第4話「女ってのは面倒くさい生き物なんです、とか知ったようにほざいてる奴が一番めんどくさい」③
「……なんか、ごめんね。私がラーメン屋行こうとか変に煽ったりとかしたから……」
「気にしなくていい。自己管理の成っていない僕が悪い。おえっ……」
ラーメン屋で飯を食べたあと、河野は見事に胃もたれを起こしてしまい、私たちは近くの公園のベンチに座っていた。
少し風が冷たい。もう秋もそろそろと言った時期なので仕方がないとは思うが、しかし、この状況で休むにしてはやけに向いていない。いつもの服の上にコートを着ているから、風の冷たさに身震いするほどではないのだが。
「こ、これからはよく考えてから店を選ぶね」
「店を選ぶ程度でいちいち細かなことを考えなければならない社会なんてまっぴらだ。気にしなくていい。まああくまで庶民的な値段であればだけど」
「……河野って結構、当たり前の前提をわざわざ言及するよね」
「なんかそうしないといけない気がするんだ。言葉は正しく、と言うか」
「ああ、男はこういう生物とかそういうのを『男は全てこう、女は全てこう』って捉えるタイプね」
「……まあ。アレも一応、前提として『傾向として』って言うのが入るからな。全員に対する言及じゃない」
なかなか厄介な物の考え方よね。まあなにも悪いわけではないけど。
「……というか、いや予想はしてたけど、君は本当に凄いな。アレだけ食べて何もないのかい?」
「キテはいるけどそこまでじゃない」
「パッと見オタサーの姫だからもっとおしとやかに食べるのかなって思ってたよ」
「あら、アンタでもそういうの思うんだ」
「全人類あまねく偏見の類の視点は持ってしまうものだ。気に障ったならごめん」
「私はそういうタイプの面倒くさい人じゃないから安心して。まあでも、実際問題、アンタの前だけよこんなむさい姿晒すの。他の……特に漫研のアイツらの前じゃ見せらんねーわよ、こんなの。ぶっちゃけ女として意識してないでしょ?」
「大概の男は目の前に女子という概念が適用できる存在がいれば意識する」
「……男と女の違いね」
「進化心理学的に仕方がない」
また難しい話しやがるなコイツ。私は「へー」と言いながらケラケラ笑った。
と、私は思わず、胃袋から湧き上がる何かを感じて、「ぐげぇ」とゲップをしてしまった。
私は反射的に口元を押さえる。いやいや、さすがに人前でこれは失礼すぎるだろ。
「アハハ……僕以外の前ではそれやらないようにね」
私の反応をよそに、河野は実に楽しそうな苦笑いを浮かべていた。
これは、なんとなくわかる。『気にしている』って感じじゃない。客観的に見ればおおよそ褒められた行動じゃないからこそ苦笑いになっているが、かと言って、コイツの中ではそこまでなにも思っていない……って感じの笑みだ。私は少し、コイツの在り方が不思議に思って、思わず尋ねてしまった。
「アンタって、細かいこと気にしないタイプ?」
「……ん? 突然だな。いやまあ、気にしないというより、僕の場合は気にできないんだろうね。良くも悪くも自己完結しているから。相手が何をしてようと、僕に無関係ならどうでもいい。だから僕についてもそうして欲しい」
「あー、なるほどね。一番人付き合いで楽なタイプだわ」
「まあ僕はいろいろと面倒くさいけどね。この手の人間は得てして自己主張が強いものだから」
河野がまたケラケラと笑う。私はまた、どうしても、コイツの在り方に不思議さを感じてしまった。
うまくは言えない。ただなんというか、見ていると、凄く、「ああ、コイツなんだな」って感じがする。
妙にしっくりくると言うか。善悪とか男女とか、そういうのを超えて「ただただコイツ」って感じがする。
これがいわゆる、自分らしさって奴なのだろう。私はそんな風に河野を見ていると、ふと、どういうわけか。
「……実は、さ」
件のことを、話そうとしていた。
「アンタを呼んだのは、ちょっと、別の理由があったからなんだ」
「……ふむ? なんだい?」
「……いや、えっと……。
…………。私の作品、見せたじゃない」
「……うん」
「アレの『続き』を見て欲しいの。いや、続きって言うか、なんだろう。……テーマとか、そういう、もっと根っこにある部分って言うか」
私はそう言ってスマホを取り出した。河野が何かを悟ったようにこちらを見ている、私はそそくさと指を動かして、勢いのままに例の作品のプロット……及び企画書のようなものを、河野に送り付けた。
「……ふむ。さらっと眺めた限り、色々詰まってるようだね。わかった、これは家に帰ってから……」
「待って。今、今読んで欲しい。それで、感想を聞かせて欲しい。あ、いや、別にそんなにちゃんとしてなくていいから。思ったことを、すごい適当に言うだけでいいから。……じゃないと、勢いが死んじゃう」
「――。わかった。けど、寒いよ? 大丈夫?」
「肉には自信があるわ」
「いやそんなに酷くないから」
河野が少し困ったように笑いながら言う。これは気を使ってるのか、それとも本気で言っているのか。少しばかり参考にはしたいところだが。
そうして私は、河野が内容を読み切るのを、隣のベンチに座って待ち続けた。
寒さで体が少し震える。河野は少しばかり鼻水を出しながらも、私の作品を真剣に読んでくれた。
やがて河野が読み終えたらしく、ポケットからティッシュを取り出し鼻周りを1度拭くと、「うん、読んだよ」と言いながら、さらにもう1枚出したティッシュに先程拭いた物を包み、それごとポケットに入れた(付近にゴミ箱がないのはなかなか面倒臭いよね)。
「……えっと、うん。なんて言えばいいのか。僕が読んだ部分から考えると、この内容は凄く……ギャップがあるというか。暗い内容になってる。少し、救いがないなとさえ思った」
開口一番、河野は見事に私が描いた本質を言い当ててきた。私は食い入るように前のめりになり、河野の話を聞いた。
「ただ凄いのは、この作品はあくまで『1人の女子高生の日常』という域を飛び出していないことだ。周囲の人々の人間関係やその模様、それに対する主人公の心理描写や、彼女の言動の矛盾と言った部分に焦点を当て、極めてモヤモヤするような、読んでいて嫌になるような、そうした展開運びがされている」
「うん……うん」
「特に主人公の描写は極めて凄い。この作品で読んでいて1番モヤモヤするのは、誰よりも彼女自身だからだ。
必死に努力して、ダイエットも成功させて、メイクの腕も凄く高めたのに、その先で友達ができて、間違いなく自分の望み通りになったのに、彼女はそれに不満を持ち始める。『こんなことならここまでしなけりゃ良かった』とさえ、彼女は思っている。しかしそれを傲慢だと一蹴していて、だけど、怖くてその人間関係を断ち切ろうとすることができない。
………………。えっと、外したらごめんだけど、何よりも1番思ったことを言ってもいい?」
「……なに?」
「この主人公…………君、でしょ? おそらく」
私は証拠を突きつけられた犯人のように、彼の言葉にグサリとした衝撃を感じた。それはでも、私にとっては、不快感ではなかった。
「うん。……この主人公は私。そんで、この物語は、私の半生」
「だからここまで卓越した心理描写ができている。加えて心理描写が描かれているのは、あくまで主人公だけだ。まるで一人称の小説を読んでいるかのように、他のキャラの心理は、表情とかから読み取れるけど、しっかりと確定した内容は描かれていない。あくまで『こうだと思う』程度だ」
「うん。だって、他人の心はわかんないもん」
「だろうね。君ならきっと、実在の人物を、想像だけで心理の内容までは描かないだろう。
この主人公の友達グループの人間模様も本当に面白い。友達として楽しく付き合える一方、些か面倒臭い所もたくさんある。例えば、主人公がイケメンの男子と付き合った結果、友達の1人から露骨に無視を食らうようになったとかは、読んでいて胃が痛くなった。これは主人公のトラウマにも関連しているから尚更そう思った」
「……わかってくれるの?」
「ここまで描写が卓越していたら読者は簡単に読み取るよ。これは僕だけじゃない、僕以外の人間も間違いなくそう思う。極めて凄い内容だ、舌を巻いている。女性らしいというか、よくよく言われる『女の人間関係』って感じがして、胸にドスンと来る何かを味わえる。僕好みの内容だ」
「それは言い過ぎでしょ」
「いいや。僕がそう思ったんだから、そうなんだよ。あくまで僕の中ではね」
コイツ、すっげえ褒めてくるな。ここまで荘厳な言い回しをされたらなんかかえって照れなくなってしまう。いや恥ずかしいのだけど。
「……その中で、ポイントが更に高いのは、1人、しっかりと癒し枠の友人がいることだ」
――! 私は河野のその一言にピコンと来てしまった。
「そう! そうそうそう! その子だけは、周りと違う人って感じで描いたの!」
私は餌を与えられた魚のように河野の言葉に食らいついた。
「1度みんなで私を無視しようって感じになった時もね、この子だけはずっと私の味方でいてくれたの。その上で私の悪い言動はしっかり注意してくれて……本当に、自分を持ってるって感じの人間だった。でも周りと合わせられない訳でもなくて、あの中で唯一、本当に信頼できる友人だって思って……今も親友なんだけどね」
「もしかして、いつも一緒にいる子?」
「あ……えっとぉ……う、うん。そいつ」
「あのいかにもなギャルっぽい人か。……こんな感じの性格なんだな」
「うえ、なんか恥ずかしいぞ。ごめん由希……」
「いやまあ実在の人物をモデルにするのはよくあることだ。僕も作中でそれやってるよ?」
「マジで?」
「スプラッターゴーストの主人公の親友は僕の親友が元ネタだ。言わなければ気付かないけどね」
「え、あの私の頭の中で主人公と幾重にも絡みを重ねた親友キャラが? 実在するの?」
「なんか食い付きが激しいな。いやまあそういう見方もできるなとは思ってたけど」
「作者公認BLとかマ? 尊さの供給えげつなくない? 死すよ?」
「話を戻そう。なんか、ごめん。ぶっちゃけ嫌な気持ちになってきた」
「あ、ごめん。そうよね、これ実質ナマモノ……」
「と、とにかくその辺はまあ気にしなくていいよ。別に僕自身、その人と関わることはあんまり無いだろうし、わざわざ言ったりもしないし」
「あざます」
私は苦笑しながら河野に軽く頭を下げた。
……それにしても本当、無駄な会話が多いな。いやまあ現実の会話なんてこんなもんだけど。
「それにしても本当に凄い。僕はむしろここから先が読みたかったって思ってしまったよ。……君は、僕の想像以上に才能に富んでいる。羨ましいくらいに」
「あはは……ありがと。でも私、きっとそれ以上の作品はもう書けないよ」
「……? なぜだい?」
「簡単。それが私の半生だから。……私の人生はこれ1回だけ。現実には異世界転生なんて無いし、ファンタジー世界で強い魔法使って運命の恋をすることも無い。だから次は、どうしようも無い」
「……そうかな。僕は君からとんでもない力を感じるよ」
河野は本当に、真剣に、私にそう言ってきた。私は「え?」と思わず呟いてしまった。
「君は、君自身を作品に出して――それをあまつさえ、問題のある人間として描いたんだ。これができるのは、勇気と賢さを兼ね備えた人間だけだ。作品を書く上で、この力を持っているか否かは大きな分かれ目になる。
それに、人間味あるキャラを作ろうとしたら、作者が自分をキャラクターに混ぜるなんてことはよくある話だ。あるいは自分が見てきた人を、ね」
「……なる、ほど」
「そういう意味で、この作品は素晴らしい。君という人間の力を証明している。僕は手放しでこの作品に拍手が送れるよ」
「……なんというか、ありがとう。そこまで私の作品、褒めてもらえるなんて」
「僕はただ思ったことを言っただけだ」
私は顔が熱を帯びるのを感じた。
ヤバい。作品をこんなに褒められると、やっぱり嬉しいし恥ずかしい。身悶えするような感情に私は変な声を出しそうになった。ギリギリで止めたのだけれど。
「……でも、この作品はやっぱり少年向けではないよね?」
「……ん? ん、うん。その辺りは、ごめんだけど、そうだね。僕はそう思う」
「そっかあ。……んー。やっぱり、ガチるとちょっと難しいよね。私、女だから。本気で私っぽく書いたらどうしても女向けの作風になっちゃう。少年漫画、向いてないのかな」
「……ん? そんなことは無いんじゃないか?」
「え?」
「いや、まあ。確かに少年向け書こうってなったら、少年の心を理解できなきゃ難しいと僕は思う。でもこれは女だから少年漫画は無理だって意味じゃない。少年の心を理解しているのなら、別に女の人でもいいと僕は思う。そこに性別の壁は無いよ。まあ男の人の方が理解しやすいって点はあるかもだけどね。まあ検証してないからわからないけど」
「……なる、ほど」
「むしろ僕は、こうも思う。君っていう女の人だから描ける物もあるんじゃないかって。表現って言うのは、得てしてそんなものだと僕は思う。これは逆の理屈も成り立つけどね」
と。河野はそう言うと夜の空を見上げて、微笑みながら、更に呟いた。
「――自分の内側から、声が聞こえるんだよ。こういうものを描きたい、こういうことを読者に伝えたいって。どうしても僕は言葉にできないから、作品としてそれを書き残すんだ。この姿勢は、作者として大切だって僕は思っている。僕は僕であるために、作品を書いて、世に放り投げているんだって。さしずめこれは、愚痴のようなものだ」
「……自己主張ってことか」
「ああ。だから僕は僕らしく、書きたいものを書くべきだと思う。まあ面白く思ってもらうために多少の妥協は必要だけどね。それと同じだ。君も君らしく、自分の描きたいものを描いて、それを見てもらうために、少年向けとして加工する、言わば妥協が必要。まあこれを妥協と呼ぶのは些かどうかとも思うけどね」
「だからこそ、私の視点も大事ってことね」
「その通り。そこに配慮は必要ない。多くの場合作家というのは、例えそれが僕のようなアマの存在であっても、自分の言いたいことを、作品に乗せることでしか主張できない生き物だからね」
河野はそうと言って微笑んだ。私はコイツが、真に作家性と言える物を持っているのだな、と改めて思わされた。
「なんか話が長くなったね。……そろそろ落ち着いたし、帰ろう」
「ん。……なんか、色々ありがとね」
「構わないさ。僕も楽しんでる」
そして私たちは、2人並んで、それぞれの家へと帰っていった。




