第3話「作家は作品に思想を入れてはいけないと言うけど、アンパ○マンの前で同じこと言えるのかお前」
1週間と少し後。私はいつものように漫研で必死に漫画を描いていた。
あの後河野と分かれる時、奴は私に宿題を押し付けてきた。
『なにか自分が書きたいものを自由に書いてごらん?』
作家としては当然の姿勢だが、宿題としては『テーマ:自由』というのは極めて害悪だ。なにせ期限がついている上にすることそのものが強制な時点で自由もへったくれもないのに、しかしテーマだけは自分で考えてやれよクソヤローと言う難題だからだ。
しかも大概、そういうのに限って本当に自由に、例えば『今朝したうんこの臭いについて』とかの表題でやろうものなら怒られるという。まあなにが違うかって言えば、学校の宿題とは違い、正真正銘の自由でかつそこまでの強制力はないってことだが(だから実はそんなに何も思っていなかったりもする)。
そんなこんなで、私はテーマ探しから創作を初め、そして今回、栄えある我が作品の題材に選ばれたのは、『努力』だった。
よくあるテーマだ。無能力の少年が最高のヒーローを目指すのも、とある落ちこぼれ忍者が火影を目指すのも、根幹にはこの2文字がある。少年漫画雑誌の標語にも含まれるほど人類が思い悩まざるを得ないキーワードとも言えよう。
しかし私がこの時考えた努力は、そうした夢に進むための努力ではなかった。確かに、間違いなく、彼らの努力はまごうことなく努力であり、それは認められたのだが。しかし私は、これだけを努力と表現してしまうことにどうしても抵抗があったのだ(これは私の人生経験故であろうが)。
そんなこんなで、私が手を出したのはあろうことかまさかまさかの日常モノだった。
おおよそ努力から連想されるイメージとは対局にある、『あ〇〇〇〇大王』や『〇〇〇すた』、『〇〇うさ』や『ゆる〇〇〇』などなどが代表的な、ゆるゆるとしていてどこか笑える系統の作品だ。
しかし私が描いた日常モノはこれらのゆるい作品とは全く違い、どちらかと言うと、どこかドロドロとしている人間関係を主にしたストーリーだった。
主人公はまあ、言わばオタクで、クラスの隅で本を読みながらひっそりと生きているような人だ。男女共に噂され、ヒソヒソと聞こえる彼女のあだ名は『キノコ』。どこかじめっとした雰囲気があるから、こんな呼び名らしい。
そしてついに友達も出来ずに3年間をすごした彼女は、高校になり、オタク趣味を隠し見た目を飾ることで高校デビューを果たす……ここまでが、最序盤のあらすじ。私が定めた『努力』というテーマは、この『今までの地味な自分を変えてお洒落になる』という部分が該当する。
その後、彼女はそれなりに可愛くなって、陽キャJK達と友達になり、よくよくグループで遊びに行くようになる……。読み切りと言える部分は、これで終わる。
ここまでを見ると別段ドロドロともしていない。単に薄汚いJCが頑張って高校デビューを果たすと言う、努力というテーマをしっかりと反映させた明るい物語だ。
しかし作品を書いていると続きの構成も浮かぶわけで。この先の部分からが本格的にドロドロとしだす。
読み切りの努力のかいもあり、主人公はなんとか友達を作ることに成功する。やがて、彼女のかわいらしさに惚れて、スポーツ万能、成績も人柄も良いイケメン彼氏ができる。
……が、彼女はすぐに、その生活に不満を持つようになる。理由は簡単で、『自分らしくないから』だ。
オタク趣味は完全に引っ込める。クラスのオタク達がアニメの話をしてて、それに混ざりたいと思っても、その気持ちを押さえつける。家に帰ったら楽しめるFPSも漫画もアニメも、学校では楽しんではいけない話題なのだ。
そしてその子は周りに合わせるため、必死でテレビを見る。芸能人の恋愛事情だとか、面白いお笑いやバラエティ、スポーツのニュースなど。ぶっちゃけ、楽しくなかった。
運動部にも入ったが、元々体を動かさないこともあり成績は低い。持ち前の真面目さで続きはしたが、なんとなく、本気では楽しめない現状に悶々とする日々。
家に帰ったら癒しがある……のも、すぐに崩れた。なにせ彼氏がやたらデートに行きたがるのだ。2人の思い出を作ろうとか言って、2人のイニシャルを組み合わせたキーホルダーを作ったりもした(コイツくせぇなと思いながら)。で、やがて癒しを楽しむ時間も削られる現状に我慢できず、彼氏とは別れてしまう。
それを友達に話すと、勿体ないと言われてしまう。でも、性格が合わなかったのだから、仕方ないと思う。それに、彼氏は――なんだかんだで、案外、自分勝手だった。
週末はデートに誘おうとするし、やたら食事に行きたがるし(まあ、高校生だし大した所ではないけど)、それで、こっちはあまり楽しくないのにお金だけは減っていく。それで何度か欲しかった新刊を逃していた事もある。
それでも結構嫌だったのに、彼は、案外人の悪口を言う人だったのだ。
みんなと同調するような感じだったから、彼の人格は特別疑われなかったのだろうけど。みんなで誰かをバカにして笑っている時、自分も人を指さし、それはもう、楽しそうに笑っている。アイツはキモイとか、オタクはキモイとか(これが相当にガールフレンドの地雷を踏んでいたわけだが)。
人柄が良い、なんて言うのは、所詮、『周りから悪く思われていないだけ』であって、優しいわけでも、他人を重んじるタイプでもなかったのだ。あえて言うなら、仲間には多少優しかったかもだけど。
そんな『クラスにいる別に関わらなければ無害な気持ちの悪い誰かさん』をいじめはするけど、「いじめは良くないと思います!」と純粋な目で本気の本気で言えてしまう愉快でコミュ力の高い性格の良い人たち()に囲まれ、心の底から作り笑いを浮かべ続ける。
さながら主人公は周囲に振り回されるかわいそうな女の子、というふうにも見えるだろう。だが私からしたら、この子にだって大きな問題がある。
だいたい、だ。そうやって作り笑いを浮かべて不満そうに過ごしているのなら、さっさとみんなと見切りをつけて別の誰かと付き合えばいいじゃないか。手前が選んでそいつらと付き合ってる癖に、なんで文句ばっかりたらたら言ってんのよ。
それに人の悪口を~とか言うくせに、自分だって一緒にバカにしている。苦笑いをして、本気で言ってるわけじゃないとか仕方がないとかごまかしてるけど、結局の所、自己中心的な性格が透けて見えているというか。色々とねじ曲がってるし、矛盾しまくってんのよ。言動と信念が。
――私が今描いているのは、そんな日常モノだ。はっきり言えば、暗い。日常レベルの嫌な面がありありと出てきて、私が読者なら、これを『日常モノ』と断じることは無いなとさえ思う。
……でも、なんでだろう。これを描きたいって思ったし、これを楽しんでいる自分がいる。努力をテーマにしろと言われたのに、この作品における努力は、全て『自分を着飾る努力』に向いている。それ自体は決して悪くないけど、この後の展望がこれでは、正直、報われないとも思う。
私はしばらくして、作品を書き終えた(と言っても、描けたのは最序盤の高校デビュー成功までだが)。
いつもなら作品ができ次第みんなに見せていた。だけど、これだけは何か違う。私はため息をつきながら、「こんなもん見せられないなあ」と呟いた。
「詩子、終わった?」
由希が後ろから突然私に話しかけてきた。私は「のわあああ」と妙な声を出して後ろ向きにひっくり返りそうになる。
「ゆ、由希!? お、終わったって何が?」
「いや、原稿。なんかあんた、凄い集中力だったわよ。いつも漫画描いてるからまあまあ見慣れた光景だとは思ってたけどさ、今回ばかりはみんな『なんか違う』ってあんたに近寄らなかったよ」
「うっわあ、やっちゃった」
「なんで? いいことじゃん。言うてあんまし男子に近寄られるの好きじゃないんでしょ?」
「男子って言うかアイツらね。部長はまあ、ともかく、吉田は論外だし。田中はなんか……アイツは
なんだろう、一体」
「真のボッチって感じだよな。まあいいけど。てかこれからもそうしていた方がいいんじゃない? ぶっちゃけアンタヒメヒメするタイプじゃないじゃん。女子どもからぶりっ子って言われなくて済むし」
「んー……なんか、なんかね」
「――まあいいか。ところでさ、漫画、できたんでしょ? アレだったら読もうか?」
由希が私に手を差し出す。いつもみたいにiPadを渡しな、といっているのだろう。
――いや、でも、これはダメだ。なんか見せるのは恥ずかしい。私は画面を落とすとそそくさとiPadを片付けた。
「ごめん、これは見せられるもんじゃないから!」
「……ん? まあ、それじゃあいいよ」
「うん! じゃあ、そろそろ時間だし、また明日!」
「おう、また明日」
私は由希に手を振って、急いで家に帰った。