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006 遺伝子も、育つ環境も、全く同じ人間なんて存在しない

 翌日もまた学校帰りに公園に立ち寄り、氷菓を姉貴たらしめる修行を行った。昨日の続きで氷菓に俺を罵倒される。


 俺はMではないので、気分がいいものではない。しかし、別段悪いものでもない。


「雪のっ――(※非人道的ワード)!!」


「うーん……。」


 やはり昨日の凄まじい凄みは偶然だったのか。いや、もしかすると……。


「なってない! 姉貴は四皇並みの凄みがあるぞ! 姉貴はビッグマムみたいな……っ!?」


 まただ――姉貴の悪口を俺が言おうとすると、突如恐ろしい殺気がくる。やはり――そういう事か。


「よし、今日はもう一つ新しいことを教える。」


「う……うん、お願いします。」


「姉貴らしさの根本には、先ほど練習していた冷酷さや凄みよりも、さらに大事なものがある。」


「さらに大事なもの……?」


「それはだな――自分の理想を掲げて、それを実現するためには、どんな困難にも打ち勝とうとする情熱だ。」


「情熱……!」


「そうだ! 姉貴らしくなりたいなら、容赦ない冷酷さと共に、熱い情熱が必要だ! しかし、こればかりは俺が教えられるものではない。」


 姉貴の理想――それは日本の教育を変えるという崇高なもので、それを実現するための熱い情熱を持っている。それが一番の姉貴らしさであるが、こればかりは人に教わってどうこうできるものではない。情熱を捧げられるものは、人それぞれ違うからだ。


 その課題は氷菓だけではない。俺だって、自分が情熱を捧げられる何かを見つけなければならない。


「それを身に着けるには……具体的にどうしたらいいの?」


「そうだなぁ。俺にもわからんから、そこにいる本人に聞いた方が早いと思うけど。」


 俺はそう言って、公園樹の木陰を指さした。


「――全く、愚弟に気づかれるとは、私もまだまだ修行が足らんな。」


「っは、姉貴よ。俺への殺気が隠しきれてないぜ。」


 忍びがごとく、姉貴は木陰から跳びだして来た。自分で言っててなんだが、弟への殺気が隠しきれないって何だろう。


「えっ!? ふっ、吹雪さま! なぜここに!?」


「うちの愚弟が、女子から罵声を受けて喜んでいるという噂を聞いたのでな。」


 その噂には、俺への風評被害が大いに含まれている。誰だそんな噂を流した奴は。


「いや、氷菓が姉貴みたいになりたいっていうからその修行で……。」


「そうか、氷菓。では、お手本を見せてやる。」


「っえ? ちょっと待って!」


 姉貴は逃げようとする俺の襟後ろを掴み、相手を戦慄させる冷徹な表情で言った。


「お前さ――、ピ――(※洒落にならないレベルの相手の心を折る言葉)」


「……グハッ」


「ふ、吹雪さまの一言で、雪が膝から崩れ落ちた……。」


 俺はその場で力なく崩れ落ちたが、それは無論言葉の力だけではない。姉貴のやつ、氷菓の目に捉えられぬ速さで腹に一発いれてきやがった。


「まぁ、ざっとこんなものだ。」


「す、すごいです! さすが吹雪さま! 私もそんな風になりたいです!」


 目をきらきらと輝かせる氷菓に、姉貴は突き放すような冷たい口調で言った。


「氷菓、残念だがお前にそれは向いていない。」


「えっ……なんで……」


「私を理想にしてくれたことは素直に嬉しいし、きっと私を真似ることから学ぶことも多いだろう。向上心を持つことはいい事だし、モデリングというそれ自体は悪い方法ではない。」


「そ、そうですよね!」


「ただし――断言する。氷菓は私と同じにはなれないし、なる必要はない。」


「……っ!? そんなのわからないじゃないですか!」


「いや、わかるよ。私だって氷菓――お前に憧れたことがある。しかし、私が氷菓みたいになりたいと思ってもなれないのと同じだ。」


「……へ?」


 ぽかん。

 驚愕の表情。


 思いがけない姉貴の言葉に、驚きで氷菓の瞳は大きく広がった。自分が憧れていた人が、自分に憧れていた――それは確かに驚いてしまうのも仕方ない。


「お前みたいに可愛らしくて、みんなからフレンドリーに慕われる人間になりたい。しかし、私が望んでもそれはできなかった。そこの愚弟の言う通り、私は自分の長所である凛々しさや力強さを活用し、生徒会長としてできる事に全力を捧げた。」


 姉貴はそっと氷菓の肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。氷菓は頬を赤らめ、とろんとした瞳で姉貴を見つめる。


「遺伝子も、育つ環境も、全く同じ人間なんて一人も存在しないんだ。私には私のよさがあり、氷菓には氷菓のよさがある。だからこそ、もっと自分のよさを伸ばす事に意識をもってほしい。私の真似をする氷菓より、自分らしさを磨いて輝く氷菓の方が、素敵だと思うぞ。」


「そ……そうですかね……///」


 おぉ、これが百合か。なかなか悪くはないものである。片方が自分の身内でなければだが。


「あぁ、こんな愚弟との修行など、当てにするものではない。お前は私の真似はしなくてもいい。」


「っ……。でも……。」


 不安気な表情を浮かべる氷菓は、姉貴をすがるように見上げた

 

 その不安に応えるように、姉気は言葉を紡ぐ。


「自分はどうしたいか――自分はこの学校をどう変えたいかを真剣に考えることが大事だ。その想いが強ければ、揺るぎない熱い情熱の炎となり、その眩い火に多くの人が集まり、彼らもまた火をくべ支えてくれる。わからなくても、それでも考え続けるんだ。お前ならきっと大丈夫。」


「はっ、はい!」


 氷菓は目を見開き、姉貴の言葉に力強くうなずいた。


「っでは、私は予備校に行かねばならない。そこでいつまでもうずくまっているどうしようもない弟を頼んだぞ。」


 そう言って、姉貴は颯爽と消えて行ってしまった。


「くそ、姉貴の奴。好き勝手にいいやがって……。まぁ姉貴の言う通り、俺も氷菓は氷菓のままでいいと思ってたけどな。」


「そ、そうだったの……? っじゃあなんで修行に……私に付き合ってくれたの?」


「そりゃ……、お前が一生懸命だったからだよ。氷菓が本気で姉貴みたいになりたいって望むなら、それが正しいかどうかは別として、本人の意志は尊重したい。一生懸命な人間は、それなりに報われるように世界は回るべきだと思った。だから手伝ったんだと思う。」


「……そっか。 うん……、ありがとね///」


「体育祭が終わったら、生徒会選挙だもんな。もちろん、立候補するんだろ?」


「うん! ”吹雪さまみたい”じゃなくて、“自分らしい”生徒会長を目指してみる! まぁまだ選挙で当選できるかもわからないけどね。」


 少し自信無さげに言った氷菓だが、しかし憑き物が取れたようなすっきりした顔付であった。


「順当にいけば大丈夫だろ。少なくとも俺の一票は氷菓に入れるから安心しろ。」


「ふふっ、ありがとう!」


 永森氷菓は、泣く子も黙る生徒会長――青葉吹雪に憧れていたロリっ子副会長である。そんな彼女の選挙活動は、体育祭が終わった後のお話である。


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