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第14話「まあでもなんだかんだ男と女は違う」

「………………それで、えっと……」


「………………」


「姫川。僕はどうすればいい?」



 私はアパートの自室の前で呆然と扉を眺めていた。

 隣では河野がそわそわとした様子で私に問いかけてくる。なんというか、キョドり方が正直キモい。



「どうすればいいって……入ればいいんじゃない?」


「いいのか? 本当にいいのか?」


「いや、だって、そりゃ、お前。ていうか、なんだ、その。そういう反応、マジでやめて。意識されてるみたいで」


「そんなことを言われても仕方がないだろ。なんというか、もう少しこう、男心というものを……」



 河野は苦々しく顔を歪めてそっぽを向いた。


 男心の如何はさておき、少なくともコイツの気持ちはなんとなく察せられた。まずわかりやすいし、何よりも、正直私もたぶん似た気持ちを持ってるからだ。


 いやいやいや。異性を部屋に上げるってお前。しかもこいつをか。

 だってお前、変な噂が立ってる2人だぞ。こんなのマジで付き合ってるって言われても文句言えねぇじゃん。


 Twitt○rの神絵師が描いた漫画なら今頃『尊い』『はよ付き合え』『それで、セッ○スはしたのかしら。そこが気になるわあなた』『いやいや、夫人。してるに決まってるでしょ!』などの画像やリプで埋め尽くされているだろう。しかしまあ、自分達にそんなもんが大量に送り付けられてると考えたらかなり地獄なわけで。


 ……やべぇ、想像するんじゃなかった。私は脳内を駆け巡った高貴なお方に『んぐおおおお』と頭を抱えた。



「……姫川。ていうか、その、それよりも。鍵開けてくれなきゃ入れないんだが」


「あっ……ま、まあ、そッスよね。ハイ。あ、じゃあ、開けますんで」



 なんか声を上ずらせて私は鍵を穴に挿入する。その瞬間、私の脳のシナプスが踊り散らかした。



 やっっっっっっっっっっっっっっっっっっべえっっっっっっっ!!!!! 薄い本ッ!



 しまった。私秘蔵のBLえちえち本が、そう言えば本棚とか机の上に置きっぱなしのままだ!



 私は悟った途端、如何にしてかの物達を処理しようかを考えた。

 人は追い詰められた時、想像以上の力を発揮する。答えはコンマ1秒もかからずに出た。



「河野! ちょ、ちょっとここで待ってて! 部屋掃除してくるから!」



 私はそう言って颯爽と部屋に入り、そしてプリントやペットボトルや空き缶や脱ぎっぱなしの衣服などなどが散らかっている室内を進み、机の上の本を片付け、BL本が大量に詰め込まれた本棚に(一応常に備え付けておいた)布を被せた。


 さて。とりあえず一番隠さなければならないものは隠したとして。残っているこいつらは、一体どうしようか。私は「ふう」とため息を吐いて、部屋一面を見渡した。



 今からこれを綺麗にしようと思えばまあ恐らく一時間はかかる。そして一時間という時間を、流石にアイツに待たせる訳にはいかない。となれば一体何を片付けて、何を片付けないかの選別が重要なのだが。



「……とりあえず、下着だけはなんとかしなきゃな……」



 私はそう言って散らかった衣服(の中の下着)を手に取りそれを洗濯カゴの中へと入れていった。もう既に限界ギリギリなので、おそらく、これ以上だと洗濯機を使えなくなってしまう。



 流石に異性を入れるのだから、この手の物は片付けないと。私はそんな思いを口には出さず、黙々と作業を続ける。


 そしてふと、思ってしまった。なんというか、これ、凄く彼女っぽいムーブだな、と。特定の男子を部屋に入れるために掃除をしているわけだし。



「……いや! そんなんじゃねぇから! やめろマジで、あんな奴らのキモイ話をいちいち真に受けるんじゃあねぇ……!」



 私はうごごごと頭を抱えて、浮かんだ考えを振り払うために声を出した。


 この手の発言は本当に、後々になってよくわからない内に効いてくる。さながら遅効性の猛毒だ、これに呑まれてしまうわけにはいかない。私は頭をガリガリ掻きながら、なんかもう部屋の掃除とかいいやって気分にさせられて、河野を呼びに行くことにした。


 玄関のドアを開け、廊下で待つ河野に「入っていいよ〜」と声をかける。すると河野は私から目を逸らしながら、「う、うん」と言って玄関に足を踏み入れた。


 やめろ、なんだその雰囲気。私は笑顔を引きつらせながら、そんなことを思いつつ河野を中に招き入れた。


 そして河野は、私の部屋に入るなり、ピタリと動きを止めて、何やら肩を落として唖然とした。



「……部屋、掃除したんじゃ……」


「うるさい! とりあえず過ごせはするからヨシ!」


「いやまあやけに早いと思ったから予想はできてたけどね。それにしても、面白いな。なんというか、女子の部屋とは言うものの、一人暮らしの男のような感じがして、生々しくてなんか新鮮だ」


「ちょっと、それ貶してる?」


「……ごめん。いやその、なんというか、僕の人生でこれが初めての女子の部屋なわけで、趣味の都合こういうのを見ると楽しくなるというか……」


「ははぁ、人間観察の一部だぞ、と」



 私は河野の反応に少しムッとしてしまった(そりゃあ言われてることは何気に失礼ではあると思うし)。


 けどなんか、ある意味こいつらしいな。部屋に入った感想の第一声がそれって言うのは。



「男と女に傾向の違いこそあれど、根本的には同じようなものだ……っていうのが僕の思想だけれど、けどまあやっぱり、男と女では違うものもあるね。例えばほら、机の上に化粧品とか鏡とかが置いてある。これは基本的に男子の部屋には無い物だよ。これは実に面白い、散らかり方としては僕の友達と同じような感じなのに、置いてある物は違うって言う。コンセント周りなんかは、特に違いがない場所だね」


「河野。人の部屋に入ってそれをじろじろ見て色々言うのってかなり失礼だと思わない?」


「……ごめん。そ、そうだよな、うん。もうしない」


「いやまあ、いいけどさ。今度から気をつけてもらえば」



 私はため息を吐いて河野を見遣った。なんか、こいつがモテない理由がよくわかるな。


 けどまあ、なんというか。ある意味このテンションで助かった気はする。これで下手にモジモジされてたら、ますます男女ってのを意識させられてしまうからだ。



「ていうか、色々言ってるけど、あんたの部屋はどうなんよ? 一人暮らしの男の部屋って言うからには汚れてそうだけど」


「いや、僕はそれなりに綺麗にしてるよ? 部屋の掃除はまあ1週間に1度くらいしかしないけど、整理整頓はしっかりしている」


「そなの?」


「なんというか、そういうのが好きなんだよね。これをどうしたら綺麗に片付けられるかとか、そういう風にアイデアを出すのが。例えば、ベルトなんかはクローゼットに掛けた百均の金網に引っ掛けてるし」


「なるほど、クローゼットの中には無いってことね。アレか、DIYって奴か」


「近しい概念ではある」



 河野は少し満足気に言った。なんかコイツのドヤ顔ってなかなか新鮮だな。



「は〜、なるほどねぇ〜。ならいっそ、この部屋もあんたに掃除させようかな〜。そしたらこの女っ気のない部屋も多少マシになるだろうし〜」


「えっ、いいの?」


「え? いいのって、なに?」


「あっ、いや、その……ごめん。忘れて」


「ちょい待ち。え、それってつまり、マジでやってくれんの? この部屋いい感じに掃除してくれるの?」


「あっ……その、実は、ちょっと、やってみたくは、あったって言うか……。いやまあ今日は無理だけど、次の休みの日とかに、ちょっと、手を加えたら片付けられそうな所を色々したいと言うか。いやでも、流石に女子の部屋だし、他人の部屋だし、そんなことするのはキモいだろって思うし……」


「うっひょー、マジか! じゃあやってよ、そんなん私にめっっっちゃ都合がいいじゃん!」


「え、マジでいいの?」


「当たり前だろ! キモくても部屋が片付くんならそっちのがいいじゃん! うはは、今アンタ呼んで初めて良かったって思ってるわ〜!」


「なかなか酷いな」


「……ごめん」


「いや気にしてないけど。うん、それじゃあ、分かった。今度の休みにちょっと色々やってみよう。あ、でもその時は君も手伝ってよ?」


「そりゃあ私の部屋だし、当たり前だろ」


「いや、というより……その、あんまし触るわけにいかないものもあるしさ。まあ、色々と……」


「河野。お願い。あんまりそういうこと言わないで。意識されると反射的にうわって思うの」


「ごめんね。でもこれは、その、アレだよ。男心を察してくれというか……」


「……なるほど」



 私は河野の言い分に妙に納得した。


 なんか、普通これって言う方逆だよな。けどまあ、私が仮に女心を察しろと言うのなら、アッチから男心を察しろと言われても文句は言えないわけで。


 ……男女平等か。結構耳にする単語だが、存外面倒臭いものだ。私はしょうがないと肩の力を落とした。



「まいっか。……そう言えば河野、こないだちょっと、思い付いた話があってさ」


「ん? ああ、うん。よかったら見るけど」


「頼む」



 その後は私の杞憂通りにはならず、河野とは、なんてことの無い他愛もない話を続けていた。

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