第15話「運命とは都合のいいものでは無い」⑥
朝。目が覚めると、私はベッドの上に寝転がっていた。
むくりと体を起こし、寝ぼけた目をごしごしと擦る。目ヤニがやけに多くて、固まったそれが自分の肌を傷付けた。
ふと辺りを見回すと、真白は、離れた所にあるソファーで、身を縮こまらせて眠っていた。
――どうやらあの後、泣き疲れて眠ってしまったみたいだ。私は私服姿のままの格好を見て、大きくため息を吐いた。
手は、出されていない。おそらくは、真白がベッドに私を移動させた後、自分はソファーに移ったのだろう。間違っても、何かが起きないように。
それは、1人の男としては、紳士的だと評価すべきなのだろう。だけれど、今の私には、それがあまりに都合が悪く。
「……へたれ」
私は、見える真白の背中に向けて、そうと突き放すように呟いた。
しばらく膝を抱えて、何とも言わず体を前後に揺らす。と、やがて私は、うんと足と背を大きく伸ばしてから、ため息を吐き、そして、ベッドから足を出した。
立ち上がり、ゆっくりと真白の元へ移動する。片腕を枕にして眠る彼の姿は、それでも、どこか愛おしかった。
「…………」
私は少しだけ彼の顔を見つめてから、身をかがめて、ゆっくりとその頬に顔を近付ける。
――と。そのタイミングで、真白は目を覚まして、私の方へと顔を向けた。
「……ぬおっ、」
真白は驚いて体を起こす。私も反射的に身を引いて、今しがた自分がやろうとしていたことに気まずさを覚えた。
「あ……お、はよう。真白……」
「あ、ああ、うん。おはよう、清水……」
真白もどうやら、私の事を察したらしい。少し顔を赤くさせて、目を逸らして、どことなくバツが悪そうに口をへの字に折り曲げていた。
「……その、落ち着いた?」
真白は私の方へ目をやりながら、そうと尋ねる。私はしばらく口を閉じると、やがて「うん」と言って、彼に背を向けベッドに近寄った。
「……ごめんね。昨日は、どうかしていたみたい」
私はそう言って、ベッドに座り込む。真白は「いいよ、もう、済んだことだし」と、ソファーで前屈みになって答えた。
「…………。……ねえ、真白」
と。私は、ベッドに横たわりながら、真白にふと、ある問いかけを持ちかけた。
「……高校の時。……アンタさ、私に、どう思ったの?」
高校生の頃――私が、真白に告白されて、それを嘲笑い、周りに言いふらしたあの時のこと。私は頭の中にかつての光景を思い浮かべて、真白に当時の心境を尋ねた。
しばしの沈黙が流れる。しかしやがて、真白は小さくため息を吐いてから、私にその答えを言った。
「……憎らしかった。君のことが、本当に好きだったから、余計に。……正直、殺してやろうか、ってまで思いもした」
私は、真白からあまりに物騒な言葉が出たことに驚いた。しかし真白は、私になお回答を続けた。
「でも、憎み切れなかった。君のことが、好きだったから。それで、ずっと悶々としていた。……でも、友達が僕に気を使ってくれて、それで、いつの間にか、吹っ切ることが出来てた。……でも、君のことは、やっぱり、忘れられなかったよ」
真白が言い切り、短い沈黙が流れた。私は「そっか」と言って、手を枕にしてため息を吐いた。
「……私、アンタにとんでもない呪いをかけちゃったみたいね」
「…………」
「そりゃ、選ばれもしないか。……ま、本当はさ、全部、わかってたんだけどね」
私は言いながら起き上がり、頭をかいた。真白は「え?」と言って、呆然と私に視線を向ける。
「……アンタに初めて告った時には……なんか、アンタの中に、誰か、別の人がいるんだなって。……でも、そんなの、嫌だったから。……だから、見て見ぬふりしてた。それに、アンタ、一応彼女いなかったし」
私はそう言って、ため息を吐いて項垂れる。そしてうんと背伸びをして、「なんてね〜」と、明るい声をあげた。
「わかってる。ただのカッコつけ。……そんな気がしてたのは本当だけど、でも、それに気付いたのだって、昨日だし。あはは、ほんっと、私ってさぁ……やっぱ、性根はクズのままなんだなぁって」
くぁ、と息を吐きながら、後ろ手を着いて、天井を見上げる。そして「はぁ、」とため息を吐いて、私はそのまま、天井を見上げたまま、真白に問いかけをした。
「……ねぇ。……私らの関係って、ここで終わり?」
「……うん。……よくわかったから。好きな人がいるのに、男女で会うのは良くないって」
「たはは。童貞の真白君も、ようやっと男女に友情は無いって理解したか。
……真白、」
私は彼に呼びかけ、涙が出てこないよう必死に堪えながら、くしゃりと笑ってみせた。
「ごめんね」
下手な声だったと思う。だけれど真白は、私の表情に一度だけ目を向けてから、「……うん」と、小さく頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
栄えた駅の前。僕は清水の車から降りて、彼女の方へと体を向けた。
「……ありがとう。送ってくれて」
「さすがに、あそこに放置は酷いでしょ。当たり前だよ」
清水はそうと言って僕に笑いかけた。僕は、どこか無理やり繕ったようなその笑みに、胸がキュッと痛むのを感じた。
「……真白」
と。彼女は、車の中から、僕にそう声をかけた。
「アンタ、これからどうするの?」
「……どう、しようか。正直、色々と……」
「ハイ、ダメ」
と、清水はピシャリとそう言った。僕は「えっ?」と顔を上げ、彼女の方を見つめる。
「真白。アンタがこれからすべきなのは、あの子に想いを伝えること。……でなきゃあ、なんで、私を振ったんだよ。それなら、私と付き合ったって良かったじゃん」
「……」
「だから、きっちりやってきて。でないと、私がばからしいじゃん」
清水はそう言うと、やや眉を下げた表情で、ハンドルと向かい合い。
「――あ、そだ。最後に、アンタに言いたいことあるんだった」
そう言うと清水は、僕の方をまた向いて、そして、泣きそうな笑顔を作り、大声で叫んだ。
「このヘタレ! チキン! 意気地無し! こっちから誘ってんだから、手くらい出しやがれ!」
清水は捨てセリフのように叫ぶと、アクセルを踏んで、そのまま僕の前からいなくなった。
思わぬ台詞に、僕はぽかんとしてしまう。そして、駅前を通り過ぎる車や人混みの音を流し、やがて僕は、踵を返して、その場から歩き始めた。
「――ありがとう」
排気ガスの残り香に向かって、僕はそうと呟いた。
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