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021 神崎さんの「ワトソンくん・・・、それはだね~」というホームズの真似は可愛い

 醜態をさらしたサンドアートから解放され、ふて寝をしようとパラソルの下で寝そべっていた時、俺の頬にキンキンに冷えてやがる金属製の何かが触れた。


 驚いて飛び起きると、いたずらな笑みを浮かべながら、ポカリスエットの缶を持つ神崎さんの姿があった。


「大変だったね~、お疲れ様。雪くん、のど乾いてないかな?」


 そう言って、神崎さんは俺の隣にちょこんと腰を下ろし、ポカリの缶を俺に差し出した。


「え、もらっていいの……? ありがとう。」


「いえいえ~、どういたしまして。こちらこそさっきは助けてくれてありがとうね。」


「こちらこそ、どうしたしまして。」


 そう言って、俺は神崎さんから結露の雫が光るポカリを受け取った。


――あれ?


「……。」


 っていうか、このポカリ封開いてるし……、若干中身が少なくなってる……。もしかして、このポカリって神崎さんが飲んでたやつか!? まじでか? 「私と関節キスしてもいいよ!」ってことなのか? いや、待て待て……これは神様に試されてるのだろうか……どうなんだっ!?


 欲望と理性の狭間にいた俺に、神崎さんは突然、「雪くん、サッカー部のキャプテンになったんだね。」と話を切り出した。


「っえ? なんで……神崎さんがそれを知ってんの?」


 驚いてそう尋ねると、神崎さんは少し含みのある笑顔を見せた。


「えへへ~。ワトソンくん……、それはなぜかと言うとだね~。ヒントその一、私だって夏休みは部活で高校に行ってるのだよ。」


 神崎さんは指を一つぴんと立てて、ヒントその一を提示した。ホームズを意識しているのか、探偵っぽい語り口になってるのが可愛くて、話の内容があまり入ってこない。


 えっと……、吹奏楽部も、夏休みは部活で高校に行っているがヒントか。なるほど、なるほど……。駄目だっ、やっぱり神崎さんが可愛いということにしか頭が働かない。


「うーん、まだわからないかな? ヒントその二、最近の私はグランド前の石段の近くで、個人練習をしているのだよ。」


 神崎さんはもう一本指をぴんと立てて、ヒントその二を提示した。グランドと校舎を繋ぐ石段からなら、サッカー部の活動の様子もよく見えるだろう。そこからサッカー部の練習風景を見ていたら、俺がキャプテンになった事に気づいてもおかしくない。

 

 いや……、でも夏休みに入ってからというもの、神崎さんの姿を俺は見た記憶がないのだけれど。もし傍に神崎さんがいたら、俺の中の神崎センサーが反応し、間違いなくすぐに気が付いているはずだ。


 しかし、結局それ以外の答えは思い浮かばず、「サッカー部の練習を見て、俺がキャプテンになったって気づいたの?」と神崎さんに尋ねた。


「うん。正解だよ!」


 神崎さんはにこっとほほ笑みを浮かべた。


「雪くんは部活に一生懸命集中してて、全然気づかなかったかもだけどね。私、最近グラウンドの石段のところで個人練習してるんだ~。」


「そうだったんだ……。全然気付かなかった……。」


「そしたら、前までよりも雪くん、部活ですごく頑張って声出してたし、雪キャプテン~って後輩から呼ばれてるの聞こえてきたからね。」


 そっか……、そうだったのか。神崎さんが傍にいるのに気が付かなかったなんて……。以前の俺では考えられないことだ。神崎さんへの恋心を失くそうと試みている俺にとって、これはほんのわずかな事だが、確実に一歩成長したと言える。この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である!


「……。」


 でも、どこか……、何となく少し寂しいような感覚がした……。そしてその事には気が付かないように俺は努めた。


「キャプテンなんてすごいなぁ。さすが雪くんだね。」


 神崎さんは少し上目遣いになり、感心するような表情で俺を眺めた。水に濡れた彼女の前髪が、なんとも色っぽく見えてしまう。


「いや、ちゃんとキャプテンできてるのか……、正直分かんないんだけどね。サッカーだって、子供の頃に無理やり地元のクラブチームに入らされて……それで高校も何となく続けてるって部分あったし……。」


 もちろん、キャプテンとして任命された以上は、責任感を持って人一倍頑張らなければと思っている。だが、部活にだけ俺の全て捧げるというほどの熱意はない。


「そっかぁ。雪くんはサッカー好きじゃないの?」

「……。」


 神崎さんの唐突な質問に、俺は何と返答するべきか言葉に詰まった。


「好き……と聞かれたら、もちろん好きだと思う……。でも、練習が辛いときもあるし、別にプロのサッカー選手になろうとしてるわけでもないし……。」


 神崎さんは、上手くまとまらない俺の話を、最後まで静かに耳を傾けてくれていた。


「それに……部活よりも、他にも大事な事もいっぱいあると思うし、そっちでも今は色々悩んで……、サッカーは好きだけど、それだけにかまけてるっていうわけにもいかないのかな。でも、そんな自分が中途半端なんじゃないかって思ったりもして……。ごめん、あんまり話がまとまらなくて。」


 そう頭を下げる俺に対して、神崎さんは「ううん、雪くんの言いたいことはわかるよ。」とほほ笑んだ。


「だから俺は……部活にしても、他のことにしても、そんなに……上手くできてる自信はないかな。もっと一つのことに打ち込んだり、一つの事に自分の心を捧げられたら、きっともっと上手くできるのかもしれないんだけど……」


 勉強と部活のことだって、俺は中途半端な努力をし、それに見合ったB+からA-くらいの評価を得ているだけだ。自分からA+、Sの評価を得るため全力で努力しようとはしない。


 将来のことだって同じだ。特にこれと言って夢もなく、それなりにいい大学に行ければいいかぐらいに思っている。いつか本当にやりたいことが見つかればいいと思っているが、そんなものいつ見つかるんだ? 


――神崎さんとちろるの事もそうだ。自分の心に対し、いつも中途半端で決心がつけられない。いつになったら決められるんだ? そんな自分が嫌になってしまう。


 神崎さんは、そんな俺に対して優しく微笑みながらこう言った。


「うん……そっか。でも私は、“雪くんは”今のままでいいと思うんだ。」

「えっ?」


 “雪くんは”という言葉が、妙に強調されて聞こえた気がした。


「あっ、変な意味じゃなくてね……。雪くんは頭がよくて、色々なことがわかるから、その分多くのことで悩むのかもしれないと思うんだ。」


 静かに神崎さんの意図する言葉に耳を傾ける。


「だけど雪くんは――、きっと色々な事を同時にやったり、考えたりしながらでも、ちゃんと全部上手くこなせる人だと思う。もし一つに選ばなくちゃ駄目な時も、その時になれば自分の選ぶべき道もわかる。だから、雪くんは今のままでいいと思うよ。」


「……そうかな。」


 一つに専心するのではなく、今自分ができる事やするべき事に幅広く務め、そして自分の選ぶべき道を悩み続ける。それで本当にいいのだろうか。


「うん。それにさ、何か一つに決めて全部を捧げるって大変だし、それが……正しいかどうかも、自分がどうしたいのかだってわからない時があるから……。悩んでるって事は、真剣に考え続けてるって事だから……、私は何も悪くないと思うよ。ごめんね、私も話が上手くまとまらないや。」


 神崎さんは慈愛に満ちた表情で、俺をやさしく包み込むように語りかける。


「――うん。雪くんなら……きっと大丈夫だよ。」


 なんだか、胸の奥がぽかぽかと温められるような感覚がした。神崎さんは、やっぱりただ可愛いのではなく、人として尊敬できる素敵な人だ。


「……ありがとう。神崎さんの言いたい事は……とってもよくわかったし、すごく励まされた。」


「そっか。よかった~。」


 神崎さんはそう言って、少し照れくさそうに笑った。


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