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第9話

 あれから何日かが経過し。私は自分の部屋で、無気力にベッドに横たわり、天井を見上げていた。


 あの日――天音由希に助けられたあの日。自分の中にある様々な感情が、ポッキリと折れてしまったのを感じた。


 私にとって、あの女は、気持ちの悪いだけの人間だった。つまりアイツは、私の中で、明確に『格下』だったのだ。


 そんな格下の女が、かつては嫌がらせまでした私と言う人間を、何も言わずに助けた。それに私は、アイツとの格の違いと言うのを見せつけられたかのような気がしたのだ。


 あまりに屈辱だった。頭の中で、何度も何度も、あの出来事について、言い訳を重ねた。だけれど、その度に私が味わったのは、自分と言う人間が、どれだけ醜くて、どうしようもないのかと言う事実だった。



『真紀ちゃんってさ、ウザいよね』


『かわいいからって、周りの人を見下し過ぎなんだよ、アイツ』



 昔聞いた陰口が、頭の中に響いた。私は奥歯を噛み締め、耳を塞ぎ、体を丸くする。


 うるさい。うるさい。うるさい。お前らなんて、私を見捨てて消えて行ったクソの癖に、偉そうに私にそんな声をかけるんじゃない。


 何度も何度も、響く声に反論をした。だけどその度に心は余計に擦り切れるようで、私の無気力は更に強く加速して行った。


 ――これから、どうしよう。私が天井を見上げながら大きくため息を吐いた、その瞬間だった。


 ピンポンと、呼び鈴の音が鳴った。私はゆっくりと起き上がって、玄関の方へと目を移す。


 ――誰だよ、一体。面倒くさいと思ったけれど、誰かが来た以上、応対しないわけにはいかないと思った。


 ギシギシと床を踏みしめ、玄関へと赴く。もしかしたら悠司が仕返しに来たのかもしれない、と、ふと恐怖を感じて、念のためドアスコープから、扉の向こう側にいる人間を見つめてみる。


 そこにいたのは、半年と少し前まで一緒に遊んでいた、優花里と玲奈だった。



「えっ、優花里――、玲菜!?」



 なんで、お前らがこんな所にいるんだよ。私のこと、見捨てたんじゃなかったのか。私は驚いて、部屋の鍵を開け、ドアを勢いよく開いた。



「よかった、いた! 真紀!」


「どうしたの、一体! イ○スタ見たら、学校辞めないって言ってたから、心配になって来たけど!」



 優花里に次いで、玲菜が声を出す。私は意味がわからなくて、ぽかんと2人の顔を見つめる。



「……なんでアンタら……。私とは絶交したんじゃ?」


「そう言う問題じゃねぇよ! そりゃ、アンタのことはぶっちゃけ良く思ってないけどさ。だからって、突然学校辞めるとか言ったら、なんか気になるでしょうが!」



 優花里がぎゃんと言い返す。私はまたしても、こいつらの言葉が理解できずに、ぽかんとしてしまった。


 は? いや、なんだよお前ら。どういう理屈だよ、それ。


 私のこと、嫌いなんだろ? なのにどうして、私のこと心配してんの?


 意味わかんねぇ。普通はそう言うのしねぇだろ。私が2人の言葉を整理している間に、「ちょっと、ここで話してもアレだし、中入れて!」と、優花里たちが私の部屋に押し入ってきた。



「ちょっ、」



 私の横を優花里と玲菜が通り過ぎる。「相変わらずちょいきたねェな」「こんなもんじゃない?」と、優花里と玲菜が他愛もない会話をしながら、床にドスンと座り込む。



「ちょっと、何だよ、お前ら。迷惑なんだけど、いきなり来て」


「そりゃわかってるけど、こうでもしないとお前入れてくんないだろ。そんなことより、何があったんだよ。大学辞めたいとか、意味わかんないぞ。もう一年で卒業なのに、今更」



 優花里が強引に会話の主導を切る。私は「別に、お前らに関係ないだろ」とイライラと返答すると、「関係ないけど、やっぱ気になるじゃん」と、玲菜が私に応対した。



「だって、真紀。アンタね、学費とか、親に出してもらってるんでしょ? それなのに、あと一年で卒業なのにやめたいとか、マジヤバいって。もったいないよ。せめて卒業はしないと、親に申し訳ないよ?」



 玲菜がやけに物憂げな顔で言う。私は舌打ちをしてから、「別に、お前らに関係ないだろ」と、もう一度言い返した。



「関係ないのはそうだけどって。だから、何でそんなこと思ったの?」


「お前らに話す義理ないだろ」


「無いけど聞きたいんだって。私らが絶交したのとなんか関係あるかもしれないし」


「別に、そんなんじゃねぇから」



 優花里の問答に私は嫌々と答えていく。優花里は更に、「じゃあ、なんでやめるの?」と、更に私に詰め寄った。



「あんね、真紀。本当にアンタが、将来のことを考えて、やりたいことが見つかったとか、それでどうしても今すぐやめたい、って言うんなら、まあ理解できるけど。そうじゃなかったら、スッキリしないのよ、こっちとしても。一応、私らはアンタと友達だったんだから。実際、どうなんよ」



 私はしばらく押し黙って、舌打ちをした。少し足で地面を擦ってから、大きくため息を吐いて、私は、「なんでって、」と、自分の身に起きた事を説明した。


 ちょっと前に、漫研の田中と言う男と出会ったこと。そこから口火を切って、適当に、適当に言葉を紡いだ。


 そうやって説明を終えると、2人はぽかんとした表情で、私のことを見つめていた。



「えっ――ちょっと、待って。それって、全部アンタの自業自得じゃん」



 説明を聞き終えた優花里は、盛大に困惑しながら私にそう言い返してきた。



「ちょっと、待って。え、他人を脅して、無理矢理金品ねだって、それで怒られたから病んだ……って、そんなの、怒られるに決まってるじゃん」


「男に浮気されてたり、殴られたのは気の毒だけど――ていうか、アンタ、彼氏いるのにまた他の男と会ったりしてたの?」



 優花里と玲菜はわけがわからないと言うかのように声を出す。私は舌打ちをしてから、「だから言いたくなかったんだよ」と言い返した。



「ちょっと、何でアンタが怒ってんの?」


「は? いやだって、なんか私が悪いみたいじゃん、それ」


「いや、どう考えてもアンタが悪いよ」


「うるせぇな。いいじゃんか、正直に言ったんだし。アンタらには関係ないんだし」


「ちょっと、なんで私らにそう言う態度取るの? 自分が何したのか、わかってんの、アンタ?」


「そっちから勝手に絡んで来たくせに、いざ話聞くとそう言う態度取るからじゃん。なんなんだよ、お前ら、マジで」



 私はイライラとしながら言い返す。と、玲菜は瞳を小刻みに揺らしながら、体を前のめりに出し、私の言葉に食ってかかって来た。



「真紀、やっぱアンタ、学校やめちゃダメだって。それ、ただの自暴自棄じゃん。親だって納得してくんないでしょ。いくらかかってると思ってんの? そんな勝手な理由で決められたら、マジで――」


「……うるっせぇなぁ! お前らよォ!」



 あまりに鬱陶しい声に、私は感情の栓が外れて、どっと怒声を巻き散らした。



「なんなんだよ、いきなり家に来たと思ったら、人のやってる事にぎゃあぎゃあ文句言いやがって! お前らに関係ないじゃん! 非常識だろ、頭おかしいんじゃねぇのか!?」


「なっ――い、家に押し入ったのとかは悪いけど、その理由聞いて納得できるわけないじゃん!」


「知るかよ、そんなのお前らの勝手だろうが! なんで私の人生なのに、親やお前らにああだこうだ言われなきゃならねぇんだよ! 私は、自分の人生を、自分らしく生きたいだけなんだよ! それをどうして、人様や世間の目を見て、弁えなきゃならねぇんだよ! それで私が不幸になっても、どうせお前ら責任なんか取ってくれない癖に! だったらいちいち私の人生に口出しするんじゃあ――」



 私が興奮して、引き裂くような金切り声をあげると。途端、優花里が勢いよく立ち上がり、怒り狂った表情で、私の頬を強く拳で殴りつけた。


 ゴスン、と言う鈍い音と共に、私はふらふらと後ろへ下がり、壁に手を付く。あまりに唐突な痛みに私は混乱して、何も声を発することができなくなる。



「いい加減にしろよ。何が弁えないだよ。ふざけんじゃねぇよ。人はみんな、弁えなくっちゃならねぇんだよ」



 優花里が私を見下し言い放つ。私は彼女のその表情に恐怖を感じて、ますます何も言うことができなくなった。



「そりゃあお前みたいに、みんな手前の好き勝手に生きたいだろうよ。けどそれやったら、周りに迷惑かけっから、みんな我慢して生きてるんだよ。そんなことはな、誰かと関わっていれば、誰でも理解できるんだよ。それを理解していないって、アンタにとって友達(わたしたち)は、一体なんだったんだよ」



 静かに、淡々と、トイレに落ちている虫の死骸を眺めるかのような声で、優花里は告げていく。私は彼女が見せたその視線に、「あっ――」と声を詰まらせた。



「周りの人間を、自分を引き立てさせるための添え物位にしか思っていないお前なんかを、一体誰が好きになるんだよ。私たちは駒じゃねぇんだ。ちゃんと他人を尊重しない人間なんかを、みんなが尊重してくれると思うなよ」



 優花里は私に言いたい放題に言うと、ため息を吐いて、「行こう、玲菜。心配して損した」と、玄関に向けて歩き始めた。


 玲菜は私を一瞥してから、何も言わずに立ち上がって、そのまま私の部屋を出る。私は2人の背中に「ちょっと、」と声をかけたが、手を伸ばした時には、2人とも、ドアを閉めてしまっていて、私の言葉は、鉄製のそれにせき止められて届かなかった。


 取り残された私は、どうすることもできずに、呆然とその場に座り込むしかできなかった。

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