Deus future :parallel
「………………なんだこれ。」
一人の少年――――――産絹 末里は、町内会のゴミ捨て場であるものを発見した。
それは、少女。
見目麗しい、神秘的な少女だ。
末里はアジアの極東の国に住む、17歳の少年である。
現在高校二年生、成績は並み。友達付き合いは少なく、尊敬する人は?と聞かれたら「ご先祖様」と即答するような少年である。
「えー、なんで女の子…………捨てられたのか?拾ってくださいってことか?」
まるで犬猫に対するような感想を抱きつつ。ゴミ出しを終わらせて少女を担ぎ上げた。軽い、ちゃんと食べているのだろうか?などと場違いなことを考えつつ、とりあえず家で保護することにした彼は、帰路を急いだ。
さて、話は数時間前に遡る。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
摩天楼の中、ゴミの散乱する路地を少女が駆ける。
入院着のような真っ白い、無機質な服、白髪に覆われた顔は幼さを残しつつも、美しく、儚い。
紅玉の瞳を後ろにちらと向けると、そこにはピストルを持った男たちが追いかけてきていた。
(捕まるわけにはいかない―――――!もう、あんなところに戻るのは嫌!!)
心の中で、そんな悲痛な叫びを上げながら、逃げる、逃げる。
後ろから足元を狙って飛んでくる弾丸をなんとかかわして、落ちているゴミや新聞を後ろの男たちに投げつけて邪魔をしながら、走る。
「―――――っ!!」
もう少しで路地から大通りに出ようというその時、目の前に黒塗りのセダンが割り込んできた。
窓からは銃がチラチラと覗いてこちらを脅しつけている。
「やっと、捕まえたぞ。A―104」
冷たい………感情を感じさせない声。
A―104
少女につけられたコード、人工生体兵器開発局、「セフィロト」の被造物たる彼女を表す、名前。
「………っーーああぁっ!!」
瞬間、彼女の白目が黒色に染まり、血涙を滂沱のごとく溢れさせる――――。
「まずいっ!!暴走だ!射殺許可、殺して構わんっ!!」
軽やかな音をたてながら、これまで殺さぬように気を付けて発砲されていた銃火が少女の胴体へと殺到する。
しかし
「がーーあぁっ!!」
死なない
いや、死ねない。
生物兵器の終着点
見た目で油断させ、要人の側まで潜り込み、ボディチェックでは取り上げることのできない武器で人体を破壊できるようにデザインされた、デザインベビーたる彼女が本気を出せば、ピストルの弾くらいは耐えられる
(クルマヲ――――コワスッ!!)
理性が飛び、暴力衝動に身を任せそうになるのを必死で押さえつつ、進路を邪魔する車を腕のひと振りで弾き飛ばす。さすがに横転とまではいかないが、数十センチ道を開く程度にはずらすことができた。
一トン以上ある車にそんなことをすれば、いくら生物兵器でも無事ではいられない、腕はグシャグシャになってしまったが、アドレナリンが痛みを麻痺させてくれていた。
(イマノ、ウチニッッ!!!)
一筋の活路
そこに向かって走り、体を滑り込ませる。暴走が深まり、口許からは牙がはみ出ている。
誰にも見つかってはならない。見られてしまえば、こんなバケモノ、すぐに騒ぎになって追っ手に気づかれる。
「ナんで…………わた、し………だけ……………――――――こんなことに、ナル、ならっ――――――――――」
心なんて、生まれなければよかったのに。
兵器としてデザインされた彼女は、ポツリと、そう、ベッドの上で呟いた。
「………………なんか、ヘビーな寝言だな。」
少女を家に連れ帰った末里は、涙を流しながらそんなことを言う彼女を見てしみじみとそう言った。
ため息をつきながらベッドの方を見ると、彼女の目がうっすらと開き、覚醒したことを悟る。
「よ、起きた?大丈夫か?」
「あっ…………。」
優しそうな頬笑み
目の前の少年は誰だろう?
自分は、彼らに追われて、なんとか逃げ延びて………………。
と、そこまで考えが及んだとき、少女はすうっ、と自分の血の気が引く音を聞いた気がした。
殺される――――――!
自分が、ではない。
目の前の、彼が、である。
セフィロトは巨大な組織だ。サブマシンガンを装備した実行部隊を数千名擁し、一部の政治家とすら繋がりがある。そのうえ、少女のような存在を作り出している時点で道徳や倫理が通じる相手ではないというのは容易にわかるだろう。
とても、目の前でへらへらしている少年に抗いうるものではない。
「ん?どしたの?体調まだ回復してない?」
「…………違う。おねがいだから、帰して。」
ぶっきらぼうに、その優しさを拒絶する。ここで受け入れたら、きっとすがってしまうから。
すがってしまえば、また
「………っ。」
紅色の光景がフラッシュバックする。
彼女に至るまでのA―001からA―103までの103体の試作機。それらはすべて、実験を繰り返すうちに壊れて、廃棄処分された。
巨大なシュレッダーのようなもので、グチャグチャにされて…………。
――――――大丈夫だよ。君は妹みたいなものだから、きっとここから出してあげる。
柔らかな笑みを浮かべて、そんなことを言ってくれた彼女も……………結局約束を果たせず泣きながら肉骨片になった。
「…………マジで大丈夫?なんかあるなら話してみてよ。できる限り………何とかするからさ。」
話してしまいたい。
この優しそうな男の子に、すべて。
でも、そうしたら…………この子も。
少女の脳裏をぐるぐると暗い想像が駆け巡る。目の前の少年がミキサーにかけたトマトのように細切れになっていく様が、頭に浮かんでは消えていく。
「…………だめ。あなたみたいな子供じゃどうにもならない。」
「ふぅん…………。」
あぁ、きっと、嫌われた。
彼女自身、こんな態度は感じが悪いと思う。助けてほしそうなのに、それを拒否して。かといって逃げ出すこともせずに。
そんなことを、考えていると。
「じゃあいいや。こっちで調べるから。」
―――――へ?
思わず間抜けな顔をして彼の顔を見やる。
今、何て言った?この人は。
「あー、もしもし?母さん?実は…………女の子を拾ってしまいまして?」
ニヤリ、と不敵な笑みが浮かぶ。
サプライズを仕掛けるいたずら好きの彼氏のようなその表情に、A―104と呼ばれた彼女は、嫌な汗が止まらなかった。
少女を苛む理不尽
権力と暴力を手中に納めるおぞましき者達
逃れられぬはずの強固な鎖は―――――――
それを嘲笑し踏み躙る圧倒的と呼ぶことすら烏滸がましい不条理と
馬鹿げた、狂ったとすら形容できる力によって
砕かれる。
「そう、なんかワケありっぽくてさ。
見つけた場所?ウチの近所のゴミ捨て場。うん、そう」
にやにやと、とても楽しそうに“母“と電話するソレは
「ウチの偵察衛星なら見てたでしょ?たぶん昨日の夜か、今日の早朝。そっから辿ってみてくれる?」
さらりと、本来国家事業で運営されるべき軍事用衛星の所有を匂わせたそれは
「ん、ありがと。俺も愛してる、じゃあね。
…………………さて、母さんにはこんなとこで良いだろ。で、だ。名も知らぬ少女よ。俺としては、事情によっては人を殺すのも俺が死ぬのも覚悟出来てるが……………。」
通信端末の電源を切って、サラリととんでもないことを言いながら一言。
「君が悩んでる“それ“。世界そのものと喧嘩できるくらいの理不尽かい?ぶっちゃけ、ゴジラ以外ならたぶん何とかできると思うけど。」
自分が、自分達こそが、世界そのものだ、と
のたまいやがったのである。
と、そんなこんなで。
動き出したのは
「完全集権の独裁体制によって統制される2040年代アメリカ軍産複合体」とでも呼ぶべき、理不尽。
まだこの地にモンスターと呼ばれる者達がはびこっていた時代に設立され、恐怖と恫喝によって強制的に戦争を停止させた、“世界の警察“
「P・M・F総司令カトリーナ・セレスから極東軍に下達。息子からの通報により、極東での調査を行ったところ、国際法に違反するテロ組織の存在が明らかになった。なお、この件には当事国の一部政治家も関わっているとの情報がある。ターゲットリストは各部隊に共有、纏めて仕留めろ。」
P・M・F
ピース・メイキング・フォース
世界のあらゆる場所で、人道にもとる兵器の開発や少年兵、侵略行為を監視し、各国間の条約を違反した際の武力制裁を行う、最強の軍事組織。
莫大な資金と、数百年前から保有している私有地から湧き出る資源、それらに裏付けられた最新兵器と物量により、
この世界のありとあらゆる理不尽を蹂躙する、理不尽の権化
「情けない。嗚呼、まったくもって情けない。無垢な少女が食い物にされ、泣き腫らしていたというのに私たちはなにも気づけなかった。なんとも情けなく、惨たらしく、悲しいことか―――――――これは我々の罪だぞ諸君。
なれば、この罪は彼女たちの流した血と涙を、それ以上の量を外道どもに流させることで灌がねばならない。」
朗々と吟うように、踊るように、司令室に凛然とした声が響く。
先祖伝来の外連味溢れる言い回しを好む彼女は、その口先ひとつで兵士たちの魂に火をつける。
「目標、人工生体兵器開発局セフィロト。善良な少女を泣かせるゴミどもを焼却処分してやれ。」
「「「「copy!!!」」」」
かくて、事態は動き出す。
彼らの脅迫によって傀儡と化したこの世界の各国政府が
彼らに提携している各国の大企業が
彼らが保有するF―35A戦闘機の群雨が、M1A4エイブラムス戦車とM109A9自走砲の絨毯が、輸送機に乗せられた特殊部隊の大隊が、海上で待機するジェラルド・R・フォード級航空母艦とアーレイバーク級イージス艦を有する一個艦隊が
たかだか一国すら支配しきれぬ中途半端な権力と、たかだかサブマシンガン程度しか装備していない数千ぽっちの微妙な兵力でいきがる研究機関に
牙を
剥いた。
「井の中のカエルは井の中で泳いでれば良いものを。俺らの目についたのが運のつき、ってね。」
「…………っ、え、……………ええぇっ?」
産絹末里
極東の国の高校生にして、世界を監視する軍事組織の総司令子息である。
これは
ボーイミーツガールから始まる、
ありふれた喜劇
「イラつくやつは焼き尽くせば大抵なんとかなる」で動く一人の狂人と
そんな彼に振り回される一人の少女のお話。
拙作『dei ex machina~悪役令嬢戦略譚~』のパラレルワールドの、未来の物語です。
普通の「ボーイミーツガールから非力な少年が成長し、自分より遥かに強大な敵に立ち向かう」話が好きな方は申し訳ありませんでした。一度やってみたかったんです。