けていく。


 言いたいことは決まっていた。だけど、どう言えばいいのかが分からなかった。私は荒らげた呼吸で間を誤魔化して、ゆっくり、ゆっくりと、姿勢を正していく。


 河野は、呆然と私を見つめるばかりだった。おそらく、どうして呼び出されたのか、よく分かっていないのだろう。


 ――何を言えば良いかは、わからない。けど、もう、ここまで来たんだ。迷っては、いられない。私は覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。



「……その。…………どうしても、伝えたいことが、あって、」


「……伝えたいこと?」



 心臓が胸を内側から叩く。走ったからではなく、これから先の言葉を伝えるのが、怖くて、恥ずかしくて、心が乱れているからだった。



「…………その。なんて言うか――」


「……」


「……私、ね、」



 私は言葉を選ぼうと、頭の中をぐるぐるとこねくり回す。だけど、やがて、私はその感情を奥歯でかみ潰して、ゴクリと唾を飲んでから、河野に向けて言った。



「――河野。私、アンタが好き」



 私が言うと、河野はポカンとして、「……え?」と、私の言葉が耳に入っていないかのような声を出した。



「好きなの。アンタのことが。友達じゃなくて、一人の、男として」


「――え、」


「河野。私、アンタと恋人になりたい。だから、河野、私と付き合っ――」


「ちょっ、ちょっと、待って!」



 河野は私に手の平を突きつけ、私の言葉を無理矢理に押し止めた。



「待って、待って。ど、どういうこと? 君、だって、え、僕のこと、無理って――」


「あ――あん時は、あん時。それに、無理って、そう言う意味じゃない。あの時は、付き合えないって思ったから、無理って言ったけど、別にそれは、好きじゃないとか、そう言う意味じゃない」


「待って、ごめん。本当、頭の整理が追いつかな――」


「う、うっさい! 今は私のターン! いいから喋らせて!」



 私はわんと叫ぶと、河野は「う、うん」と押し黙ってしまった。


 私は一度ため息を吐き、そして河野を見据える。顔が熱くなるのが感じられたけれど、それでも、私は羞恥心に耐え、声を発する。



「――河野。私、ずっと、アンタへの気持ち、見ないようにしてた。本当、たぶん前から、アンタのこと、好きだったのに、私、アンタと恋人になるのが怖くて、ずっとそこから目を逸らしてた」



 私は言いながら、視線を落とす。そして、「けど!」と言いながら、私は無理矢理顔を上げ、



「それだと、ダメだって思った。私、自分の気持ちを見ないようにしてて――それで、自分って言うのを、見失ってた!

 アンタとは、友達だから良い関係が続いているんだって、自分でそうやって決めつけて、ずっとそうなんだって思い続けてた。けど、アンタのこと、誰にも取られたくなくて――だから私、あの子に……清水さんに、酷いことした! アンタも、あの子も、由希の事まで傷付けた! だから、私、変わらなきゃって! 変わっちゃうのが嫌だなんて、そんな甘えたこと、言っちゃダメだって!」


「――姫川、」


「河野。私、気付いたの。私は一人だと、自分らしく生きられないって。私が私を見失った時に、それを教えてくれる誰かがいないと、私、自分を無くしちゃうんだって。

 それで、河野。アンタは、私にとって、私が私らしく生きるために、必要な人なの。だから私、アンタと一緒にいたい。アンタのこと、これからも好きでいたい。だから、私、踏み出さなくっちゃいけないの」



 私は言って、足を一歩河野に踏み出す。河野は驚いたように目を見開いたが、それでも、一歩も後ろに退かず、私と真正面から向き合った。



「もう、怖いなんて言わない。曖昧なままで終わらせない。――河野。私は、アンタが好き。だから、お願い。私と、どうか、付き合って!」



 私は言いながら、河野に手を差し出した。


 顔が羞恥心で赤くなり、いくつもの思考が頭の中を暴れ回った。それでも私は、それに流されずに、目の前の男を見つめ続けた。


 河野は顔を真っ赤にさせて、一度大きく息を吸ってから、一気に、肩を落とすように息を吐いた。



「……以前、」



 と。河野は突然、話の脈絡を無視して語り始めた。



「清水から、気持ちを打ち明けろって言われた。じゃないと、フラれた自分がバカらしいって。だから、どうしても君に告白したくて、この前は、そうしようとした。

 ――だけど、君に無理って言われて、僕は怖気付いてしまった」



 河野はそう言って、私から目を逸らした。私は彼の言葉に、心臓を掴まれたような感触を覚えた。



「……もちろん、迷った。僕には、一人の女の子の想いを踏みにじった人間として、真っ直ぐでいなくちゃいけないから。だけど、君の気持ちも理解していて、だから僕は、立ち止まってしまったんだ。……アイツから、背中を押されていたのにも関わらず。

 ――君は、凄いよ。いざと言う時、君は真っ直ぐで、誰よりも胆力があって。……僕は、君のそう言う所を尊敬していて、好きになったんだ」



 と。河野は顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめた。



「……姫川。僕は見ての通り、情けない。だけど、これじゃあいけないんだってことは、僕もわかっている。だから、本当は、君からじゃなくて、僕から告白をしたかった。

 ――姫川。むしろ、僕が、君にお願いしたい。……もしも、もしも君が、僕なんかでも良いって言うのなら。……僕と、恋人になって欲しい」



 河野は言いながら、私に手を差し出した。


 私はしばし呆然としてから、心の底から感情が湧き上がってきて、その勢いに任せて彼の手を取った。



「――うん。アンタじゃなきゃ、恋人になんかならない。……よろしくね、河野」



 私は河野に笑いかける。河野は照れたように「うん」と頷き、頬を紅潮させて笑った。



「……そんじゃあ、河野。私、今から行きたい所あるんだけど」


「いきなりだな。……えっと、どこ?」


「ん、飯。……なんて言うか。付き合って初めて食べに行く場所は、昨日のうちから、決めていたの」



 私はそう言って、目当ての飲食店がある方向を指さす。



「ごまふあざらし。あそこの濃厚な豚骨しょう油を食い散らかしに行くわよ」


「恋人になって初めて行く飲食店が横浜家系ラーメンか」


「なに? ……もしかして、嫌だった?」


「いいや。なんと言うか、君らしいなって」



 河野はそう言ってくしゃりと笑った。

 その表情には、裏なんて無くて。私は彼が笑う姿に、心の底からホッとした。



「そうね。これが、私たちなのよ」



 私は河野の隣に並び、ラーメン屋までの道をゆっくりと歩いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 積み上げてきたものが一つの区切りを超えて形になったわけで何はともあれめでたいです。 区切りを超えても二人で歩む道はずっと続いていて慣れとか飽きとか人を惑わす恐ろしいものも潜んでますが、繋いだ…
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