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022 神崎さんからの思いがけない告白

 俺の隣で濡れた髪をなでながら、ちょこんと女の子座りの姿勢に座り直した神崎さんに、一つ気になることを質問してみた。


 「神崎さんはさ、部活とか進路の事とかで悩んだりしないの?」


 俺の問いに、神崎さんは「うーん」と喉奥で声を発し、少し思案する表情を浮かべた。


「そうだね……。私は――フルートに全部捧げてもいいって思うくらい、フルートが好きなんだ。まぁ……私はあんまり賢くないし、不器用だから、一つのことに集中しないとできないってこともあるんだけどね。」


 そして神崎さんは、自分の見定める進路について、意を決したような表情で教えてくれた。


「だからね、来年は――国立の音大を受けたいなって思ってるの。」


「えっ、そう……なんだ。」


 思いがけない彼女の告白に、俺は単純に驚いてしまった。


 音大――音楽のプロを養成するための教育機関だ。あまり詳しくはないけれど、特に学費が安い国公立の音大の入試は、かなり難易度が高く狭き門だと聞いたことがある。


「すごいね……。音大ってすごく……エリートっていうイメージがあるな。」


 その言葉に、神崎さんは少しその表情に影を落とした。


「うん……そうだね。私ね、フルート始めたのは中学の時からでさ。でも、音大を受ける人って、物心がついた頃からプロのレッスンを受けてる人とかいっぱいいるんだ。だから、正直一年で受かる自信はあんまりないんだけど……。」


 ――神崎さんは、中学の吹奏楽部でフルートに出会い、その音色に魅了された。


 普通の人なら、一生においてもフルートという楽器に触れることすらないだろう。一般的には、中学の吹奏楽部でフルートを始める方が自然なはずだが、音大となるとそれでは遅いらしい。


 好きこそ物の上手なれという言葉にあるよう、神崎さんはめきめきとその腕前を上げた。親に少し無理を御願いして、中三の夏からフルートのレッスンにも通わせてもらい始めたそうだ。


「高校も、音楽科のある私立の高校にするか、普通科の高校にするかで迷ったんだ……。」


 音大に行くなら音楽科のある高校に進学した方が良いのだろう。しかし、音楽科の高校に行けば、朝から晩までひたすらずっとレッスン漬けの毎日であるらしい。その時の彼女は、まだ自分の人生の全てを、音楽にかける覚悟はできなかった。


「人生の百%を音楽に身を捧げる覚悟がないなら、普通科にしときなさい」


 進路に悩んでいた時、フルートのレッスンの先生にそう助言されたそうだ。今の俺たちが通っている高校を選んだのは、県内でも一番吹奏楽部が強いことが理由だそうだ。入学後、やはりフルートのプロ奏者を目指したいという想いが強まり、現在は毎日空いている時間のほぼ全てをフルートの演奏に費やしていると言う。


「でも、普通科の高校にしてよかったって思う。こっちの高校生活でしか得られない、楽しいこともいっぱいあるし、フルートだって……頑張ればきっともっと上手くなる。」


「そうだったんだ。全然知らなかった……。」


「うん……。だって、こんな話……あんまり人にはしないからさ。でも、言葉にした方が夢は叶うって言うし、これからはもっとみんなに言っていこうかな……。」


 神崎さんは普段見せない、少し自信のなさそうな表情でこう続けた。


「本当は進路のこと……決心したつもりでも、今もまだ不安がいっぱいでさ。雪くんが色々悩んでるみたいに、私にも悩みがあるのだよ~。」


 最後はわざと明るく振る舞う様に、笑顔でそう言った。おそらく空気が重くならないように気を遣ってくれているのだろう。


「そっか……。なんか今まで、神崎さんってあんまり悩みが無さそうに見えてた。」


「え~っ! それってどういう意味かな? なんか悪口に聞こえるなぁ~。」


「いや、そういうつもりじゃないんだけどっ……。でもさ、普通は一つのことを突き詰めて、その道で生きていこうって決心なんてできないから……、神崎さんの決断は本当にすごいと思うよ。」


「あう……/// 雪くんに褒められると、照れちゃうなぁ~。でも、私だって勉強も部活も、色々な事に頑張れる雪くんがすごいと思うけどなぁ。」 


 照れる神崎さんは率直に可愛いかった。そして神崎さんの言葉の一つ一つは、俺の心を羽毛でやさしくなでるようだ。ふわふわするような少しこしょばくも、幸せな感覚に陥らせる。


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