第7話「自分の気持ちは他人の気持ちと同じくらいにわかり辛い」②
「それで、僕はどうしたらいいと思う、四郎」
僕は自分のアパートの部屋で、親友である青山四郎と話をしていた。
目の前の明るい茶髪の男が、「えっとさぁ」と困ったように顔をしかめて頭を掻きむしる。そのような表情になるのも当然だと言える。
僕は四郎に相談をしていたのだ。
相談内容は言わずもがな、清水についてだ。四郎は僕や清水と同じ高校出身だから、彼女についても面識がある。
そう。面識があるということは、彼女と僕がどのような関係性なのかも把握していると言うわけだ。四郎はだからこそ、ガリガリと頭を掻きむしりながら僕に答えた。
「やめとけ。お前、あの頃のこと忘れたのかよ。だって、あいつのせいでお前、学年中から笑われ者だったじゃないか」
「……うん。覚えてはいるけど……」
「ハッキリ言うけど、どんだけ顔が良くてもあの性格じゃあ付き合えないって。ブスかアイツどっちと付き合うかって聞かれたら、俺は普通にブスを選ぶぞ」
「それも納得できるけど。けど、なんと言うか、彼女は以前の彼女とは違うと言うか……」
「そう見えるだけだって。久しぶりに出会ったからテンション上がってるだけだって」
「いや、本当に清水は……」
「いや、ていうか、その辺はぶっちゃけどうでもいいわ。お前さ、もう一度聞くけど、振ったんだよな?」
僕は四郎に強く迫られる。僕は彼の問いかけを聞き、こくりと小さく頷いた。
「だったらもうそれで終わりだろ。相談もクソも無いだろ」
「いや、だけど、その……。……彼女は、なんというか……諦めていない感じがするんだ。今でも頻繁にLI〇E送ってくるし……」
「なんだよそれ。すっげぇ面倒臭いじゃん」
四郎が僕に呆れたような目を向ける。僕はチクチクと針で刺されているような気持ちになり、ただただ気まずくうつむいていた。
「なあ、真白。……ぶっちゃけ聞くけどさ。お前、ちょっとアリだと思ってるだろ?」
四郎が王手でも打つように僕に問いを投げた。僕は「うっ」とたじろぎ、そして、黙したまま彼から目を逸らした。
そして、ごまかすように口を閉ざした後。僕は観念して、ゆっくりと、小さく頷きを返した。
「やっぱりかぁ。あー、これだから童貞は」
「……前は童貞だからじゃないとか言ってなかったっけ?」
「女の子とヤッたことがあろうがなかろうが、お前みたいな奴を童貞臭いって言うんだよ」
「それを言われると納得してしまうが……」
「いや、とにかくだな。ぶっちゃけ、お前の気持ちはわからんでもない。なんせ昔好きだった女だからな。しかも幼馴染で、何より、お前の初恋の人物で、唯一好きになった女の子だ。そりゃあ引きずるだろうけどさぁ」
四郎はやれやれと肩を落としくどくどと言う。僕は体を焼かれているかのような心持ちでうんうんと頷いていた。
「けどな、真白。今お前の前に、昔の恋がぶら下がったとしてもだ。それに引きずられて、今の自分の気持ちって言うのを理解できないのなら、それはいくらなんでも気持ち悪いぞ。もう三年以上経ってるんだから、さっさと忘れるべきなんだよ。だから合コン来ればよかったのに」
「誘ってくれたのはありがたいけど、生憎、僕は正直、そういうのは。だって、絶対盛り下げるし……」
「そこは俺がフォローするって話だった……って、話が変わっちまったな。すまん。とにかく、大事なのは今のお前の気持ちだよ。
よくある話なんだよ。昔の恋が忘れられないからって、そう思い込んじまうって言うのは。運命とかロマンとか、そういう甘酸っぱい恋愛漫画みたいなのがテンション上げちゃうって言うかさ。だから、お前が今何思っているかって言うのに真剣に向き合うべきだよ。それで付き合うってんなら、付き合えばいいし。逆に無理なら無理でいい。どうするかはお前が決めるべきだって俺は思うぞ?」
四郎が至極もっともなことを言う。僕はそれを聞き、「うん……わ、わかった」と頬を引き攣らせながら答えた。
四郎はまあ納得はしていないという表情で、「まあ、いいけどさ」と呟く。そしてのけ反らせた体を戻し、僕の方へと人差し指を指した。
「ていうか、お前さ。あの、姫川さん? のことはどうなったのよ?」
「アイツは友達だよ。だからそういうのじゃない」
「ん~~……。あのさ、真白さ。ハッキリ言うけどさ、お前、あの人にも気があるだろ?」
「……いや。だって、アイツは友達だし」
「それ、絶対ウソだろ。大体さ、男と女がああも一緒にいてさ、マジで何も思わないなんてないだろ。お前が男好きでもない限りさ。仮にそうだったら俺は絶交するからな」
「別に僕はゲイじゃないから。とにかく、世の中にはそういう関係性もあるって言うか。前も言ったけど、それだけだって」
「ん~。お前はまあ、男女の友情が成立するって思っている節があるしなぁ」
……まあ、極めて限定的ではあるが、成立はし得るだろう。僕は頭の中で、四郎の言葉に反論をした。
とにかく、姫川は僕にとって友達だ。四郎は別段、僕と彼女の関係性に詳しいわけではないから、その辺りがわからないのだ。
「でもさ、真白。前も言ったけど、女の子はさ、好きでもない、一切気が無い男を家にあげたりしないって」
「アレはでも、そういう事態だったというか……」
「だとしてもだって。ほんのちょっとの間とは言え、お前はあの人と同棲関係だったんだから。絶対あの人だって、お前のこと、どっかで気があるんだよ」
「う~ん……。そんなことないと思うけどなぁ」
「……なんでそんな悲しいこと言えるんだよ?」
四郎が肩を落とす。僕は少し考えてから、彼にその答えを言った。
「――だって、姫川は、僕とは友達でいたいって思っているから」
僕の答えを聞き、四郎は「なんじゃそりゃ」とまた呆れかえった。
◇ ◇ ◇ ◇
その後も四郎とはいくらか会話を交わしたが、結局、僕の結論は出てこなかった。
迷宮入りしたかのようにぐるぐるとした話し合いだったけれど、四郎はそれでも、「またなんかあったら相談しろよ」と言ってくれた。僕は本当に、良い友人を持ったと思う。
ただ、四郎はそのさなかに、僕にこんなことを言った。
『冗談抜きで言うけどさ。曖昧なままにしておくのが、一番良くないんだぞ。お互いにとってな』
彼のその言葉は、やはりと言うべきか、まさしく、反論の余地も無かった。
――そうだ。今の僕は、おそらく、一番最悪な選択をしているのだと思う。
だけど。そんなことは、わかっているのだけれど。僕はそれでも、清水の誘いを断ることができなかった。
夜にLI〇Eを介して電話が来て、それで、話をした。彼女はいたく楽しそうだったし、僕も少しドキドキした。
――とは言え。僕の中にはやはり、拭いきれない感情が、べったりとこびりついていた。
僕のこの気持ちは、『好き』じゃない。四郎が言った通りに、昔の恋にテンションが上がって、何よりも、きっと、これは『性欲』に該当する感情だ。
――それに。清水から姫川の話を振られた時、僕は思わずドキリとした。
それは間違いなく、気まずさとか、まずいだとか、そういう感情だったと思う。だけれど、よくよく考えたら、それもおかしい気がした。
だって、この罪悪感は、姫川よりも、むしろ、清水の方へと向いていた気がしたからだ。
いや。それもきっと、正しくはない。ただ、僕は、針のむしろに座っているかのような、そんなチリチリとしたささくれを、心の中に感じていた。
※お知らせ
電撃大賞応募用の作品を書きたいので、本作の更新頻度を少し落とさせていただきます。おおよそ週一目安だったのが10日〜14日に1回くらいの頻度にします。ご了承ください…




