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第6話

 卓上に置いた三面鏡の前に座り、自分の顔とにらめっこをする。髪型や化粧の調子を何度も確認して、落ち着かない心を何とか抑え込む。



「……よしっ、」



 うん、ちゃんとかわいくなってる。私は気合いを入れると、傍らに置いたハンドバッグを手に持って、ぐっと立ち上がる。



 今日はアイツ(・・・)とのデートの日だ。私は部屋のドアの前に立って、大きく息を吸い込み、そして深く息を吐いた。


 正直、自分でも驚く程に緊張している。これまでもアイツと出掛けたことはあったが、ここまでの気持ちを持ったのは今回が初めてだ。


 違いはわかりきっていた。私は、きっと、アイツのことが好きになった。


 お金持ちで、何気に頼りになって、なんだかんだで優しい。私に良いように使われる立場なのだから、体のひとつ位要求してもいいのに、そんな話題は出そうになった事すらなかった。


 アイツとは大違いだ。おそらくは自分がヤリたい時にしか連絡せず、断っても私の家に乗り込んでくるクソ男とは。


 まさか、こんな奇妙な経緯で恋をするとは思わなかった。マッチングアプリだとか、合コンだとか、そんな経緯ではなく、正真正銘の偶然から生まれた恋心だ。


 私はそこに、奇妙な縁を感じていた。だから私は、これが運命なのだと確信していた。


 何せ運命なのだ。こう言うのは偶然転がり込んでくる物と相場は決まっている。よくわからないけど、神様か何かがこうなるように道筋を作ってくれたようにしか思えない。


 今のアイツには彼女がいるけれど、男なんてみんな、結局見た目で相手を選んでいる。

 そして私は、アイツなんかよりもよっぽどかわいい。だから、奪うことだって容易くできるだろう。


 大丈夫だ。自分を信じろ。私は昂りを抑えつつ、「よしっ、」と意気込み扉を開けた。



◇ ◇ ◇ ◇



 待ち合わせの場所は駅前にした。映画館まではそれなりに距離があるが、そこに行くまでに色々話をしたかったのだ。


 バスが停留所に止まる。プシュー、と音がして、ドアが開く。私は料金を支払ってから、急いでバスから降りて、アイツの姿を探す。



「……あっ、」



 そして私は、あの男の――田中の姿を発見した。


 相変わらず黒一色の服で、気だるそうに背筋を丸めてスマホを弄っている。私は彼の姿に、「おーい!」と手を振ると、田中は私に気が付き、こちらを向いた。


 私は急ぎ足でアイツの所へ寄る。田中の前に行ったところで、「待った?」と聞いて、彼は「いや、別に」とぶっきらぼうに返事をする。



「なんか、彼氏彼女みたいな会話だね」



 私は笑いながら、冗談めかしくそんなことを言う。


 恋愛の本か何かで見た。こう言う時は、恋人と言う関係性を意識させた方が良いのだって。

 コイツを射止めるためなのだから、こう言う気恥しい会話もしなければならない。私は田中の反応を伺い、チラリと彼を上目遣いで見ると、彼は表情を変えずに、「…………あ、そう」とだけ答えた。


 なんだよ、その虚無った反応。私は一瞬そんな思考が過ぎったが、すぐに頭を切り替えて、不快な感情を打ち消す。



「そう言えば、どっか違うと思わない?」


「え? …………あー、口紅いつもより色濃いな」


「他は?」


「は? …………肌白い? まつ毛長くなってるとか?」



 田中は淡々とした調子で、私の顔をまじまじ見つめて呟いていく。


 表現はともかく、概ね頑張った所は言い当てられている。コイツ、やっぱり結構こう言う所気が付くタイプだったか。私は少しばかり心が弾んだ。



「てか、そんなのいいから。……とりま、まず飯行かね?」



 田中が私に提案する。私は「ん!」と言って、彼の言葉に乗ることにした。


 いつもなら私がどこ行くかとか言うのに。私は彼が少し積極的なことを意外に思いながら、それを嬉しく感じて、弾むように彼に付いて行った。



◇ ◇ ◇ ◇



 サイ○リアにやって来た私たちは、テーブルに座り、それぞれが頼んだ料理を思い思いに食べていた。



「私よくわかんないんだけどさ、これから見に行く……マ○オの映画って、面白いん?」


「…………見てないからわからん」


「いあ、なんか、見に行った人の評価とかさ、あるじゃん。どうだったのって聞いてんの」


「レビューとかって、下手に見ない方がいいんだよ。ネタバレ踏むから」



 田中は私から目を逸らして、あしらうように受け答えている。私は彼の反応に物足りなさを感じて、ムッと口を尖らせた。


 コイツ、会話を楽しむ気あるのか? もうちょい楽しそうにしてくれてもイイじゃん。私は机に突っ伏して、たらたらと彼女に話しかける。



「ねぇ、もうちょいいい反応返してくれてもイイじゃん。せっかくのデートなんだし、楽しもうよ」


「……は? ……お前、これ、デートだと思ってんの?」


「私はそうだと思ってるけど。男と女が出かけてるんだよ、こんなのもうデートじゃん」


「…………」



 田中は私の言葉に何も言わず、スっと私から目を逸らした。


 ……なんだよ、コイツ。私が話しかけてるんだから、普通もっと会話をしようとかならねぇのかよ。


 そんなに私の事どうでもいいのか? そんなの、なんか、傷付くじゃんか。私ははぁ、とため息を吐いて、田中と同じように目線を横に向けた。



「……なあ、」



 と。そんなタイミングで、田中が私に話しかけてきた。私はすぐに彼の方を向いて、「なになに?」と笑い、返す。



「お前、この後時間あるか? 少し、伝えたいことがあって」



 田中が真っ直ぐに私を見てくる。私は彼の言葉を聞いて顎に手を当て、少しばかり考え込む。


 ……伝えたいこと。なんだろう? 今までの反応からして、ここで『付き合って』みたいな流れは無いと思うけど。


 いやでも、まぁ。別に、ちょっと話す位なら、いいか。私は「うん、いいよ」と彼に笑いかける。



「ん。ありがと」



 田中が感謝を述べたことに、私の心は少しばかり揺れた。


 ……何だ、コイツ。こう言う返し出来るんじゃん。私は心を弾ませながら、「うん」と返した。



◇ ◇ ◇ ◇



 食事を終えた後、私は、田中に連れられて、映画館の傍にある、廃れた商店街へと来ていた。


 誰がやっているのかわからないファッション店。古臭い雰囲気のある猫カフェ。なんでこんな所でやってんだって言う謎の英会話教室。ところどころシャッターが降りていたり、明らかな空き家が点在する中で、売れているのかどうかわからない店が穴を空けたかのようにポツポツと建っている。


 田中は私の手を掴み、商店街の狭い路地をするすると歩く。私は彼からの温もりにほんの少しばかりドキドキとしていた。


 なんか、リードされているみたいでイイな、これ。私は彼の繋ぐ手を、弱く、キュッと握り返す。


 そして私は、商店街の中の、少し広い空き地にへとやって来た。


 元々は建物でも建っていたのだろうか。店が並んでいる中で、秘密基地のようにぽっかりと空いてしまっている。端の方は雑草が茂っていて、明らかに手入れがされていない。


 ……こんな人気の無い所に連れて来て、一体どう言うつもりなんだろうか。


 まさか、ガチのガチで告白だったりするか? 私はごくりと唾を飲み、彼の姿を上目遣いで見つめる。



「……なに?」



 少し不安げに、しおらしく言ってみる。田中が私の声に振り返って、じっと私を見つめてくる。



「……実は、」



 実は? 実は、なに? 私のドキドキは、一気に昂りを見せて、



「……悪いけど。今日はもう、映画に行く予定とか無いんだ」



 ……え? 私は突然訳の分からない事を言い出した田中に首を傾げた。


 と、その時。空き地の路地や草の影から、突然、2人の男が現れた。


 1人は線の細いもじゃもじゃ頭の眼鏡で、もう1人は、髪がヤケにチリついた天パの男だった。


 コイツら、あの時の漫研の連中……! 私は現れた連中に目を見張り、ぐっ、と一歩後ろへ後ずさった。


 けど、田中が私の手を掴んでいて、私を逃がそうとしなかった。私は一気に肝が冷えるのを感じ、恐怖心で息が乱れる。



「ど、どう言うことだよ、これ」


「どうもこうも、お前をハメたんだよ」



 田中が私を睨みつけながら言う。私は左右を見回し、ゆっくりと近づいて来る2人の男へと目を移す。


 2人とも、スマホを構えて、私を撮影しているようだった。私は意味のわからない事態に殊更混乱して、「なに、なんだよ、これ、一体!」と声を震わすことしか出来ず。



「…………松田さん」



 と、私の後ろで、幽霊のような暗い声がした。私はギョッとして振り返ると、そこには、やたらと背の高い1人の女がいた。


 ――鬼戸川音々。田中の彼女で、暗い雰囲気の漂ってる、ボサボサ髪でそばかすの浮いた、どこからどう見ても陰キャなブス女。


 鬼戸川は、私が通ったこの空き地への入り口を塞ぐように立っている。彼女もまたスマホを持って、私のことを撮影している。


 その瞬間に、ようやく、私は事態の整理が追いついた。


 ――つまり。私はこの瞬間、逃げ道を失ってしまったのだ。

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