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第4話「童貞は気安く捨てた方が良い」

 僕は清水と共に、ゲームセンター近くの廃れた小屋の裏にいた。


 ここは人通りが悪い。その割には、丁度よく電灯もあるので、暗すぎず不安になりにくい。落ち着くにはそこそこ良い場所だろう。



「……大丈夫?」



 僕は隣の清水を覗き込みながらそう尋ねる。清水は不機嫌そうに表情を歪めながら、僕が渡したぬいぐるみを強く抱いて、「大丈夫」と答えた。


 僕は何も言わないことにした。あまり詮索をし過ぎると、彼女の心を乱してしまうと思ったからだ。


 会話というのは、案外と心をすり減らす。特に不機嫌な時というのは尚更だ。そうした場合、最もベストなのは、どれだけ気になっても、相手に何も聞かないことだ。


 空気が肌寒い。僕は着ているダウンコートから露出した手の平を揉み込むように擦りながら、白い息を小さく吐いた。



「……昔さ」



 と。突然、清水が口を開いた。僕はただ「うん」と相槌を打って、彼女の言葉を聞くことにした。



「……付き合ってた奴がいてさ。それがさっきの奴」


「……えっと、誠さん……だっけ?」


「うん。私、本当に好きだったんだけどさ。……一回、バカやらかして。

 …………。…………何か、わかる?」



 清水は声を震わせながら僕に尋ねた。


 ――いや。これは、尋ねる形をした、拒絶の反応だ。その先が何なのかはわからなかったが、僕はしばらく考え込んで、そしてゆっくり言葉を紡いだ。



「……わからないけど、別にいいよ。……君に無理をさせたくない」


「…………。

 ……私、アイツとエッチしたんだよ。ゴム使わないで」



 僕は清水の言葉にドキリとした。心臓が一気に収縮して、しかし手の末端から血液が一気に失くなった。



「そしたら、妊娠して。あいつ、認知してくんなくてさ。

 軽率だとか、実は俺の子じゃ無いだろとか、やっちまったのは仕方ないとか。色々喧嘩して、嫌んなって別れたんだよ。

 そんでさ。ガキ、産むわけにもいかなくてさ。悪いってわかってたけど……私……」



 そこから先は、言わなくてもわかった。僕は奥歯を食いしばりながら、「無理はしなくていいよ」と、思わず割り込んで言ってしまった。


 清水が口を噤む。僕はそれに合わせるように、「大変、だったんだね」と答えた。



「……うん。私、本当、色々わかんなくなってさ。それで、学校休んで、実家帰って、とにかく、落ち着こうって。そんで、大学、留年してさ。……笑えるよね。今、私、アンタの後輩なんだよ?」



 清水が自嘲気味に言った。僕は「それでも、君は幼馴染だよ」とだけ伝えた。清水はしばらく黙り込んでから、頬に一筋の水滴を垂らして、ゆっくりと顔を上げた。



「……河野、覚えてる? アンタさ、私に『話聞こうか?』って送ってきたよね」



 僕はそれを受けて、ゆっくりと、「……うん」と答えた。


 なんてことはない話だ。1、2年ほど前に、僕は清水に、『何かあったの?』とか、『話くらいなら聞くよ』とLI○Eをしたことがあるのだ。


 別に、ヤリモクとかじゃない。当時、たまたまタイムラインを更新したら、清水が『死にたい』と投稿をしていたのだ。


 ただのメンヘラ期、と何も思わないのが本来だろう。しかし、僕にとって、その言葉は禁句だった。


 とにかく、不安になった。何とか力になりたいと思った。だから堪らず話しかけてしまったのだ。自分が気持ち悪いことをしているのを、重々に理解しながら。


 ――そうして、僕は、彼女からただ気持ちをぶつけられた。何があったかとかは、教えてくれなかったけど。でも、それでも、彼女はとにかく、ゴミをゴミ箱に投げつけるように、僕に向けて感情を吐露した。


 なぜ、清水が僕に興味を持つのか。その根拠は、このかつての出来事くらいしか思い付かなかった。そして、今日、僕はその答えを、清水から語られたのだ。



「……なんでアンタ、私なんかの悩み、聞いてくれたの? だって、私……高校の頃、アンタに告られて、それクラス中に言いふらしてバカにしたんだよ?」


「……」


「そんなことしたのに、なんであんたは……。それがさ、ずっと、気になってて……」


「…………。

 ……理由なんて、ないよ。ただ、君が苦しそうだったから、怖くなってそうしちゃったんだ」



 僕がそう答えると、清水は「なにそれ」と言いながらクスリと笑った。



「……。……河野」


「……どうしたの?」


「……あの時、ごめんね。ずっと、謝りたくて。私、本当にクズなのに。でもアンタ、私のこと、心配してくれて……」


「……別に、君のためじゃないよ。僕が、そうしたくなっただけなんだから」


「なに、それ。……やっぱ、河野って、河野だよね」



 清水がまたクスリと笑った。僕は俯いたまま、彼女に何も言うことがなかった。


 ――と。



「……河野」



 清水が改まったように声のトーンを変え、僕に更に話しかけた。



「……あの時の告白さ。まだ、有効だったりする?」



 僕は清水の言葉に耳を疑った。それは間違いじゃなければ、間違いなく、そういうことだからだ。



「……河野。アンタといるとさ、なんか、落ち着くんだよ。凄い気を使ってくれて。

 だからさ、付き合おうよ。……今私フリーだし、アンタも、どうせ彼女いないんでしょ? ……だからさ、丁度いいじゃん」



 清水が声を震わせ、努めて明るく言った。僕は途端に、心臓が強く、大きく脈打って、



「――清水、」



 照れと熱が沸騰する。僕は自分の中に生まれる欲動を自覚しながら、ゴクリと唾を飲み込み。



「――ごめん」



 しかし、僕はそれに反して、そうと言葉を漏らした。



「……君とは、付き合えない。……理由は、わからないけど――今の僕の気持ちじゃ、君と、恋人にはなれない」



 僕が最後まで言い切ると。清水は「えっ……」と小さく漏らしてから、少し間を空けて、「わかった」と答えた。



「……そう、だよね。だって、河野、そういう奴だから。……簡単には、言わないよね」



 僕は清水に「ごめん」と言う。しかし清水は「気にしなくていいよ」と僕に笑いかけた。



「……でも、これからもこうして、遊びには誘うから。……そしたら、いつか、よろしくね?」



 清水の笑顔はやけに蠱惑的だった。そこには虫にとっての蜜のような何かがあって、僕はそれにふらふらとつられてしまいそうになって。


 それでも僕は、絶対に、首を縦には振らなかった。


 ただ、よくわからない後ろめたさが、ガムのように足底に引っ付いて離れてくれなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昨日このお話を見つけて暇を作っては読み進めて追いつきました。 語彙力が無いためもっとこの渦巻く気持ちを的確に表現できればと悔しい気持ちで溢れますが、それだけ読んだ私の感情は揺さぶられて引き込…
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