第16話「純粋な奴の大半は自分の悪性に気がついていないだけ」
それからまた何日か、河野には私の家で過ごして貰った。由希が入り浸った(と言うよりかは入り浸ってもらった、なのだが)時はあまり何も思わなかったが、コイツと連日こうも過ごすと『なんか同棲しているみたいだな』などと意識してしまう瞬間が多々あった。男と女の違いと言うのは、どうやらやはり大きかったみたいだ。
河野はどうやら所謂『良いお嫁さん』タイプな人間なようで、休日にはやけに張り切りながら部屋を掃除して、ついでに部屋を綺麗に保つための道具や方法を教えてくれたりもした(流石に道具は私が揃えたのだが)。そんなわけで、ペットボトルや空き缶、下着で埋まっていた私の部屋は、今はそれなりに快適に過ごせる場所へと変わってしまっている(『物なんてどこにあるか分かればいいじゃん』とか言っていたけど、改めて部屋を綺麗にしてもらうと如何にそれが非効率なのかがわかってしまった)。
とまあ日常生活の中でも紆余曲折、色々あったのだが、私は現在も、河野と共に部屋で過し、そして学校へ行くという日々を送っている。
「それじゃあ、僕はまあ、なんか適当にぶらぶらして過ごすよ。講義は午後からだし」
「ん、オケオケ。悪いね、学校無いのに来てもらって」
「事情が事情だから仕方ないよ」
私はそう言って校門の辺りで河野と分かれた。学校では周りに人がいるため、無理に誰かと行動する必要は無いのだ。
ふと、私は辺りを見回して、由希の姿を探した。
しかしこんな所でばったり出くわす訳もなく。私はため息を吐いてから、ひとまず午前の講義を受けに行くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
昼になり、私は漫研メンバーと共に食堂で昼食を取っていた。
今日の昼食はカツ丼である。『おいおいダイエットしてるんだろぽっちゃり女子』と思った諸君、待って欲しい。まずカツ丼は美味しい。そして美味しい物は健康に良い。健康に良いということはカロリーゼロということ。つまりカツ丼のカロリーはゼロなのだ。だから私がカツ丼を食べるのは全く持って問題がないと言うことになる。
「……その理屈はおかしいだろ」
私の対面に座る田中が長い前髪を指先でいじいじしながら私に言った。私は「あら、何か言いました?」と笑顔を向けると、田中はそっと私から目を逸らした。安易に心を読むと気まずくなるのだ、覚えておけ。
「……でも、姫川さん。……その、大丈夫かい?」
と、田中の隣に座る部長が少し眉を下げて私に尋ねてきた。私はその重苦しい雰囲気に、思わず黙り込み、食事の手を止めてしまった。
――部長が言わんとしていることはわかっている。つまりは、由希との関係性のことだろう。
さすがにアレだけの騒ぎがあった後では、漫研の他の人間にも話は伝搬している。そうとなれば、部長からしても色々と思うことがあるはずだ。
――心配にもなるよな、そりゃあ。私は一度大きくため息を吐いてから、「うん」と言って、部長に笑いかけた。
「ダイジョブ。そりゃあ辛いけど、だって、私と由希だもん。まあ、いつかどっかで仲直りできるでしょ」
「……だと、いいけど」
「そうなるって。大体、あんな意味のわからない奴のせいでぶっ壊されるような友情ならもう途切れてるって。だからまあ、心配しないで。アンタまで病み気に入ったら誰よりも彼女がかわいそうだよ?」
「まあ、そうだけど――」
私たちがそんな感じで話をしていると、その時だった。
「あれ~、姫川さん、今日は違う男たちとご飯してるんだぁ?」
突然聞こえてきた声に、私は一気にイライラが沸き上がった。私は立ち上がって、声のした方へと体を向ける。
「一体何の用、松田。取り巻きなんか連れて」
「いや、なんとなく今日どうしてるのかなぁって思ったから見に来ただけだよ」
松田真紀は背後に二名の女子を連れて、私の前に立った。
「ちょ、真紀。そんな、いちいちコイツに喧嘩吹っ掛けなくていいじゃん」
「そうだよ! わざわざトラブってもいいことなんてないって! 前みたいに先生来たらどうすんだよ!」
「気にしなくてイイって。それに、コイツ面白いじゃん。だってムカつく奴の彼女だよ? 遊びがいがあるじゃん」
松田は悪びれる様子もなく、私に聞こえるくらいの声で後ろの女子に言った。私は目の下をピクピクと痙攣させて、聞こえるようにわざと大きな舌打ちをした。
「アンタさぁ、なんでわざわざ私なんかに喧嘩吹っ掛けに来てんの。なに? カマチョなの?」
「はぁ? そんなんじゃないし。それにしても、姫川さん、凄いね。最近いつも河野と一緒に来てるじゃん。なに、由希にフラれたから別の男に乗り換えたの?」
「だからアイツはそういうのじゃねぇって言ってんだろ。色々あって今はそうせざるを得ないってだけだよ。アンタらのせいでね」
「なに? そっちのトラブルこっちのせいにしないでよ。ていうかさあ、そうやってわざわざ否定するんならそうしなけりゃいいじゃん。しかも別の男とも飯食っててさ。流石オタサーの姫だねぇ、4股もかけるとかどんだけガバマンしてるのやら」
「おうテメェこちとらまだヴァージンだわ。アンタと違って私は軽率じゃねぇから。なんでもかんでも恋愛と繋げちまう頭真っピンクな女にはわかんねーか」
「はぁ? 頭真っピンクはアンタでしょ。なにその格好、いつも思ってたけどかわいいと思ってる? ぶっちゃけキモイし似合ってないよ?」
「これは趣味だって。私が自分の好みに合わせて服選んで何が悪いってんだよ。いや、ていうか、全部全部どうでもいいわ。
私さ、この際どーーーーしてもアンタに言いたいことがあったんだよね」
「はぁ? なんだよ一体」
私は松田がそう言ったのを聞いてから、息を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出して。
「――別に、由希に謝れだとか、そんなこたァ言わないわよ。けどね、頼むから、もうこれ以上私らにちょっかい出して、話を拗らせるのはやめてくれ。これは私たちの問題なんだから」
「……は? なにそれ? 言いたいことって、そんだけ?」
松田は意味がわからないとでも言うように肩をすくめていた。
「つーかさ、なんか私が悪いみたいに言われんの腹立つんだけど。キモい奴にキモいって言って何が悪いんだよ。そんなのキモい奴が悪いんでしょ」
「別にアンタの主義主張とかどーでもいいわよ。ムカつくのは、私の友達を公然と侮辱しやがったことよ」
「はっ、何が友達だよ。そんなこと言って、お前だってあん時、アイツのことキモいって思ってたんだろ?」
私は松田にそうと詰められ、思わず口を噤んでしまった。
「ほら、また黙った。図星だからだろ? あの時もそうだったよね。私がアイツのことそうだって言った時、アンタ何も言わなくなったよね。
何も思ってなかったら、だからなんだよって言い返すよね。なのにアンタ、そうしなかったじゃん。結局、アンタだって、友達とかなんとか言うけど、そうやって思ってるんだろ。
何偉そうに聖人君子気取ってんだよ。アンタだって同じことやってるじゃん。本当の友達だったらそんなことも思わないモンじゃないの? 違う?」
私は松田に痛いところを突かれ、奥歯を噛み締めることしかできなかった。
怒りが沸騰する。色々な思いが、言いたいことが、頭の中を駆け巡って、だけどそれがあまりに多すぎて、言語化が上手くいかない。
胃が下るほどの熱の中。私は胸が詰まるような感情の中で、ゆっくりと、自分の中のドロドロを整理して吐き出した。
「――ああ、そうだよ。思ったよ」
私はそうして、奴の言葉をハッキリと肯定した。




