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第11話「男と女の友情は成立しない。それが何よりも、男と女の違いを強く証明している」②

 その後、私たちは一言も話をせず、由希は私を部屋へと送り届けてくれた。


 最後に、「じゃあ」「うん」と、軽い挨拶を交わして。私が玄関の扉を閉めようとして、それでも、閉められず、もう一度開けた時、由希は乾いた笑みを浮かべ、私にこうと言った。



『――もう、明日からは、会わないんだから。じゃあ、ね』



 そうして、由希はアパートの通路を歩き、角へと消えた。かつ、かつという足音が、私の耳元で、いつまでも反響しているようだった。


 私はその後、どうすることもできず、部屋の中で、ベッドに膝を抱えて座り込んでいた。


 ――これはきっと、悪い夢かなにかだ。私は薄暗い中で、そんなことを頭に思い浮かべていた。


 そうだ。こんなの、たまたま、偶然、気持ちがかき乱されて、こうなっただけだ。


 ある種の気の迷い。それだけでしかない。


 そうだよ。あんなよく分からない女が現れたせいで、しっちゃかめっちゃかになっただけだ。明日には、きっと、また、いつも通り――友達として、由希と、やっていける。私はごまかすように、心の中でそうと言って。


 ――だけど。その度に、由希の、悲しそうな笑顔が頭に浮かんだ。


 ……違う。私はそして、今までの自分の思考を打ち消した。


 由希は、ずっと前から私のことを好きだった。それはつまり、遅かれ早かれ、こうなっていたであろうことを示している。


 だとしたら、私がこうやって、また「いつも通り」を望むことは、何よりも、あいつにとって良くない。そんなことをしたら、余計にアイツを傷付けるだけだ。


 とどのつまり、私にはもう、打つ手が無かった。子供の頃に、遊園地でもらった風船を手放してしまった時のように、ただ呆然と、目に涙を浮かべて、過ぎていく景色を見ることしか、私には叶わないのだ。


 諸行無常の響きあり、とは、国語の授業で習った言葉だが。世の中は、どう足掻いても変化していって、それはきっと、止めることは出来ないのだ。


 諦めるしかなかった。どれだけ変化を嫌っても、この現実は、とめどなく流れ続けていく。


 ……だけど、そんなこと、分かってはいるけど。私は大きくため息を吐き、ただ苦しさに小さな喘鳴をあげた。


 ……苦しい。辛い。私は脳内にそんな言葉を思い浮かべる。


 由希が言っていた。「気持ちを抑えるのが苦しい」と。それはきっと普遍的で、人は、自分一人で感情を抱え込むことが難しいのだろう。


 それは私も、例に漏れていなかったようだ。私は次第に、この気持ちを、この感情を、何かに向けて吐き出したいと思うようになっていた。


 それと同時に、私の頭には、とある男の顔が思い浮かんだ。私はそれを自覚すると、しかし、それではまるで、由希やあの女の言っていたことを肯定しているようにも思えて。


 何度も、何度も迷った。空虚な時間がただ過ぎていく中、スマホをいじったり、天井を眺めたり、また顔を落としたり、そんななんてことの無い行動を繰り返して。


 ――やがて私は、耐えられなくなり、スマホをいじって、LI○Eを開いた。


 少し迷ってから、私はとある男のアカウントに通話をかける。しばらくスマホを耳に押し当てて、通話の呼び出し音を今か今かと聞き続ける。


 しばらくして、しかし、誰も通話に出ることは無かった。私は大きくため息を吐いてから、「なんだよ、もう」と言い捨てて、スマホを傍らにボンと落とした。


 と、その瞬間。私のスマホが鳴り響いて、LI○Eの呼び出し音をまた鳴らし始めた。私はハッと顔を上げ、すぐにスマホを手に取り、そして通話主の名前を見る。


 ――河野だ。私はそれだけを理解すると、反射的に、彼からの電話に応じていた。



「あっ、河……」


『姫川!』



 と。開口一番、河野は私の苗字を呼んだ。私はビクリと身を震わせてしまって、思わず声に詰まってしまった。



『あ、ご、ごめん……。その、電話、出れなくてごめんね』


「あ、う、ううん。それは、その、いいん、だけど……」



 私は呟きながら、徐々に声を潜ませてしまい、最終的には黙りこくってしまった。


 ……ああ、どうしてだろう。コイツの声を聞いた途端に――自分の中で、モヤモヤとしていたものが、ほんのちょっとだけ明るくなったような気がした。


 なにを話せばいいのだろう。私は黙したまま、ごちゃごちゃの引き出しに手を突っ込むように、自分が言うべき言葉を探した。


 と。そうして数秒ほどの間が空いた後、河野が「どうか、したの?」と私に尋ねてきた。



「え?」


『あ、いや。その……。ほら、話すこと自体、少し、久しぶりだから。なのに、突然、電話なんて……』



 河野はやや気まずそうに私に言う。私は少しばかりハッとして、慌てて河野に語り掛ける。



「う、ううん、そんな、別に、アンタが悪いことじゃなくてね!」



 誰が見ているというわけでもないのに、ブンブンと手を振り声を上ずらせる。


 そうだ。私、もう一週間近くアイツを避けてたんだ。これだけ話すことさえしなかったのだから、アイツだって、何か思うことはあるはずだ。

 申し訳なさが充満していく。よくわからないけど顔が赤くなって、胸がキュッと痛くなる。私はしばらく乾いた笑みを声に出し、それもやがては消え入るように止まって、またしても沈黙が流れた。


 ――どうしよう。本当、どうやって話の口火を切ろう。私はごちゃごちゃと頭を掻きむしるように、悶々と息を吐く。

 あまりに不自然な雰囲気が蔓延する。向こう側からも、何やら気まずい感情と言うのが感じられて、河野はずっと、黙りこくったまま私の声を待っていた。


 電波の音らしきものが耳元に入ってくる中。私はそして、ようやっと、観念したようにゆっくりと声を出した。



「……その。ちょっと、辛いことがあって」



 私が淡々と言うと、河野は『ふむ』と私の話に興味を示してくれた。


 私は臆して、その先の言葉に詰まってしまう。だけど河野は、すかさずに『一体、何があったの?』と私に尋ねてきて、私はそれで、「えっと、」と整理もつかないまま、ゆっくりと声を発していった。



「……その、由希が、今日ね。私に、絶交って言って」


『えっ……そ、それは、どうして?』


「その……えっと。由希が、もう、気持ちを抑えるの、しんどいって。それで、自分の気持ちを、整理したいって」


『――なるほど』


「いや、さ。その、さ。わかってはいたんだよ。由希が私を好きなんだってこと。でも、だって、私、そんなの、受けられなくてさ。誰かと付き合うとか、考えらんなくて。ずっと、ずっと、無視してた。そしたら、アイツ、もう我慢できないって」


『……うん』


「考えればわかることだったのに、私、ずっとそれで、アイツの気持ち無視してさ。いつまでも、いつまでも、返事なんかしないで。無理なら、無理って、言うべきだったのに。なのに、私――」


『――曖昧なままにしておくのが、一番良くない、か……』



 河野が声を出す。私はアイツの言葉を聞いて、「本当に」と、彼の意見に同調するように声を出した。



「なんでこんなことしちゃったんだろう。自分がさ、本当、情けなくて、嫌になって。私、由希を自分に都合のいいように利用してたんだ」


『ん……うん、なる、ほど。そう、思っちゃったって、ことだね』


「ん――うん。それで、絶交って言われてさ。とにかく、でも、私、そんなの嫌で。でも、それでアイツに食い下がってもさ、そんなの、結局、アイツにとって良くないって思って――」



 とにかく、気持ちを言語化することに必死だった。


 まとまらない思考を、ごちゃごちゃとこねくり回して。なんとか、なんとか必死に言葉を紡いで。言葉の全部が意味のわからないツギハギだったけれど、それでも河野は、私の話に、しっかりと興味を向けてくれていた。



『天音さんを苦しませたくないから、離れたくなくても、離れるしかないってことか……』


「うん……。うん。それで、私、本当、どうしたらいいかわからなくて――」



 私はそうして、自分の感情が混乱をしている中、それについ身を任せて、河野に尋ねてしまった。



「――河野。私、どうすればいいんだろう……?」



 口から漏れ出た瞬間、自分の問いかけが、あまりに答えに窮する物だと、ハッとした。河野も案の定、『えっ、どうすればいいか、か――』と、突然の質問に戸惑って、声を震わせていた。


 あっ、と思い、私は「いや、ごめん。変なこと聞いて」と声を出す。しかし河野は、電話口の向こうで、『ん――うん……』と、唸るような声を出して、どうやら、答えを考え込んでいるらしいことが伺えた。


 しまった。迷惑だ。突然こんなことを聞くなんて。しかも、久々の会話で、いきなりこんなのなんて。そんな後ろめたさが背中を焼いたけれど、しばらくの長い間の後、河野は『うん』と言って、たどたどしい様子で声を紡ぎ出した。



『その、僕の考えだからさ。別に、聞けっては、言わないけど――。……たぶん、それって、どうするってことも、できないと思う。

 あ、いや。どうしようもないって言う意味じゃなくて。……その、なんていうか。姫川はたぶん、どうしたいって言うより、その……自分の気持ちを、整理したいんだと思う』



 私はそして、河野の言葉を聞いて、ハッと、一瞬目を見開いてしまった。



『だって、なんていうか……姫川は、わかっているから。僕も同じ状況になったら、きっと、同じ答えになると思う。……天音さんに、ここまで来て尚縋るのは、彼女を余計に辛くするだけだと思う。……だったら、お互い距離を置いて、そっとしておくのが、一番だと思う』


「――うん……」


『でも、そんなことはわかっているんだよね。ただ、それでも、それが嫌だって言う話で。……それは、人間なのだから、仕方ないよ。

 ただ、だからこそ、今はそっとしておくべきだと思う。何よりも、君自身が落ち着くために。君と天音さんの仲はよくわかっているから、これがきっかけで、一生離れ離れって言うわけでもないんだから。嫌われたってわけでもないんだし。

 今は、時間をかけて、お互いに冷静になれるのを待つべきだと思う。その後のことは、その後、考えればいい。不安になるのはわかるけれど、だからこそ、だよ』



 河野は、ささくれ立った私の心をなだめるようにそうと言った。


 自分の中で、心が少し落ち着いていくのを感じた。出た答えは、結局、私が思っていたことと同じだったけれど。だけど、アイツが考えて、そうして言ってくれた言葉には、同じ結論でも、何か特別な気がした。


 そうだ。河野は、こういう男なんだ。いつだって誰かに真剣で、だからこそ、軽率な受け答えはしない。


 言動のひとつひとつに、しっかりとした考えと、何よりも、優しさが溢れている。だから私は、コイツのことを、頼りにしていたんだ。


 と。そこまでを理解した途端。私の目から、突然、涙がこぼれ落ちた。



「あ――」



 私が呟くと同時、河野が『どうしたの?』と問いかけてくる。私は泣くのを堪えて、河野に今の私がバレてしまわないように、必死に自分を取り繕った。



「――なんでもない。……うん。ありがとう、河野」


『別に、これくらいなら、僕はどうとも思わないよ』


「んん。本当。ありがとう。……ごめん、落ち着いたから。……電話、切るね」


『ん、うん。わかった。そっちも、無理しないでね』



 そして河野は、『それじゃあ』と言って、電話を切った。私は通話が終わった後の画面を見つめてから、大きくため息を吐いた。


 涙の量が多くなる。自分の感情が強く、大きくなってしまって、もう、どうしようもなく溢れてくるのを感じる。



「――河野、」



 私は彼の名前を呟くと、また太ももに自分の顔を押し当てて、顔をひずませた。


 ――ハッキリと、理解してしまった。自分の心を。


 私は、アイツが――河野真白が、好きなんだ。


 私はそれを理解して――だからこそ、変わってしまった自分と言う存在に、強いショックを抱いてしまった。

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