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26〜33

26. 春先の夜のがらくたの中




 わたしは焦っているのだといわれた。




 いつも何かに追い立てられてるようだと。






 かなしいってなに。

 つらいってどれ。












 わたしが今ここに五体満足で健康に生きてるのはかなしいことだ。

 同時に本来なら喜ぶべきことでもあると。

 そう思う。














 粗大ごみ置場の小綺麗ながらくた達に共感する。

 そんな初春の夜。

 今日もひとり。

















 生きることはかなしいことだ。







27. 無意味




 ただただ無意味。不毛。無価値。いつまで経っても報われないよ。生きてるのかな。死んでるのかな。どっちも似たようなもんだと思う。痛み。眠気。うつろ。狂気。このままずっとこのままおちてく。頭痛。吐き気。衝動。破壊。結局あたしには何も無かった。






28. かみなり




 幼い頃、わたしは雷を酷く怖がっていた。

 空がうなり出すとパニック状態になって、机の下に潜り込んで震えていた。

 その時の感覚に似た感覚をどこかでいつも抱いている。

 両耳を堅く塞いで、ずっしりとした鉛色の空を努めて見ないようにして、いつ吠えるかもわからない轟音に脅えながら、ただただ晴れるのを待っている。



 大人になった今でも、あの頃のまま、何ひとつ変ってやしない。

 雷に脅えている。

 何がかみなりなのかもわからないまま。






29. 海に帰る









 夕暮れの海は、とてもあたたかそうだ。

 彼女はそう思ってしまった。



 学生鞄を砂の上にどさりと落として、海に向かって走り出した。

 頭にはバカでかいヘッドフォン。ボリュームは最大。

 お気に入りの音楽が、ことばが、体中に響き渡る。

 そのうち海の中にばしゃばしゃと入っていった。

 止まろうとしない。

 ふらふらの体のバランスを取るように、飛ぼうとするかのように、両手を広げて、ずんずん進んで行く。

 膝、腰、腹、胸、首、

 やっと包んでもらえた。

 あたたかい水のなか。

 頭、



 穏やかな夕暮れの海で、彼女の姿はどこにも見えなくなった。






30. 帰る



 あなたはいつだって正しくて。

 いつだって正論しか言わない。

 だからなんにも言えなくなる。


 あなたはいつも論理的で。

 非論理に溺れて泣きじゃくるわたし。

 子どものままの感情論。

 あなたの目の前でむせび泣く。

 だけどあなたは気が付かない。

 いつだってそうだねもう慣れたよ。

 嘘だよ全然慣れないんだ。

 大人になってもまだ慣れない。

 いまだに泣いてるこどもの自分。

 自分の中に住んでいる。


 あなたが愛しくてたまらない。

 だけどあなたに会いたくない。

 愛しいからこそ会いたくない。

 この時期になると思い出す。

 あなたに会うと思い出す。

 ひとりで泣いてるこどもの自分。

 あなたのヒステリーに泣くこども。
















 お母さんごめんねこんな子で。

 ほんとはねあなたを愛せない。

 あなたに会いたいって思えない。

 だからいつも願っている。

 願いながらふるさとへの道を行く。

 いつか優しくなれる日が来る。

 いつか許せるときが来る。

 いつか愛せるときが来る。

 いつかいい子になれる日が来る。

 願いながら今年も道を行く。

 山の奥地のふるさとへ。
















 今年はちゃんと笑ってただいまって言えるかなって。

 














 怖い。











31. 誰か泣いている





 夜中に突然僕の家を訪れた彼女はいきなり泣き始めた。

 僕は声を出すことができなくて動くこともできなくて、ただ彼女が泣くのを見ていた。

 僕はどうしたらいいのだろう。

 僕に何ができるのだろう。

 彼女は僕のことが好きだと言う。

 僕は彼女のことがかつて好きだったと思う。

 だけど今はわからない。

 僕にはどうすることもできない。

 どうにかなったらいいのにとは思う。

 彼女の痛みも孤独も悲しみも絶望も。

 彼女の中にある名前も決められていないつめたくて重たい感情の塊も。

 僕には理解できないしこれからも理解することはないと思う。

 なぜなら僕はもう彼女を愛していないから。

 だから僕には理解できないんだ。

 理解しようとしない。

 理解しようとしたくない。

 そして彼女もそんな僕を理解できないし理解しようとしない。

 なぜなら彼女は僕を好きだから。







 彼女はこのまま誰にも理解されないまま生きて死ぬのだろうか。

 僕はこのまま彼女を理解しないまま、彼女に理解されないまま生きて死ぬのだろうか。






 僕は泣きじゃくる彼女の前から去った。

 彼女はいつまでもそこでひとりで泣いていた。

 いつまでもいつまでも。

 ねえ。

 いつまでそこにいるの。

 そのまま死んでしまうの。











32. こわい



 生きていると怖いものはたくさんあって、克服だとか払拭だとかそんな大それた考えをすることすら放棄してしまう。ただ見ないようにするだけ。そうやって生きてきた。解決には至っていない。だけどどうにかなると思っていたし実際そうだった。そんなことだから何度も繰り返してしまう。どうしたらいいのかよくわからないけど恐怖に射すくめられて立ち尽くしてしまう。弱い。脆い。なんだこれは。どうしたらいいんだ。怖い。眠れない。動悸が収まらない。寂しい。寂しい。痛い。寒い。大丈夫。大丈夫だけど。大丈夫なはずなのに。なのに眠れない。わかってる。自分でどうにかしなきゃいけない。いくら居場所があったって、いくら周囲が支えてくれたって、立ち上がるのは自分の足でしかない。がんばらなきゃ。がんばる。がんばらなきゃいけないんだ。わかってるくせに。自己否定と自己卑下をする暇があるなら動いてみればいい。それだけのこと。恐怖に克つんじゃなくて恐怖から逃避すればいい。耳をふさいで目をそらせばいい。大丈夫。大丈夫。こんな夜もある。何度もあった。だけどどうにかなってきた。だから大丈夫。これだから夜は嫌だ。早く眠りたい。眠れないならせめて早く朝になってほしい。早く夜が明けてほしい。早く恐怖心どっか行ってほしい。寂しい。誰かと話がしたい。












33. いつかわたしがまともになれたら


 海に行こう。

 手をつなごう。

 並んで歩こう。

 笑い話をしよう。

 一緒に暮らそう。

 家族になろう。

 お母さんになろう。

 誰かを想って生きよう。

 いつかわたしがまともになれたら。

 まともになれたら。



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