第3話「血縁とは呪いである」②
「……ごめんね、あんな情景を見せちゃって」
「あ、ううん! 別に、そんな! 大したこと、ないから……」
私と真白は、以前、付き合おうと言い合った近場の公園へと来ていた。
公園内のブランコに座って、キコキコと錆びた音を響かせながら、私たちは互いを見合わず話しをする。真白は終始気まずそうで、私としても、極めて重たい心持ちで彼の隣に並んでいた。
一体、どういう反応をすれば良いのかわからない。突然目の前で、ああだこうだと喧嘩をされたら、どう言葉を掛ければいいのかわからなくなる。
彼氏の家族に対してこんなことを思うのはどうかと思うが、ぶっちゃけ、ヤバい。今でも先の大声が頭に反響するようで、あのギスギス感が脳内に染み付いている。
私はそっと、真白へと顔を向ける。と、真白は私を見ないで、もう一度、「ごめんね」と言った。
「僕の家族、いつもあんな感じなんだ。昔から、喧嘩が耐えなくて、正直、僕も辟易している」
「あっ……ま、真白もやっぱり……あ、ごめ、そう言う訳じゃ……」
「いや。言いたいことはわかるよ」
真白は視線を落としたまま、私の言葉を肯定した。
「ヤバいでしょ、僕の家族」
「…………うん」
「やっぱりか。……まあ、だから、見せたくなかった。絶対、トラブルになるから。特に兄貴は」
兄貴――。私は真白の言葉で、真白を足蹴にしていた男の顔を思い浮かべる。
真白よりも背が高く、体付きも筋肉質で、割と爽やかな雰囲気のイケメンだった。正直、兄弟でこんなにも差が出るのか? と思ってしまう位には違う。
いや、でもまあ、よく見ると、真白と真白のお兄さんはまあまあ顔が似ているのだけれど。たぶん雰囲気が違うのは、身長や体付きが全然違うからだろう。
そう、見た目は良いのだ。だけど、あの男の言動を聞いた瞬間に、ちょっといい男じゃん、と言う私の気持ちが、急激に萎んで行ってしまった。
「……一応聞くけど、アンタ、マジで殴られたの?」
「うん。アイツ、僕に対してはすぐに殴るから。……言うことを聞かない奴は殴って従わせなきゃならない、って、マジで言ってたから」
「や、ヤベぇとかのレベルじゃないじゃん。こわ……」
私は真白の兄貴にゾッとしてしまった。
なんだよ、その考え方。暴力反対のこのご時世に、そんなジャイ◯ンみたいな思想の人間がマジでいるのか。
「言い分はわかるんだよ、正直」
「えっ、マジで!?」
「うん。だって、本当にどうしようもない時って、暴力でしか解決手段がない……っていうのは、まああるから。でも、アイツの場合、その言葉を盾に、そうじゃない時でもそうするから」
私は最後まで真白の話を聞き、「あ、あぁ、そう言うことね」と肩を落とした。
まあ、事と次第によっては確かに、暴力が1番って言うのはわかる。男に襲われた時とか。
だけど、それとこれとは話が違ってくる。大体、普通に家族と過ごしていて、殴らなきゃいけないほどヤバい状況って、そんな数える程もあるか?
「……でも、今回は僕が悪いのかも。先に手を出したのは僕だし」
と、真白は声を震わせて、物凄く怖々とした感じでぽつりと言った。
ああ、なるほど。確かに、先に手をあげたのなら、まあ、キレられても仕方がないかもしれない――とは、私はならなかった。
理由は単純。そもそも、コイツが誰かに暴力を振るうこと自体、ありえないと思ったからだ。
でも、今回の場合、本人の自己申告がある。だとしたら、それはすなわち、
「……真白。なんか、理由あるんでしょ?」
――そう。殴りたくなるほどの何かがあった、と言うことだ。
確かに、そもそも暴力は良くない。だけど、事と次第によっては、暴力こそ否定すれど、ある程度の情状酌量の余地はあっても良いはずだ。
暴力を振るわない人間が、思わず殴りたくなってしまう程の何か。私はそれを確かめるために、真白に深く聞き込んだ。
真白は私の言葉を聞き、「えっと、」と目を逸らす。
自分が他人を殴った理由を語れと言われれば、当然の反応と言えるだろう。私は彼に、「お願い、言って」と、強い語調で更に詰め寄る。
真白はしばらく、あっちへ、こっちへと視線を動かし、やがて、重々しく口を開き、その理由を語った。
「……ば、バカに、されたから……」
「え?」
「バカに、されたから……。き、君を。……そ、その、怒らせたらごめんだけど……あんな頭のおかしいファッションセンスしたデブの女を好きになるとか、俺なら無いって。……それで、お前がどう思おうが僕の自由だって言い返したら、『いや、ああ言う奴がいると迷惑』『変な奴が歩いていたら、俺らまで変な奴だって思われるだろ』って。それで、別れろ、別れろって激しく詰め寄って来るし、何回言い返しても『俺の方が正しい』って煽ってくるから、つい、こう、パン、って」
真白は言いながら、左手の平に向けて、勢いよく右手の平をパチンと合わせた。
私はぽくぽくと真白の言葉を考える。そしてしばしの間が空いて、私が出した答えは、
「――いや、叩くだろ、そりゃ」
私は心の中で、『そりゃあ、そうだろ』と頷いた。
いや、確かに暴力は良くない。良くないが、真白の言い分をまとめると、『恋人と別れるように強要され、言い返したらお前が間違ってるとめちゃくちゃに煽られた』だ。
まず、兄弟とは言え人に別れるよう迫る時点でワンアウト。めちゃくちゃ振り回されているとか、金遣いが荒いとか、そう言った例外であればともかくとして、私たちはそう言う感じじゃない。
まあ私の格好は確かに変だから、そこを譲歩して迫った所は無しにしても。自分が正しいって主張をして、何度も食い下がった時点でツーアウト。
そしてそこから相手を煽ったのでスリーアウトだ。そこまでやったのなら、むしろ『叩いてくれ』とさえ言っているようなものだ。
いや。確かに、暴力はダメだ。暴力はダメだが、叩きたくなるその心は理解出来るというか。
そして、何よりもだが。
「てか、平手でパチン、って感じだったのに、そっから足蹴にまでしたの?」
私は、真白に問い質す。
そう。真白のお兄さんは、明らかにやり過ぎだ。先に手を出した真白が悪い、というのは納得出来るが、そんな物を帳消しに出来るくらいには、圧倒的な暴力を奮っている。
蹴ってくださいなんて身を縮こまらせる奴なんかいない。つまるところ、真白のお兄さんは、真白を倒すためにも1度暴力を振るっているはずだ。
いやいやいや。先に暴力を振るわれたからって、何をやり返しても良いわけじゃないだろ。私がそこまで考えると、真白はこちらを見て、とても居心地が悪そうに首を縦に振った。
「……その……まあ、うん」
「いや、何でアンタが悪そうにしてんのよ」
「だって、先に叩いたのは僕だし……」
「そんなのどうでもいいだろ〜! もうそこまでやられたら! 過ぎたるは及ばざるが如し! アンタも悪かったかもだけど、もうアンタだけの責任じゃないわよ! むしろ私は、アンタの兄貴の方を責め立てたいわよ!」
私は彼氏が暴力を振るわれたことに怒り心頭していた。
「つーか、大丈夫だった? ケガとかしてない?」
「あっ……。……まだ、尻が痛いかな。アイツ、空手やってたから、とにかく蹴りが痛くて」
「しかも格闘技経験者〜??? え、段とかあるの?」
「段はわからないけど、確か茶帯だった。黒帯の1個手前」
「十分すげぇじゃん! そんな奴の蹴りとか凶器だからな! 由希言ってたもん、格闘技の経験者は人を殴っちゃダメだって! アイツらのパンチは人を殺せんのよ、それで弟殴るって……って、しかも昔からなんだよね。ヤバいだろ、お前のお兄さん。完全に調子乗ってるじゃん。どうせ弟は俺には何も出来ないんだから、好き勝手やってもイイだろって!」
ああ、ヤバい。言っててなんかイライラして来た。
私にも、妹と弟がいる。そりゃあ、小さい頃は叩いちゃったりしたけれど、流石に高校以降はそんなことしなくなった。
それを、私らより年上の男がやるってどういうことだよ。
親も親だよ。兄弟のそう言う喧嘩を止められないって。いや、兄の方が強くなりすぎて、手が付けられないのかもしれないけど。
私の眉間に、自然も皺が寄ってくる。と、隣にいる真白が、突然「ありがとう」と呟いて来た。
「は? なんで?」
「いや……。……初めてだから。兄弟喧嘩で、ちゃんとジャッジしてもらえたの。……いつも、どっちが悪いかとか、モヤモヤで終わるんだよね。どっちも悪いって片付けられて」
私は真白のその言葉を聞いて、キュッと胸が痛くなった。
――なんか。コイツ、やけに自己肯定感が低いなって、前々から思ってはいたけど。
その理由が、わかってしまった気がした。
コイツは――納得させてもらったことが、とにかく少ないんだ。
喧嘩なんてどこにでもある。その内容によっては、どちらがどれくらい悪いかなんて、細かく変わる。
けどコイツは、きっと、『喧嘩両成敗』の名の下、ちゃんとした説明をしてもらえたことが無いんだ。
それをやるのが、親の役目だろうに。私は段々と、真白の一家全体にイライラが募り出して来た。
「……詩子。どうする? 君はもう、帰った方が……」
「いや。戻る。なんか、むしゃくしゃするから」
文句のひとつでも言わなきゃあ、やってられない。私は腹の底でふつふつと怒りを沸きあがらせた。




