第7話「オタクが陽キャになろうとして生き方を見失うのはままあること」
私はその後漫研の隙を見てLI○Eを開き、河野には「ごめん今日無理」とだけ伝えた。
伝えてからすぐ、私はこれ以上河野との関係を噂されないための緊急措置として、あいつをブロックした。「これは仕方がないんだ」、「噂が大きくなったらアイツにも迷惑をかけるんだ」と何度も言い訳をして。
慌てて取った行動だったからか、家に帰ってからようやく『河野がなにか連絡を取っているかもしれない』と気がついた。だけど私は、なぜか、河野のブロックを解除する気にはなれなかった。
もっと言うなら、あいつのLI○Eを見る気がしなくなった。たまに通知で由希とかからのメッセージを読む程度で、それ以外はLI○Eを開かないようにしていた。
そうして翌朝。私は由希と一緒に大学の構内を歩いていた。
現在時刻は昼。特にやることもないので、近くの定食屋に昼食を食べに行こうという話になったのだ。
「由希今日なに食べるん?」
「カツ丼」
「おー。どうしよっかな〜。私もそれにしよっかな〜」
「いや好きなの食べればよくね?」
「……でもカロリー高いし。てか由希なんでそんなに痩せてるの? 結構ガッツリ食べてるのに」
「結構て、カツ丼なんてたまにしか食べんよ。普通に食べて、運動して、そしたら太らないでしょ」
「私太ってるんだけど」
「あんた運動しないじゃん。ご飯もなんかコンビニで買ったのとかカップ麺ばっかだし」
「……リングフィッ○アドベンチャー買おうかな」
「ウチにあるよ」
「マジで? 今度やりに行っていい?」
「いいよ」
由希がニヤリと口角を吊り上げた。なんでコイツこんなに楽しそうなんだろう。
そんな感じで話しながら歩いていると、ふと、最近できた○番らーめんというよくわからないラーメン屋(金沢近辺では凄く有名らしい)の前を通った時。
偶然、店を出てきた河野とすれ違った。
「あ、」
その瞬間に私と河野は互いに声を出してしまった。
しかしすぐに私は河野から目を逸らし、河野もまた、私の様子を見てか、何も言わずに店の外で立ち尽くしていた。
……やっちまった。私は自分の取った行動にまた後悔した。
これだと河野を露骨に避けている感じがあるじゃないか。いや、違う。違うんだ。避けてるわけじゃない。ただなんとなく気まずいから無視しているだけで。
私は河野の方をちらりと見る。どうやら友人を待っていたらしい、彼は友達と会って「行こう」と言われると「おう」と返して(おうってなんだおうって)そのまま歩き出した。
「なんかラーメンだけどラーメンって感じじゃなかったな」
「けど普通に美味しかった。あと炒飯すごく美味い」
「マジで? 今度また食べに行こう」
私はこっそりと河野とその友人の会話に聞き耳を立てる。どうやら、私の話は一切出ていないようだ。
「……詩子?」
ふと、由希が私に話しかけてきた。「なに?」と言いながら前を見ると、知らない間に電柱があって、私はそれに顔をぶつけた。
「ぬおおお……なんでこんなとこに電柱があんのよ……」
「不注意なアンタが悪いだろ……。……どうかしたの? なんかボーッとしてたけど」
頭を押さえて顔を下げる私に、由希がやけに確信めいた質問をしてくる。私は少し間を空けてから、「なんでもない」と答えた。
「……詩子。やっぱ前吉田が言ってたの気にしてる?」
「アレとは関係ないから。ちょっとボーッとしただけ」
「ならなんでアンタ、河野の方見てたの」
由希がやれやれと言うふうに尋ねてくる。私はギリリと奥歯を食いしばった。
「……まあ、詩子。ぶっちゃけ河野と付き合ってるのは知ってるけどさ」
「付き合ってないって」
「友達としてだよ。あんた前私に言ってたじゃん」
「……言ってたっけ?」
「言ってた。だからさあ、そういうふうに言われるのが嫌なのはわかるけどさ。あんな奴の言うこと気にしなくていいって。いや、その、うん。だいたい、仮に詩子が河野と付き合っていたとして、別にアイツには関係ないじゃん」
「……だから付き合ってないって」
「仮に、ね。主旨はそこじゃないから。とにかく、気にしなくていい。別にアンタがアイツのためになにかしてあげる必要はないんだからさ」
そう言うと由希は私の肩にぽんと手を置いてから、「ほら、行くぞ」と言って先へと進んでしまった。
……由希の主張もわかる。だけど、私にはどうしても、彼女の言葉が腑に落ちなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。色々溜まる物があれば出さねばならないということで、私はコンビニでこれまたつまみを買いに来ていた。
実のところ酒自体はそれなりに余っている。飲むと言ってもそんなに毎日飲み明かすわけではないし、週に2、3日程度がせいぜいだ。且つお酒は結構買い貯めるので、まあ、時としては買わなくとも良い日があったりもするのだが。
問題はツマミである。なにせ私は料理ができない。中学生の頃、親が昼飯を作り忘れたので家で卵焼きを作ろうとしたことがあるが、『卵焼き〜? なら甘い方が好き〜♡』とか言って砂糖をぶち込みまくった結果、銀○に出てきそうな真っ黒焦げな物体Xを作ってしまったことがある。あの時は『漫画の料理って現実で再現可能なのね』と妙に感心したものだ(なお料理はクソほど不味かった)。
おつまみが作れないのなら買うしかない。そういうわけで、コンビニでスモークチーズとかなんたらを買いに来たのだ、が。
「……あ、」
ふと目にしたスイーツコーナーで、私は河野の姿を見つけてしまった。
どええ、なんであいつこんなところにいるの? 私は河野に見られるのが嫌で思わず彼から目を逸らしてしまった。
いや、いやいや。まあコンビニだし、待ち合わせに使うくらいには互いの家から近いから来ていても当然なんだけど。でもなんだって今日鉢合わせるわけ? 当てつけ? あいつを避けようとした私への当てつけなの? 私は某お節介焼き曰くこの世界に存在している運命とやらを心底恨んだ。
とりあえず、見つからないようにうまく距離を取ろう。私は河野に見つからないために河野のことをじっと見つめた。
と、
「……ん? あれ、姫川?」
パッと河野がこちらを向いた。
ぐあああ、見つかってしまった。ステルス系のホラゲーならここでちょっと前からやり直せるんだけど。ところがどっこい、これは現実。現実である。
私はゆっくりと河野の前に行き、「や、やっほー」と手を小さく振った。
「な、なにしてるのこんなところで?」
「いや、普通に買い物だけど……」
「へ、へぇ〜。河野はなに買いにきたの?」
「なにか甘いものをね。ティラミスのプリン辺り買おうかなって思ってたら、新発売でいちごのスイーツが出ていたから、でも少し高いなって思って、どうしようかと」
「女子かよ」
「姫川は……あー、チーズにカルパスか」
「酒のつまみよ、酒のつまみ」
「カルパスは僕も好きだ。けど、おつまみ系で一番好きなのはチータラかなあ」
河野は平然とした様子で私と会話をしていた。
いやいやいや。ちょっと、待って欲しい。なんでお前、こんな普通に話しができるの? だってお前、私、約束破ったんだよ? 普通文句のひとつでもでるんじゃないの?
「……河野」
「ん?」
「気にしてないの?」
「? ……なにが?」
ウソだろ、お前。私は河野の発言になぜかドキリとした(いやキュンキュン系のドキリではなく)。
いや変だろ。だって、高校生の頃はこういう時、決まって私、なんか言われたよ? 埋め合わせがどうとか、なんで来なかったのとか。
なのにお前。私はあんたのこと、ブロックまでしたって言うのに。突然のぶつ切りだったから、お前だって私に何も返信してない訳じゃないだろうに。
「……店の前で待っててもらえる?」
私は河野にそう言った。河野は「あー、」と少し言った後、「たぶん君が待った方が早いよ?」と私に言った(買う物も決まってるし、そりゃそうか)。
そうしてレジで精算を済ませた後、私はなぜか店内で河野が買い物を終えるのを待って、奴と一緒に店を出た。
なんか、恋人みたいだ。私は自分の頭の中に浮かんだ言葉をすぐに否定した。
いや、違うからマジで。恋愛漫画じゃあるまいし。本当に、吉田はとんでもない爆弾を私に置いていきやがった。あのゲロ臭野郎(正しく言えば酸っぱい臭いなのだが)。
「……それで、どうしたの? 姫川」
「……あのさ、河野」
私はひとまず河野の名を呼んで言葉を止めてしまった。
……ああ、クソ。なんて言えばいいのか本当にわからない。
どう話を始めればいいのだろう。どう話を持っていけばいいのだろう。どうすればうまく話せるのだろう。
とにかく後ろめたい。というか、なんで私は、ごまかせそうな雰囲気だったのに、ごまかそうとしなかったのだろう。
いや、今からでも、遅くはない……よな。だって、相手は河野だ。ここで私が、「やっぱいいわ」と言えば、それだけで何も言わずにお開きにしてくれるだろう。それで、それとなくLI○Eのブロックも解除して、なにか言われてても無視して、うまくやればそれで大丈夫だ。
……でも。私はごちゃごちゃと考えてから、頭を搔いて、そしてようやく話を始めた。
「……今日の、こと……遊びに行く約束、破ったの……なんとも思わないの?」
「……まあ、なにか急用ができたんだろうなって思って」
「なんでそんなんで終わらせられるの? いやだって、おかしくない!? 言っちゃなんだけど私、突然だったし、理由だってろくに説明してないのに、それで、それでもそんな軽く終わらせられるの?」
「まあモヤッとしなかったかって言えばうそになるよ? けどまあ、その程度だし。仕方ない時はあるでしょ」
「LI○Eとかしてないの? だってこれって、私が一方的に……」
「……え」
河野が小さく呟いた。一瞬黙り込んで、何かを考えるように視線を下に向けて、そして河野は、「……なにも送ってないよ」と小さく言った。
「え、ウソ!? だって、」
「いや……君の事情をわざわざ聞くなんて、ちょっと、アレでしょ。いやまあ、気になったけどさ。けどそこまで詮索するのは、ちょっとやり過ぎだよ」
「……いや、そんなのお、おかしいでしょ」
私はそう言ってスマホを取り出し、LI○Eを開いて河野のブロックを解除した。
……ウソ、本当だ。なにもメッセージ、来てない。私は前のトーク画面から変わらぬ表示を見つめて、呆然と立ち尽くした。
「……姫川」
「え、なに……?」
「ブロック解除しても、ブロック中のメッセージは届かないんだよ」
「え……そ、そうなの……」
――あっ、
しまった。私は河野に受け答えた瞬間に、自分がなにを言ったのかを理解して、背筋が強ばるような、肝が冷えるような感覚に陥った。
「……やっぱりか」
そう言って河野は、私に自分のスマホの画面を見せてきた。
……いや、でもなにも送ってきてないじゃん。アレ、待って。ちょっと、これ、どういうこと? なんでこいつ……
「……ブロックしてなかったらさ、僕がなにも言ってないの、わかってるはずなんだよね。言わなくても」
「あ……」
「……姫川」
――ああ、ダメだ。最悪だ。私は自分が掘った墓穴に叩き落とされたかのような絶望感を味わった。
やってしまった。私はこの瞬間に、河野との間に、取り返しのつかない亀裂が入ってしまったような気がした。
「……ごめんね」
「……は?」
「いや。そりゃ、君が僕みたいなのと付き合ってる……なんて、君にとっては嫌でしかないよね。そりゃあ、ブロックもするよ」
え、ちょ、待って。
なんでそうなるの? 私は河野の言葉に、耳を疑った。
「……うん。今日で、もう会うのはやめておこう。それがきっと、お互いのためだよ」
「ま、待ってよ。なんで、なんでそう……」
「……それじゃあ」
河野はそう言って、私の言葉も聞かずに私の前から歩き去ってしまった。
寒い空の下、夜の中。私は一人、ぽつんと、うるさい光が灯るコンビニの前で立ち尽くした。




