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第6話「男女の『友情』は成立しない。②」

「それで、話って何よ」



 私は清水を見据え問いかける。清水はそんな私としばらく目を合わせ、そして、敵意とも取れるような雰囲気を醸して私へ言った。



「アンタ、河野のことどう思ってるの?」


「……は?」


「いやだから。アンタは河野のこと、どんなふうに思ってるのって」



 ――。私は清水の言葉を咀嚼してから、ため息を吐き、背もたれにもたれかかりながら言い返した。



「別に、友達だけど。それ以上でも、それ以下でもないわよ?」


「そっか。ならよかったぁ」


「よかったって、どういうこと?」


「え? だって、私、アイツにこの前告ったから」


「は?」



 私は目を見開いて、机に乗り上げるように体を前に突き出してしまった。



「告ったって、じゃあ付き合ってるの!?」


「いや、フラれたけど」


「なんだ、じゃあもういいのね」


「……いや、全然、諦めてないけど」


「は? どうして?」


「んー、だってさ。ぶっちゃけ、告ったのも結構、ノリなところあってさ。雰囲気よくなって、それでって感じで。でも、それ断られたからさ。だから、もっと欲しくなった」


「……どういうことよ」


「私ね。前の彼氏が最悪な奴でね。やっぱ、男は女を大切にしてくれる人とじゃないとな~って。なんか、わかんない? ぱっと見良さそうな男ほどさ、女のこと、雑に扱うんだよ」


「……それは、よくわかんないけど」


「アイツはその真逆なの。普通私くらいかわいい女に告られたらさ、ワンナイトくらいはしゃれこもうとするもんじゃん。アイツでも、それでも振ったんだよ。童貞卒業できるチャンスだったのにさ~」



 ――。私は唇を噛んでしまった。


 コイツの言っていることはよくわかる。河野は『彼女いない歴』だとか『童貞』だとか、そういうものにこだわらない。相手に不誠実になるくらいなら、むしろ童貞のままでいても構わないと思うタイプだ。


 恋愛をするということは、多くはその先に性行為が待っているということだ。安易なセックスは、相手の内面だけではなく、人生を傷付ける。アイツは責任感が強いから、確実にそこまでのことを理解して、だからこそ誠実であろうとするだろう。



「私さ、思うんだよね。男ってさ、『恋愛に向いている奴』と、『結婚に向いてる奴』がいるって」



 清水は突如持論を展開した。私はコイツの話を聞かざるを得なくて、強く睨みつけたまま、コイツの話がひと段落つくまで口を結んだ。



「河野は確かにさ。場を盛り上げるとか、おしゃれするとか、そういうのは本当に酷くてさ。喋ってて面白いかって言うと、興味ない話を結構するし、歌も下手だし。なんか動きキモイし。

 けどアイツ、私の話めっちゃ聞いてくれるんだよね。嫌な顔ひとつせず、ただ私のこと、思ってくれる。そんで後だけど、アイツ、ああ見えてかなり“弁えてる”。何をしたらまずくて、何をしてもセーフなのか。人間関係のそういうラインって言うの、すごくうまいこと見極めてる。本当、ここがアイツの、一番良いところね」


「で、結局どういうことよ」


「恋愛ってさ、ともすりゃ人生懸けた長い付き合いになるわけじゃん。アイツみたいなさ、弁えてる男って言うのは本当に貴重なの。つまりね、アイツ真面目過ぎて『恋愛』に関してはド下手なんだけど、でも、『長く一緒に付き合っていく』って意味では、すっごくいい男なの。

 だから、気に入った。童貞がどうとか、そんなくだらない物を気にしていないで、何より相手を思いやれる。ちょっとあれなのは、その優しさが“誰にでも向く”ってところなんだけどね」


「……」


「でも、アイツにも“特別”って言うのはあると思うんだよ。私はね、それになりたいの。でもさ、詩子さんがもしもアイツと付き合ってたら、もう入り込めないじゃん。だから、よかったって」



 ――。何が良かっただよ、意味わかんない。


 ていうか。ノリで告るって、どういうことだよ。いくらなんでも軽すぎる。コイツ、恋愛への認識がやたらと重たい癖に、なんで河野にはそんな軽薄な態度が取れるのよ。


 意味わかんない。意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない。私は自分の中で、ふつふつと熱がせり上がってくるのを感じた。



「――なれるわけないじゃん」


「……え?」


「アンタなんかが、アイツの特別なんかになれるわけないじゃん。だって、いや、アンタ、自分が何言ってるかわかってんの? ノリで告るって、軽すぎるでしょ」


「ちょ、ちょっと。なんで怒ってるの?」


「怒ってないわよ。ただ本当のこと言ってるだけ。とにかく、アンタのそれは恋とか愛じゃない。もっと、こう……打算って言うか。そう言う方が近いわ。それで、アイツの特別になりたいなんて、いくらなんでもおこがましいでしょ」


「ちょっと、なに。本当、なんなのマジで。ちょ、一回落ち着こう? 言ってること、意味わかんないから」


「わかんなくないでしょ。だから、そんな気持ちでアイツと付き合おうなんて、失礼じゃない、って言ってるのよ」


「えー……。ちょっと、私もそこまで言われると、流石にムカつくんだけど」



 清水はそう言って、明らかに不機嫌な顔をして立ち上がった。


 私は一瞬、彼女の雰囲気に気圧されそうになる。だけど、ここで負けちゃあだめだって思って、私は歯を食いしばり立ち上がった。


 そうして、私は清水とメンチを切り合った。激しく熱い視線が火花を落とし、睨み合っているだけで緊張感がせり上がった来る。導火線が爆弾に火を付けるような、それほどに空気が張り詰めた、その時だった。



「――詩子さんさあ」



 清水がふと、私に問いかけをしてきた。



「アンタ、本当は河野のこと、好きでしょ?」


「――は?」



 何言ってるんだ、コイツ。



「そんなわけないじゃん」


「じゃあなんで不機嫌なの? 別に、本当にどうでもいいんなら、むしろ私のこと応援してくれてもいいんじゃないかなあ」


「だから、それは――! ……アイツに悪いじゃん、アンタみたいな……」


「あのさ。私、確かにあの時はノリで告ったけどさ。でも、ガチでアイツのこと狙ってるから。私の内面なんて理解できもしないくせにさ、私の気持ちをそうやって決め付けるの、やめてくれない?」


「それは――! ……。そう、だけど……」


「じゃあ、もう黙ってよ。アンタが河野のこと好きなのはわかるけどさ、だからって……」


「だから、好きじゃないって言ってるじゃない!」



 私は思わず机をバンと叩いてしまった。


 叫び声と固い音が周囲に木霊する。周りの客が、一斉に私たちを見る。私は周囲からの視線を一気に浴びせられ、そこでようやく、冷静さを欠いたことを自覚した。


 とてつもない羞恥心が脳を犯す。私は奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと椅子に座り込んだ。


 ――と。



「姫川、清水」



 河野が店内に入って来て、私と清水に声をかけた。



「ちょっと、なにかあったのか? いくらなんでも、険悪すぎるぞ」


「……ソイツが悪いから」



 清水がそう言って私を睨む。私はドキリと心臓が縮まって、ハッと河野の方を見た。



「あ、いや、ちが……! その、別に……」


「――、事情は、よくわからないけど。けどとにかく、今日はもう、解散したほうがいい。ごめん、清水。わざわざ来てくれたのに、嫌な思いをさせちゃって」


「別に、河野が悪いわけじゃないじゃん。アンタが謝る筋合いはない」


「別に、そこは今はどうでもいい。とにかく、もう帰ろう。お互いに」



 河野は清水をフォローするように、焦った様子でまくしたてた。さながらそれは、私という存在を、とにかくこの会話の場から押し退けようとしているようで。


 ――なによ、なんなのよ。私は無性に、腹が立ってしまった。



「まあ、わかった。そりゃあ、そうするしかないだろうけど」



 と。清水は、私が何かを言う前に、バッグを持って店の外へと向かった。



「とりあえず、私はもう帰るから。……それじゃあね、姫川さん。あ、あと、河野。また今度、遊びに行こう?」



 清水はそう言って河野に笑いかけると、河野は「う、うん」と言って小さく手を振った。


 コイツ――。私はふと、河野に腹が立ってしまったが。その直後に、清水の言葉が頭に蘇った。



『アンタ、本当は河野のこと、好きでしょ?』



 ――、そんなわけないだろ。私は脳をかきむしりたくなるような衝動にかられ、だけど、それに身を委ねることが、ますますアイツの言葉を証左しているような気がしてしまって。



「――姫川」



 と、河野が私に話しかけてくる。私は河野を睨みつけて、戸惑うアイツは、私に真剣な表情で手を差し出した。



「帰ろう。送っていくから」



 ――。私はただ、どうすることもできず、河野の言葉に「うん」と気のない返事をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に100%の打算だけで清水さんがアプローチしてるとは言えないのが詩子さんからすると苦しいところですね。 極論真白くんと結婚生活をしながら外に恋愛対象を作る気満々ならともかくとして少なくと…
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