第8話「自分のやった事くらいは自分でケツをまくるべきだが正直しんどい。でもそんなことを言っているうちは大人になれない」
河野真白という男と出会ったのは、深夜のコンビニでだった。となると、当然、アイツとエンカウントしやすい場所も深夜のコンビニでということになる。
よくよくネット民がおふざけで「ギャルゲーで鍛えた交際力」みたいな話をしているが、今の私はまさにそれを感じていた。恋愛アドベンチャーゲームの基本は男共がどこに出没するかを把握すること。目当ての男に出会いたければ、イベント発生率の高い場所をウロチョロするのが一番効率が良い(今回は別に恋愛的な意味はないのだが)。
そんなわけで、私は大学が終わった後、店員に白い目で見られながらも毎日コンビニへと来ていた。
大方アイツと鉢合わせた時間を参考にコンビニへ訪れ、買い物をする振りをしてアイツを待つ。やっていることは完全にストーカーのそれで、私は足を運ぶ度になんとも言えない後ろめたさを感じていた。
ストーキング(もうこう表現しちゃえ)を始めて数日が経った頃。私はスイーツのコーナーで「チーズケーキいいな」なんて言いながらちらちらと出入り口へ目をやっていると、待ちに待ったソイツが、自動ドアをくぐってやって来た。
河野だ。そろそろ季節に合ってきたかと言うべきなダウンジャケットを着て、覇気のない歩き方で呆然とこちらへと向かってきている。私は奴が目に入って、視線が合ってしまった瞬間、緊張で思わず体が固まってしまった。
「……あ」
私は小さく声を漏らす。すると河野は黙って踵を返し、そして特に何をするわけでもなくコンビニから出て行ってしまった。
――って、待たんかいッ!
「河野!」
私は人目もはばからず声を上げ、勢いよく走り出す。
コンビニの自動ドアが開いて、そこから飛び出すようにして河野の居場所を探す。
おおよそ向かう場所は想像がついている。それは、アイツの自宅であるアメゾン・アミーゴだ。私がそう直感し視線を向けると、見事に走っている河野の後ろ姿が目に映った。
「待て!」
私は叫び、弾かれるように駆ける。今日はクロックスじゃなくてスニーカーを履いてきた、以前よりかは多少マシに走れる!
そして勢いに任せてダダダッとダッシュをすると、あまりに拍子抜けするほど早く河野に追いついてしまった。私は「まてい!」とドスの効いた声と共に河野の腕を掴むと、奴は「うわぁ!」と叫び声をあげてびくりと体を震わせた。
「捕獲ッ! 待てこら、逃げんな!」
「いや君、逃げてる男を追いかけるとか何を考えてるんだ!? 相当にヤバいぞ、頭でも打ったんじゃないのか!?」
「うるせぇてめぇこそ最初私を追ってきたじゃねえかこの野郎! いいから黙って私の話を聞けぇ!」
振りほどこうとする河野の腕を引っ掴み全力で力を入れる。すると河野は「やめろ、わかったから手を放してくれ!」と声をあげた。
私は河野の言葉に従い、ゆっくりと手を放す。
逃げる様子はない。どうやら本当に、私の言うことを聞こうとしているようだ。私は小さくため息をついてから、ゆっくりと河野の方へと目を向けた。
河野はやれやれと言った様子で、私のことを睨みつけてきた。なんとなくだけど、視線から「帰らせてくれ」という意思が伝わってくる。私はそれに少し怯んだが、ここまで来て黙って引き上げられるかと河野の目をまっすぐに見据えた。
「……話が、したかったの」
河野の目が一瞬揺らぐ。彼は私から一瞬目を逸らすと、一度深くため息を吐いて、また呆れたように肩をすくめた。
「……ここじゃなんだし、近くの公園まで行こう。……いい?」
私は河野の言葉に頷いた。河野はそれを見て、同じく頷き返すと私の前を歩いて、近所の小さな公園の方へと向かって行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで、話ってなんだい?」
ブランコの錆びた音が深夜の公園に響いた。虫の声さえ聞こえない静寂の中で、河野はそれらを背景にしたまま、そう口火を切った。
私は河野と並び、ブランコに乗ってうつむいた。
勢いのままに話しかけ、勢いのままにここへと来てしまったが、それが完全に仇となっている。
存外、「本当に伝えたいこと」というのは、勢い任せで言おうと思うと出てこなくなるものだ。本心というのはこういう時でこそ出るモノだなんて思っていたが、実際にはパニックになって、何を口走ってしまうかわからない。私は河野からの言葉に受け答えることができなくて、ずっと眉間にしわを寄せて唸り続けていた。
考えれば考えるほど自分の行動がナイフとなって心臓に刺さっていく。大体、何日もコンビニでアイツに張り付いたとか、今こうしている状況だとか、全部全部、冷静になれば頭がおかしすぎて、恥ずかしいなんてものじゃない。そりゃあ、コイツから「頭でも打ったんじゃないのか」と言われもする。
――ああ、もう。わかってる、全部。私が何をしようとしているかなんて、そんなもの。私はもう一度意を決して、無理矢理声を絞り出した。
「その――……。
……あの、時のこと。謝り、たくて、」
河野は私の言葉を黙って聞いていた。私の変な言動を咎めるわけでもなく、嫌がるわけでもなく、ただ真剣な表情で。
「その、ご、ごめん、本当に、ごめん、河野。私、アンタのこと、約束、勝手に破って、ブロックまでして――。と、取り返しのつかないことしたって思ってる。でも、違うの。その、私、アンタのこと嫌いになったわけじゃなくて――」
「……話って言うのは、それのことか」
河野はそう言うとゆっくりと空を仰いで、ゆっくりと、深く、鼻からため息を吐いた。
私はその様子をただじっと見つめた。今から何を言うのか、河野がどんな気持ちを抱いているのか――それがあまりにも怖くて。
だけど河野は、小さく「うん」と言うと、ブランコから立ち上がって首を大きく回した。
「……なんていうのかな。別に、いいよ」
「――え?」
「いや。……僕がずっと気にしていたのは、君と僕に付き合いがあると、みんなから嫌な噂をされるだろうなってことだから。実際、そうだったでしょ?」
「いや……たしかに、そう、だけど」
「だから離れようって思ったんだ。……こんな変な奴と付き合ってるなんて思われたら、君からしても迷惑なはずだ。特に君は、こんなことを言うとアレだけど、オタサーの姫で、その、正直……あんまり快く思われていない。そういう奴の悪口ってさ、凄く盛り上がるし、変な尾ひれが付けられていくモンなんだよ。みんな面白がってるし、それしか考えてないから」
私は河野の言葉に納得した。
吉田が『私と河野が寝た』と言ったのも、そういう風にうわさ話が捻じ曲げられたからだろう。おおよそ、私が河野と付き合いがあるというそれだけの話が、人から伝わる中で、徐々に歪んでいって。
と、河野はポケットに手を突っ込みながら、「君がそれでもいいって言うなら、それで僕もいいよ」と言って空を見上げた。私はそれで、河野の言葉の意味がわからなくなってしまった。
「それでいいって、どういう、こと?」
「――だから、別に、僕は君のことを気にしていないってことだよ。こんなことを言うとアレだけど、せいぜいブロック程度だ。そんなに大げさに騒ぐことじゃないし、問題じゃないよ」
は? ちょっと、待て。
「別に、関係を切るほどのことじゃあない。まあ、もちろん、僕とリアルに接する機会は減るだろうけど……それでも、別に」
「ちょ、ちょっと、待ってって!」
私はどうしようもなくなり、河野の言葉に思わず割り込んでしまった。
「そ、それはいくらなんでもおかしくない?」
「……なんで?」
「いや、なんでって、おかしいでしょっ!」
私はブランコから立ち上がり、食い入るように河野に続ける。
「だって、私、アンタになにしたかわかってるの? LI〇Eのブロックって、言っちゃえば拒絶だよ? お、お前と付き合うの無理って、これ以上やってられっかって――いや、私はそんなこと思ってないけど! でも、そ、そういうことなんだよ?」
「……そんなこともないだろ?」
「あるよ! 大体、うざいとかキモイとか、コイツどうしても無理だわとか、そういう時に使うのがブロックって機能なんでしょ? まさか、話しかけられてうれしい人とか、なんとも思わない人にそういうことするっていうの? そんなの、むしろありえないじゃん!」
「……」
「お、おかしいよ! アンタ、言ってることわかってるの? アンタ今、コレ全部水に流すって言ったのよ?」
「でも、君にとってはそっちの方がいいはずだ。だから、そうした」
河野がこちらを振り返り、私の目を見つめて言い切る。
――どういう、ことだよ。私は意味が分からなくて、河野のその言葉の真意をなんとか読み取ろうと、頭の中をとにかくかき回す。
「……その、もしかして、私に呆れてるからそういうこと言ってるの? そ、そりゃあ、わかる。こんなクソったれな女、まじめに相手にしたいわけが……」
「待て、それは違う。そんな風には思っていない」
と、私の言葉に河野はピシャリと強く言い返した。
私はその瞬間の気迫に思わずビクリとしてしまった。そして、その驚きで河野を見た瞬間、私はコイツが一切ウソをついていないことを理解した。
こいつは――本当に、私と向き合った上で、全部水に流すって言いきっているのだ。
この表情は、拒絶ではない。むしろ私のことをしっかりと理解している表情だ。
「……本当に、そう思ってるの?」
「……うん、まあね」
河野は私の質問に対して、迷いなく、曇りなく、そう答えて見せた。
それは間違いなく、コイツの本心だ。コイツは私との今回の確執を、これ以上、攻める気がないんだ。私はなんとなく、河野の感情を察し――。
――だからこそ。
「……違う」
私は、河野の言葉にそう言ってしまった。




