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輪廻

作者: あいうえお.

 最初、私たちは一対の箸でした。温泉街の土産物屋で売られている、朱塗りのちょっと高級な箸です。ちなみに私たちの価格は400円でした。まだ消費税が導入される前の、消費者がいちいち面倒な計算をする必要がなかった頃の話です。


 あなたはヤンキーに憧れていて、事あるごとに「我命有限(わがいのちあるかぎり)永遠愛続えいえんにあいしつづける」って言ってくれました。私がその度に「それどぉぃぅ意味? ぁたしバカだからわかんなぁぃ」とカマトトぶると、あなたは恥ずかしそうに「オレとお前は一連托生ってことだよ、言わせんなし」と言って、朱塗りで元々赤いのにさらに真っ赤になっていましたね。


 ある日私たちは還暦くらいの女性に買われ、彼女の家に連れて行かれました。彼女の名前は「はつ江」と言いました。婦人会の旅行で温泉に来ていたのです。


 はつ江さんは夫に先立たれて一人暮らしでした。彼女はやたら煮物が好きで、毎日私たちは根菜ばっかりつつかされました。二日目の煮物は醤油や出汁が染み込んで、これでもかと言うくらい茶色に成り果てていました。


 はつ江さんは高齢故か握力が弱くおまけにせっかちだったので、よくご飯やおかずをはさみ損ねてポロポロと落としました。中でも里芋は、つるつるの箸である私たちから頻繁に滑り落ちました。

「くっ……オレたちに何らかの凹凸、例えばねじれやギザギザがあれば……」

あなたがそう言って地団駄踏んで悔しがる声が里芋のぬめり感と共に今でも蘇ります。あなたは箸として食べ物をはさむという使命に燃える、いわばプロフェッショナルなのでした。


 消費税が導入された年の秋、はつ江さんは入院しました。椅子に乗って食器棚の上の土鍋を取ろうとした瞬間にバランスを崩して転倒したのです。パリンと土鍋は割れて、はつ江さんの腰の骨も一緒に割れました。何故彼女は棚の上なんかに土鍋を置いたのでしょう?


 はつ江さんは退院後娘と同居する為に隣の県に移り、家は無人になりました。やがて家は取り壊される事となり、私たちは他の不要な物と共に廃棄されました。


 高温の焼却炉内でみるみる私たちは炭化していきました。

「ぁなたとぁたしゎ……ぃっしょぅけんめい……たべものをっかんで……がんばった……しょうきゃくろ……ぁっぃ……けど……ぁきらめるのょくなぃって……がんばった………でも……しょうきゃくろ……ふかぃ……でられなぃ……ぁなたとぁたしゎ……ズッ恋(ずっと恋人)だょ……!!」

そう、私とあなたはまた巡り合い一緒になる事を誓ったのです。


 そして私たちはそれから何度も何度も何度も、ニアミスやすれ違いを繰り返しました。


 消費税が5パーセントに上がった年、私たちは靴屋にいました。私は2,980円(税込3,129円)の女性用サンダル、あなたは斜向かいの棚に置いてある7,540円 (税込7,917円)の男性用革靴でした。消費税5パーセントの場合、税の計算は税抜き価格から一の位を取って半分にするだけなので比較的簡単でしたね。同じ店にいながらあなたとペアになれなかった事に私は落胆しましたが、同じ空間にいられるだけでも幸運だと自分を慰めていました。


 ある日あなたは足から凄まじい臭いを放つ男に試着され、そのまま買われて行きました。あまりの悪臭にあなたの相方は失神していましたね。私はあなたのかかとを成す術なく見送りました。私の方の相方は「チョ→ウケるんですけどw」って死ぬほど笑っていましたけど。


 消費税が8パーセントまで上がりましたが、まだ私たちは一つになれていませんでした。消費税8パーセントはなかなかに計算がやっかいでしたね。私たちは実に様々なものとなってニアミスしました。


 磁石のN極とN極の時は、泣きながら反発し合いましたね。虚数同士の時は、会った瞬間すぐ消えてしまいました。ナトリウムと水だった時は、触れた瞬間大爆発を起こしました。


 敵同士だったこともたくさんあります。例えば巨人ファンと阪神ファン、ふなっ◯ーとく◯モン、ハブとマングース、キラーT細胞と病原体、与党と野党、千葉県と埼玉県、きのことたけのこなどです。その度に私たちは運命を呪い、来世に賭けました。


 消費税はさらに上がり、とうとう10パーセントになりました。計算はとても簡単! やったネ!


 オリオン座の三つ星の中で隣同士だった時は、瞬きで会話しましたね。でも近く見えてもあなたまでの距離は数百光年もありました。二人とも同じ水分子の中の電子だったこともあります。でもあなたは私とは別の電子と非共有電子対を形成していました。あの時は、あなたのとなりの電子にさえ妬いたわ。


 私が点Pであなたがタカシ君だった時は、曲線y=x^2と直線y=xで囲まれた部分をx軸のまわりに回転させてできる回転体の表面を縦横無尽に動き回り、受験生たちを翻弄させる役割を見事に果たしました。スピードを上げれば上げる程受験生たちの溜息は増えていき、最終的に受験会場はお通夜みたいな雰囲気になっていましたね。でも調子に乗り過ぎたのか誰も解答に辿り着けなくて、私がタカシ君に追いつく事はついぞなかったのです。


 人間だった事も何度かあります。ある時は人妻と郵便配達人、ある時は人妻と生協のお兄さん、ある時はPTAの役員同士、ある時は高校の数学教師と不良生徒でした。あなたはいつだって来るのが遅いんです。


 そして消費税はついに50パーセントまで上がりました。計算は単純ですけど、税抜きと税込の価格の差が激し過ぎて目眩がしますね。


 今度の私はボタンとして生まれました。一個1,500円、税込ですと2,250円にもなる、お高い水牛ボタンです。


 ベテランの職人さんの手によって、私はオーダーメイドのジャケットの前身頃にしっかりと縫い付けられました。その時あなたの気配を感じて私は職人さんの手元に注目しました。初老の職人さんは慣れた手つきでミシンを操りボタンホールを作っていきます。最後にリッパーで穴を開けた瞬間、あなたが現れました。あなたはボタンホールという、周囲の布地や糸に依存した不可解な存在でした。つまりボタンである私があなたにすっぽりと嵌る事でやっと一つになれるのです。


……ついにこの時が来た。


 ドキドキしながらその瞬間を待ちました。職人さんはジャケットのボタンを上から順に留めていきました。私は上から二番目のボタンです。ところが……


 一つ下の穴やないかーい!!


 私のすぐ下のボタンがあなたをくぐり抜けたのです。何もない空間であるあなたの分まで私は叫びました。私の声なき絶叫は作業部屋に虚しく響き渡りました。何度目でしょうか、またすれ違いです。


 でも私はあきらめません。あなたと対になるその日まで、何千年何万年でも待ちます。例え消費税が20000パーセントになろうとも、挫けません。


 だって……ぁなたとぁたしゎ……ズッ恋(ずっと恋人)だょ!!


 私は下を向き、あなたにウィンクしました。



ありがとうございました。

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