第12話「20歳なのに童貞の男はヤバい」②
中学生の頃、私には彼氏がいた。ソイツはクラスのみんなとも仲が良くて、カーストが高いってわけではなかったけれど、運動も勉強もそつなくこなせて、何より、気軽なノリで楽しく話せた。
顔はまあまあ格好良くて、私はソイツのことが本気で大好きだった。だけど、中学三年生まで付き合った時、ソイツは私にこうお願いをして来た。
『なあ、そろそろ、その……イイだろ?』
言葉を酷く濁していたが、ようは、「夜の」誘いだ。
中学生ともなれば、そうした性への関心や知識も増えてくる頃合いだ。となれば当然、それへの憧れもまあ生まれる。何より、男子はこの時期が一番そう言うのが旺盛になると言うのだから、長く彼女と付き合っていれば、一度くらいは、そういうのを夢見るだろう。
だけど、いくらなんでも早すぎる。私たちは当時15歳だった。そんな時期に初体験と言うのは、いくらなんでも怖い。それに妊娠したらどうするのだろう。
だから私は断った。相手は残念そうにしてはいたが、仕方がないか、という雰囲気もあった。
だけど、これがきっかけで私たちの関係性は崩れた。なんだかんだとそういう話がある度にかわしていたら、いつの間にか彼氏は私を遠ざけていて、結局そのまま別れることとなった。
寂しかったし、嫌だった。だから抗議もしたし、話し合おうともしたけれど、でも、取り合ってもらえなかった。そうして私は、好きな男を、自分の手から手放すことになった。
とは言え、この時はまだ、「たかだかえっちできなかったくらいで」と思っていた。後々から、こんなことを気にするなんて、と思うようになって、むしろ別れて良かったと思うようになった。
高校生になってからも、好きな人ができて、付き合う事ができた。私の周りの友達も、彼氏がいた人はなんだかんだと初体験にまで進んだ人がちょこちょこといて、どうやらこの年齢になると、性への認識が緩くなってくるようであった。
確かに、まあ、当時は16、17歳辺りだ。これくらいであれば、妊娠はさておき、一度や二度くらい、こういった経験をしていても、まあおかしくはないだろう。私は当時、得意げに夜の話をする友達に、「へー」と関心を寄せながら、色々ともごもご考えていた気がする。
しかし、性への抵抗感が緩くなったのなら、当然そういう誘いも入ってくる。私の彼氏は、友達がえっちをしたと言う話を聞いて、それを種にし、私に「そろそろ、俺たちも」と振ってきた。
私も少し心が揺れた。「まあもう高校生だし」「なんだかんだそういうことは経験してもおかしくないだろう」と、周りにもそんな空気があったからだ。巷では『20で童貞捨ててないとかありえない!』という女の人もいるくらいなのだから、まあ、この辺りで初めてと言うのを捨てるのが妥当なのだろうと、私もそう考えてはいた。
だけど、それでもなんか無理だった。だって、怖いじゃないか。色々と。
確かに、私は彼氏に対して、「この人となら」とは思ってはいた。だけど、それ以上に、「いや、でも、高校生っていくらなんでも早いだろ」とか、「もしも妊娠したら、学校はどうするの? 将来は? 赤ちゃんは?」とか、色々不安が過った。妊娠・出産の苦しみは酷いと聞くし、そう考えてもやっぱり、安易にOKとは言えなかった。
だから無理だと、もう少し待ってと、私は答えた。そう言って、何度も、何度も、その行為を先延ばしにした。
そうしたら、それがきっかけで、私はまた彼氏と別れることとなった。好きな人にまた捨てられるというこの体験は――それも、二度目の、同じ理由からの体験は、私の中に、大きな苦い思い出として残ることとなった。
だから、大学生になって、また新しく好きな人が出来た時。彼はすぐに、私に夜の誘いをして来た。
私は最初、戸惑ったし、断った。だけど、それでも彼は私を誘って、私は一方で、中学、高校の頃の苦い思い出が何度も頭をよぎって――
――もしも、このまま断り続けたら、彼も私から離れていくのだろうか。そんな不安が、ふと生まれた。
それは嫌だ。もう好きな人を手放したくない。それに、この人となら。私はそう自分の中で言い聞かせると、彼からの誘いをOKした。
避妊はしてと言った。彼もそれにOKをした。それで、何度か、何度か、体を重ねていくうちに、彼は徐々に避妊を嫌がるようになった。
『大丈夫、外に出せば妊娠しないから』
彼はそう言って私に行為を要求した。私は振られるのが怖くて、その言葉を信じよう、彼を信じようと頭の中で念じた。
どうせ受験に関係ないと、真面目に受けなかった保健の授業で、先生が『こういう言葉はよくあるけれど、それでも妊娠の可能性はある』と言っていた気がするけれど。そんな知識はわかっていたけれど、「彼となら」と念じて、念じて、念じた。
結果、私は妊娠して、彼から捨てられた。今にして思うと、私はどうして、あんな男を信じたのだろうと思うけれど。
この経験は、私の中の価値観を大きく変えた。性行為という物の怖さを実感したし、何より、これがきっかけで、私は男への嫌悪感が、殊更強くなった。
――あいつらは、全員、下半身で生きている、醜い性欲の怪物だ、と。そんな憎悪が、私の中で、日に日に強くなっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
朝の8時。駐車場の車から降りた私は、マ〇クの店内をいそいそと覗き込んだ。
――いた。真白だ。私は机に座り、スマホをいじっている男へと視線を合わせた。
アイツはこっちに気付いていない。私はアイツから見られないようゆっくりと店から離れ、背中を向けてから、肩にかけたショルダーバッグからコンパクトミラーを取り出した。
丸い形の手鏡を使って、私は髪の毛やまつ毛、血色の良さなどなどをチェックする。
ボサっとしてないだろうか。顔色、悪くないだろうか。いい感じにかわいく見えているだろうか。私は空いた手で髪の毛をいじり、細心の注意を払う。
無駄に朝早くに起きて、めっちゃくちゃ気合いを入れて化粧をしたのだ。風が吹いてボサボサになるとか、そんなのがあったら困る。私はしばらく自分の顔とにらめっこを続け、やがて「よし」と大きく息を吐くと、やや緊張しながら店へと入った。
カランカラン、と音が鳴る。少ない客の男性陣が、パッと私へと目を向ける。
どうだ、オラ。今日の私はいつもよりかわいいんだぞ。そんな気持ちを持ちつつ、私は真白へと近づいていく。
「お、おはよう、真白」
「あ……ああ、おはよう。清水」
私が軽く手を挙げて笑うと、真白もやや困ったように笑顔を返した。
んん……もっといい感じの反応を期待していたのだけれど。私は内心でちょっと不満に思うと、それでも、『まあ、真白だし』と心で念じて、アイツの対面に座った。
「ごめん、先に待ってたんだね」
「気にしていないからいいよ」
「ありがと」
「そう言えばだけど、朝ご飯は食べたの?」
「ん、食べてないけど……。真白は?」
「あ……あー。食べてないよ。流石に、入店して何も買わないのは失礼だから、カフェオレくらいは買ったけど」
「あーね。……どうする? ここで食べてく?」
「うん。そうしようか」
真白はややしどろもろどに目を泳がせながら、私にそう答えた。
……そうか。コイツ、私を待ってて、ご飯、食べなかったのか。
私はちょっとだけ、コイツのそういう気遣いを嬉しく思った。
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