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007 嬉しい、恥ずかしい、あとお兄ちゃんうざいという複雑な気持ち


 土曜日の早朝、校門前にはレジャーシートとカメラを抱えた中年男性たちが並んでいる。そのややおじさん臭い人混みの中に、男子高生が一人混じってシートと真新しいカメラを手に並んでいた。



 どこまでも続きそうな澄み渡る青空、ひばりの鳴き声が響く今日はまさに体育祭日和である。しかし、今日は俺の体育祭ではなく、妹である風花の通う中学校の体育祭である。


「明日の体育祭、風花のあんな写真やこんな写真を撮りまくるからな。」


 昨夜、俺は真新しいシルバーの一眼レフカメラを構えながらそう言った。このカメラは、夏休みの最後に自分の貯金をはたいて購入したものである。


「お兄ちゃんの気持ちは超嬉しいけど、ただただ言い方が気持ち悪いなぁ。」


 風花は嬉しい、恥ずかしい、あとお兄ちゃんうざいという色々複雑な気持ちが混じった表情を見せた。

  

「風花、試し撮りしていい。」 


「嫌だよ。恥ずかしいから。」


 そういいながらもカメラを向けると、風花はばっちりとグラビアアイドルのようなポージングをとった。


 シャッターを下ろす。


「保存しマスタ。」


「お兄ちゃん、ほんと私のこと好きだね。」


「妹が嫌いな兄なんていないさ。兄を嫌いな妹がいないようにね。」


 村上春樹風に、しょうもない戯言を呟いてみる。


「必用条件の逆がまた真だとは限らないよ。」


 風花からの辛辣なつっこみ。できれば、真だと信じたいものだ。


「ってか何でお前中学生のくせに、高校数学の知識を持ってんだよ。」


「妹はスペックが高いのです。頭脳しかり、運動しかり、可愛さしかり。」


 ポージングをころころと変えながら、風花はカメラ目線でそう言い切った。


「自分で言うな。」


 俺と風花がそう言ってリビングでじゃれていると、我が母君が台所から話しかけてきた。


「お母さんは弁当作りで忙しいから、場所取りは任せたわよ。わかってるでしょうけど、死んでも日陰を確保しなさい。」


「はいはい。」


 母からのお達しで、俺は朝早くからたくさんのお父さん方と混じって場所取りをする事になった。ちなみに我が青葉家の父は、残念ながら休日出勤で来られないらしい。


 それにしても小学校ならともかく、中学でもこれほど多くの親が観覧場所を確保するために並ぶとは。過保護の親が増えたということだろうか。


 7時半になり、中学校の管理人さんが校門を開けてくれた。それと同時に荷物を抱えた保護者たちがなだれ込む。


「押さずに、走らないでくださいねー!」


 そんな呼びかけも無視して一目散に場所取りに走る保護者たち……。我が子のためなら、マナーなどお構いなしである保護者の姿が多く見られた。


「公共マナーとは、道徳教育の意義とはなんぞや。まだコミケの方がましじゃね?」


 そんなことを言いながらも、俺も日陰を確保する必要があるため、早歩きでグランドへと向かった。何とか藤棚の下の日陰に場所を確保でき、レジャーシートを広げてその上で本を片手に寝っ転がる。



 本を片手にいつの間にかうとうとしてしまっていると、聞き慣れた少女の声が空から降ってきた。


「せーんぱいっ! おはようございます。」


「うぉっ!? ちろるんじゃん。なぜここに!?」


 いつの間にか俺の傍には、一つ下の後輩である桜木ちろるがいた。


「テニス部の後輩たちの応援にきたのです。もちろん風花ちゃんの応援もですよ。」


 ちろるは普段の制服姿とは異なり、膝丈のアイボリーのレーススカートに、紺色の半袖シャツ、くるぶしまでの白い靴下にナイキのスニーカーという清楚系コーデだった。


「そっか、今日のちろるんは清楚系コーデだな。ちろるはなんか、ショートデニムにオーバーサイズTシャツとか、ストリート系のイメージだったけど。」


「ふふ~ん、私も中学の頃より大人っぽくなったのですよ。それに、清楚系の方が先輩は好きなのかなぁっと思いまして。」


 その発言が少し子供っぽいが、確かにちろるは私服も最近の流行などを色々気にかけているようだ。


「そうだな。よく似合ってるよ。今年の女子の流行であるオフニュートラルカラーも押さえてるし、ナイキのスニーカーをチョイスする辺りが好感度高いわ。」


「そ、そうですか/// ありがとうございます。……ってか、何でそんな女子のファッションの流行とか詳しいんですか? ちょっと……」


「ちょっと……なんだよ。」


「そのぉ、ちょっと気持ち悪い……といいますか。」


「はぁ? なんだよ。女子のファッションに関心ないと『私に興味ないのねっ!』って怒るくせに、関心もったらもったで気持ち悪がられるのかよ。」


「いやまぁ、それは程度の問題ですよ。」


 ちろるは困ったように笑いながら、ふと俺の首に掛かっている一眼レフに目を止めた。


「あれ、ゆきちゃん先輩っ! カメラ買ったんですか?」


「おぉ、夏の終わりに貯金を崩して買ったんだよ。」


 カメラをちろるに向けると、「わっ、ちょまっ!?」とちろるは慌てて顔を背けてしまった。そして髪を撫でつけてからこちらを振り返った。


「何でそんな慌てるんだよ。」


「もう~いきなりカメラ向けないでください。乙女は少しでも綺麗に撮ってもらいたいんですよ。」


 まぁ確かにそういうものか。いきなりカメラ向けられたら、つい身構えてしまう心理はわからんでもない。


「写真撮ってもらってOKですよ。可愛く撮ってくださいね?」


「うん、元から可愛いから大丈夫だよ。」

「はう///」


“パシャリッ”とシャッターのおりる音が鳴り、ちろるの恥ずかしそうに頬を赤らめる表情が切り取られた。


「あっ、今わたし絶対変な顔になってた! 先輩が可愛いとかいうからですよっ!」


「大丈夫だって。いい表情だよ。」


 ちろるは俺からカメラを奪おうと掴みかかってきた。仕方ないので先ほどシャッターを切った写真を見せてやる。


「うわぁ、もじもじしてる! 恥ずかしいから消してくださいよ。」


「嫌だよ。ちろるんっぽくていい写真だろ?」


「なんですかちろるんっぽいって!? 断固再撮影を求めます!」


「わかったから、ほら撮るぞ。」


 ちろるは俺の構えるカメラに向かって、にこっと笑顔を作った。


「うーん。悪くない、悪くないけど普段の笑顔の方が自然でいいな。ほらもっと笑って笑って~」


 俺はそう言いながら、家の鍵に付けている猫のキーホルダーをカメラの傍でふるふると振った。


「わぁ可愛い! って、ちょっと子供じゃないんですから。」


 ちろるんは笑顔になるどころか、逆に不機嫌そうに頬をふくらませてしまった。


「写真撮るのって難しいな。もっと自然な笑顔を撮りたいのだけれども……。」


「うーん、普段の雪ちゃん先輩を見てたら、よく笑っちゃうんですけどね。」


「それ、どういう意味だよ。普段の俺は笑っちゃうほど滑稽なのか。」


「鼻で笑っちゃうほどです。」


「こいつ、完全にバカにしてやがる。」


「ふふっ、冗談ですよ。」


 そう言って笑う彼女の自然な笑み。

 思わず見惚れてしまってから、慌ててファインダーを覗きこむ……が遅かった。


「あぁっ、しまった。今の笑顔を撮るべきだった。……写真もなかなか難しいなぁ。」


 頭を掻きながらカメラを下ろした俺を、ちろるはじっと見つめてから再び自然な笑顔で笑った。


「ふふっ、でも先輩――なんだか楽しそうですよ。」


「そう? まぁ写真もなかなか奥が深いみたいだ。」


「まぁ今日は私よりも、風花ちゃんの素敵な写真をいっぱい撮ってください。」


 その時、ちろるのスマホの着信音が鳴った。どうやら同じ中学時代の部活仲間かららしい。おそらく一緒に来る約束をしていたのだろう。


「すみません、友達が呼んでるので……。」


 ちろるはどこか名残惜しそうな表情を浮かべてそう言った。


「あぁ、こっちも母がもうすぐ来るらしいから気にせずに。また後でな。」


「はい、では失礼します。」


 礼儀正しくぺこりと頭を下げて、ちろるんは校舎側へと駆けていった。


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