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第1話「大人になっても運命の恋とか信じちゃう奴が心底気持ち悪い」

「そ、その、避妊は、絶対する。当然」


「う、うん。当たり前」



 薄暗い部屋の中。緊張で頭の中が目まぐるしく回転する中、私は目の前の男に擦り寄った。



 ――運命の恋。昔、高校時代の私の友人が、新しく出来た彼氏を自慢しながら、そんな事を言っていたのを覚えている。


 私はそれを聞いて、『なにクセェこと言ってんだコイツ』と思っていた。なぜって、この世に『運命』なんて、そんな物はどこにも存在しないからだ。



「そ、それと、その……な、情けないけど……は、初めてだから。い、色々と、その、至らなかったら、ご、ごめん」


「う、ううん。それは、私も同じ。仕方ない」



 運命の恋。そんな物は所詮、自分の恋愛を、他人とは違う、価値あるロマンティックな何かだと思い込みたい、そんなしょうもない女心(笑)を振りかざした、気持ちの悪い女の、痛々しい妄想に他ならない。


 だけど、時として異性との出会いは、自分の人生に大きな影響を与える。ある意味では、それを運命などと呼ぶのだろうが。



「そ、それと――。

 ……万が一――いや、しっかり勉強して来たから、無いとは思うけど。でも、もしも、万が一、その、避妊に失敗したら……。

 ――責任は、絶対に取る。だから、安心して欲しい」



 私は目の前に立つ男、河野(こうの)真白(ましろ)の真剣な声と、真剣な目と向き合う。私こと姫川(ひめかわ)詩子(うたこ)は、耳まで顔を真っ赤にさせて、「う、うん。わかった」と、彼に寄り添い。



 ――運命の恋。自分の人生を大きく変えた、とある異性との恋。そう言う意味では、彼とのこれまでと言うのは、まさしく、その言葉に該当するのだろう。


 だけど、やっぱり私は、コイツとのこれまでを、『運命』などとは呼べなかった。なにせ私たちが辿った人生は、そんな綺麗な言葉で片付けられるほど、キラキラとした物では無かったからだ。


 今でも覚えている。初めての彼との出会いは、夏と秋の変わり目の季節。なんてことのない、とあるコンビニでのことだった。



◇ ◇ ◇ ◇



「突然呼び止めたかと思えば今度はだんまりか。……ねえ、もう帰っていい?」



 目の前にいる、線の細いもじゃもじゃ頭の男が、そうと言って肩を落とした。


 身長は、まあ、私よりも若干高いのかな? と言う程度(ぶっちゃけほとんど変わらないレベルだが)で、気だるそうな目が黒縁の眼鏡の奥からこちらを覗いている。私はもやし男の面倒臭そうな佇まいを見て、肩に大荷物を背負ったような疲れを感じ、思わずため息を吐いた。



「……心外だな。人の顔を見てため息をつくなんて」


「あーもーうっさい! ちょっと今ごちゃごちゃしてんだから黙ってて!」


「そんなに怒らなくてもいいでしょ。まったく、僕が何をしたって言うんだ……」



 河野はやれやれと言った感じで肩を竦めた。悔しいことにめちゃくちゃ正論だから私は何も言い返すことができない。



「……あんたを呼び止めたのには理由があんのよ。私のこういう姿を見られたからには言っておかないと気が済まない」


「……こういう姿とは?」


「漫研所属の清楚で愛くるしい姫川詩子さんが、高校の頃のジャージ着てビニコンでやっすい発泡酒と枝豆とカルパスを買ってる姿よ!」


「えっ……そんなの気にすることかい?」


「男には分かんない理由があんのよ!」



 私は感情的になりギャンと怒鳴ってしまった。河野が露骨に目をしかめて、私に『うるさい』と訴えかけてくる。



「……そんでさ。だからさ。私がこういう格好で出歩いてたって言うの、大学でバラさないで欲しいんだよ」


「バラすもなにも元から言う気はないよ。というか本当になんでそんなの気にするんだい?」


「……色々あんのよ」


「……もしかして漫研のモテないオタクくんたちにチヤホヤされたいからってやつ? ……うーん、そんなテンプレみたいなオタサーあるんだね。芸が無いな」


「そんなんじゃないし。てか辛辣ね、あんた。モテないオタクね〜、まあ私が言うのもなんだけど、あんたそれブーメランよ?」


「僕は気にしてないからいいよ別に」



 河野はそう言うと大きくあくびをした。どうやら、本当に気にしていないようだ。


 ……河野真白は学内ではちょっとだけ有名な奴だ。


 基本的に1人でいて、いつもぼーっとしている。スマホを弄っているか本を読んでいるのがデフォで、サークルにも入っておらず、講義が終わるとそそくさと帰ってしまう。

 帰ってしまったあとの彼が何をしているかは誰も知らない。日常生活で彼を見つけたら、ゲームのガチャで☆5が確定で出てくるという噂から、密かに『確定ガチャ』なんて言うあだ名まである。


 漫研のモテないオタクくん、などと彼は発言していたが。私から言わせてもらえば、こいつだってアレと大して変わらない。


 そもそも、河野真白だって十分重度のオタクだ。なかなかエッチなイラストの描かれたライトノベルを、まあ臆面もなく読んでいたのはもはや神々しささえ感じた。


 他にも昼休みにはベンチや屋上などで寝ている姿も散見され、学内では結構な変人として知られている。


 女子からの評価はおおむね悪く、男子からもちょっと距離を置かれている。そんなぼっちライフを満喫しているのが、河野真白と言う男だ。少なくとも私は、こいつが誰かと一緒にいるのを見たことがない。



「……あ、肉まん買ってたんだった」



 河野が呟きながらレジ袋から肉まんを取り出した。普通は忘れない物だと思うけど。


 そして河野は取り出した肉まんをパカりと割ると、「うわあ、曇る」と眼鏡を曇らせて呟いた。何をのんきな。



「……そんで、私の話わかったの?」


「わかったもなにも、最初から言わないって。……熱っ」



 河野が肉まんを頬張る。はふはふと言いながら金魚のように口をぱくぱくさせる。



「あふ……ん……。

 ……そもそもで、君は僕が誰かと他人の私生活について話しているのを見たことがあるのかい?」


「いや、ないけど」


「なら心配はないよ。君の恥ずかしい秘密を他人に言いふらして何の意味があるんだ。どう考えても面倒臭くなるだけじゃないか」



 そうかしら? 結構いるのよ、他人のプライベートを赤裸々にして話を盛り上げる奴。特に私のような『姫』で『ぶりっ子』で『女子連中から嫌われてる奴』のプライベートは、ね。



「それじゃ、僕は帰るよ」


「あっ、ちょ、待ってよ!」


「まだなにかあるの?」


「……あ、いや。ていうか、あんた家近いの?」


「うん。アメゾン・アミーゴってアパート。305号室」



 聞いてねーわ。ていうか、うわあ。私のアパートから5分程度の所じゃない。私は世間の狭さに愕然とした。



「とりあえず、約束よ。いい?」


「ん。そんじゃ、バイバイ」



 河野はそう言って私に手を振った。



「……ホントにわかってんのかな。……はあ」



 私は、せっかく買った酒とツマミがまずくなるなとため息を吐いた。



「……あ、そだ」



 そして私はスマホを取りだしいつもやっているソシャゲを起動させた。ガチャの画面に移り、試しに1回だけ引いてみる。



「……うわあ」



 見事に大当たりだ。欲しかった限定☆5を当てた私は、喜んでいいのか良くないのかわからず結局うんざりとしてしまった。


 そうして私は、冷えた夜をとぼとぼと歩き自分の部屋へと戻っていった。



◇ ◇ ◇ ◇



 これが河野真白との出会いだ。女子とは都合が良いもので、出会った異性がイケメンなら運命の出会いと定義付けるが、一方でソイツがチン毛頭の陰キャくんであったなら記憶に留めようとはしない。人によってはハンカチを拾って貰ったのにキレ回るだろう(昔そういう目にあってるオタクくんがいた)。


 しかし現実とはラノベより数奇なもので。私はその後、この男とは恋人となり、挙句の果てには結婚までしてしまう。

 果たしてこれは運命か。だとしたらなんというクソッタレな運命か。

 ……と、普通の人ならそう思うだろう。しかし、変人陰キャに惚れてしまった女の感性が、普通であるわけがないわけで。


 これは、非モテ童貞陰キャオタクくんと、見た目だけはそこそこ良い性格ゴミカスの姫が精神的・肉体的に結ばれるまでの物語である。

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