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閑話1 「他人の話で盛り上がっている奴らの気が知れない。もっとえっちな話しよ?」

「松田ってさ、アイツまじでアレだよな。本当自分のことしか考えてないっていうか」


「マジでそれ。なんかすぐ立場悪くなると被害者面するしさ」


「こないだもさ、彼氏に振られた理由私らのせいだって言ってたんだよ? マジでどうかしてるし。アンタが天音さんに喧嘩ふっかけるからだろうが」


「アレで幻滅されてたもんね。ねーていうか聞いて、また私アイツから愚痴られたんだけど」


「うわっ、メンド。どうせまた男でしょ?」


「そうそう。アイツ彼氏いる癖にさ、いっつも別の男のことで愚痴ってんのよ」



 誰か、助けてくれ。私こと姫川詩子は、シャレオツな雰囲気のカフェの中で、目の前の女子2人の会話を聞いて苦笑いを浮かべていた。


 目前にいるのは、松田の取り巻きだった2人……優花里ゆかり玲菜れいなだ。どうやら私はこの前の一件でこいつらに気に入られたらしく、交換したLI○Eを経由して早速休日に遊びに行く次第となった。


 玲奈は車を持っており、彼女の運転で遥々A○○Nからのシャレオツカフェへと至ったが。3人(主に2人だが)で色々口喋ってる間に、いつの間にか松田の悪口大会になってしまったのだ。


 生憎と私は松田のことをあまり知らない。とにかくいけ好かないクソ女ということは理解していたが、逆に言えばそれ以上のことはわからないのだ。そんな中で、私の知らないエピソードをペラペラと喋られてもいささか困ってしまう。


 悪口大会自体はどうでもいい(私もするし)。ただなんというか、明らかに私とは違う世界観の女子2人を前にして、ただの陰キャ女である私がいることそのものが問題なのだ。



「つーかバッグとか自慢し過ぎなのよアイツ。どうせキャバで稼いだ金の癖に」


「もうちょっと周りを考えろって言うとすぐ怒るしさ。自分らしさがどうとか言って反省する気ないし。アイツマジで、自分らしさと自分勝手履き違えてるよね」


「それな〜」



 私はとりあえずこの場をやり過ごそうとニコニコとする。と、優花里と玲奈は私の方を見て、「あー、ごめんね、姫川」と突然謝ってきた。



「あっ、えっ、なに?」


「いやだってさ、入りづらそうにしてたから。そりゃアイツのことなんかよくわかんないよね」


「い、いや、えっと……」


「あ、それかもしかしてこういうの苦手だった? だとしたら、ごめん。なんていうか、ちょっと愚痴りたかったからさ」



 優花里が私を見つめてそうと言ってくる。


 なんというか、気を使われてしまっているから、なんだかこっちが申し訳ない感じになってくる。私は少し慌てて、「いやいや、別にいいんだよ!」と優花里に受け答えた。



「そ、それにまあ、みんなの言うこともわかるからさ。私だってアイツに煮え湯飲まされたし」


「えっ、マジ? それはちょっとやりすぎじゃね?」


「え? ……あ、えっと、煮え湯飲まされたって言うのは、そういう表現っていうか。嫌なことされたって意味っていうか」


「へぇ、そうなんだ。姫川さんって語彙凄いね」



 優花里がそう言って感心したように目と口を丸くする。いやいやいや、これくらい知ってて当然でしょ。


 私は陰キャと陽キャのカルチャーショックに少し驚きながら、努めてそれを隠し、とりあえず2人に合わせて松田の話をすることにした。



「そ、それにしても、聞いてて思ったけど松田結構普通にヤバいね。……てかアイツ、キャバ嬢なの?」


「そー。別にさぁ、それ自体は何も言わないのよ。私の友達で、バイトでそこ行ってる人いるし。ただ松田はなんていうか、ゴリゴリそうじゃないって言うか」


「男を金としか見てない感じあるよね」


「それな。ホントアイツうざい。大体、よく指名されてるらしいからってモテるアピールするのウザすぎ。キャバ嬢ムーブでチョロい女って思われてるからそうされてるだけでしょ」


「男ってヤレそうなら来るって言うしね。ていうかさ、アイツの男の愚痴本当ムカつくよね」


「彼氏いるのに他の男とも遊んでるしね。まあ浮気じゃないっては言ってたけど。それで男知った気になってんのもウザいし、つーか悪く言い過ぎだし」


「基準が自分しかないのよ。キャバに入れ込む奴なんて大概ヤベー奴っしょ、そんだけの話なのに、考えりゃわかるだろって」



 んー、ヒートアップしてしまった。私はまた入りづらくなったことにちょっと辟易した。


 いや、だけど、こうなったらもう入れ込むしかないか。3年ぶりで忘れていたけど、私はそもそもコイツらみたいな奴と話すためにコミュスキルを身につけたのだった。


 大体、この手の奴は無理に入れ込んでも割となんとかなるんだ。私は頭の中の本を紐解いて、何を言えばいいのかベストな選択を探し当てた。



「な、なんか聞けば聞くほどアレだね」


「凄いでしょ? そりゃあ私らだって愚痴のひとつも出るよ」


「まあ、言っちゃあなんだけど結構自業自得な話が多い気がするからね」


「そうなのよ。凄いのよ? アイツ彼氏いるのに他の男の家泊まってさ、なんかそれで凄い口説かれてることとか愚痴ってくんのよ。あと、男に殴られた〜とかさ」


「えっ」


「お前が変な奴と付き合うからそうなるんだろって。素直に雄也ゆうやにしとけば良かったのにさぁ。アイツチャラいけど一番まともじゃん」



 雄也って誰だ。いや、たぶん話の流れからして彼氏なのだろうが。私は出向かってくる固有名詞を頭の中で言い換えた。


 この手の話に入れ込む方法は簡単だ。話の流れをせき止めないように、同意したり、共感したりするだけでいい。これが単純ながら結構効く方法で、できるかできないかで雲泥の差が生まれてくる。


 加えて、ここも重要だ。


 できるだけ、自分の意見は言わないこと。今の話を聞いて私が思ったことと言えば、『殴ってくるのは男が悪いだろ』ということだが、敢えてそこについては言及しないようにするのだ。


 そんなことは優花里も玲菜もわかっている。ただこの場は松田の悪口大会であって、真理の追求の場ではない。私は故に、「そうだね〜」と努めて明るく答えてみせた。そう、これだけでいいのである。



「姫川的にさ、松田のことどう思う?」


「……え?」


「いやさ、ちょっとどう思ってるか聞いてみたかったっていうか。姫川もさ、思うこと色々あるでしょ?」



 ……おっと、キラーパスだ。私は突然飛んできた質問に思わず口を噤んでしまった。


 とりあえずという感じで、「えっと〜」と声を出す。こういう無意味な言葉は、会話の主導権を示すという意味では非常に有意義なのだ。



「……なんていうのかな。……さっきバッグの話とか聞いて思ったけど、なんていうか……。

 ……まあ、バカなんだなって」


「あーね」


「なんていうか、カッコつけすぎでしょ。その癖に自分らしいとかさ、バカじゃねえのって。自分らしい奴がさ、カッコいい訳ないじゃん。大概隠すところってキモいところなわけだし。そこら辺わかってないんだなって」



 私は言いながら、頭の中にどこかの男を思い浮かべた。


 そう、私が知る限り、一番自分らしいのはアイツだ。


 パッと見変な奴で、でも話してみるとそうでもなくて。遠慮したりだとかももちろんしているけれど、そんな中でも芯をしっかりと持っていて。


 世の中に対して、『それでもいい』という覚悟が感じられるのだ。周りから下に見られても、別に気にもしないという覚悟が。


 その上でアイツは、他人のことを尊重している。おおよそ聞いている限りでは、松田とはその辺りが真反対だ。


 松田は、自分らしさを言い訳にしているのだ。当たり前だが、単に傍若無人なことは、自分らしくはあっても、決して良いことではない。


 とどのつまり、私たちは、本当の意味で自分らしく生きていてはいけないのだ。他人に気を使えないのであれば、そのらしさと言うものは捨てた方がいい。理不尽に聞こえるかもだが、言い換えるとこれは、ワガママになるなと言うことでもある。


 その差は紙一重だからこそ、見極めが重要だ。この見極めが出来るかどうかは、陰陽に関わらず対人関係において必須のスキルとなる。レベルがあまりに低いようなら、省かれても仕方がないと私は思う。


 私がそうと考えていると。しばらくして、ようやく私は、話が打ち止めになっていたことに気が付いた。


 しまった。ちょっと思うことがあって、自分を出し過ぎた。私は塩梅を間違えたことを理解し、慌てて「ご、ごめん、変なこと言って」と声をあげた。



「いや、いいよ別に。てか姫川、やっぱ凄いね」


「え、な、なにが?」


「だって、自分らしい奴はキモいってさ、普通言わないよ。だってみんなよく言うじゃん。本当に自分らしい奴っていうのは、カッコいい物なんだって。

 なんていうか、やっぱ頭良いんだなって」


「べ、別にそんなことないよ?」


「いやだって、しっかり考えてるってことじゃん。私はさ、あんましそういうの考えてないから。だから、今のすごいびっくりした」


「それなー」



 優花里と玲菜が微笑みながら私に言ってくる。私はなんだか気恥ずかしい気持ちになってしまった。



「大分話変わるんだけどさ、こないだ彼氏の家行ったらゴミ箱に明らかにシコったティッシュあってさ」


「なにそれ! え〜、嫌だ〜」


「それでからかったらアイツすっごい怒ってさ。すっげー面白かった」


「イチャイチャすんなよ。いいなぁ、私も彼氏欲しい」


「今度合コン手配しようか? 私は参加しないけど」


「えっ、マジ? お願い」



 優花里と玲菜が恋バナへと話を移した。おっと、これは本格的に入れない奴だ、と私が思っていると、



「姫川はどう? 合コン行く?」



 突然とんでもない火の玉ストレートが飛んできた。私は反射的に、「えっ、嫌」と答えてしまった。



「即答じゃん。え、彼氏欲しくないの?」


「え……だって、めんどくさい」


「え〜! ……姫川、珍しいね」


「だ、だってさぁ。なんていうか、ゲームとかやりづらくなるじゃん。私は自分の時間が欲しいって言うかさ」


「あーね、そういう人いるね。じゃあ、姫川ってどういう人がタイプなん?」



 私は優花里に問い掛けられて、「えっ、と……」と口ごもった。


 タイプの人、か。そんなの、今まで考えたことなかったな。私はしばらく考えてから、彼女の質問にこうと返した。



「…………一緒に、スマ○ラで騒げる奴、とか?」


「えー、なにそれ」



 優花里がケラケラと笑った。私はそれに合わせて、ちょっと引きつったような笑みを浮かべた。

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