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015 なんだ、ちゃんと自分の気持ち言えるじゃん


「何で嫌なこと言われてのに黙ってんの? 意味わかんない」

「……え?」


「あそこの三人、みんなあんたの悪口言ってるよ? 窓際の私にも聞こえてるんだから、あんたにも聞こえてるんでしょ?」


「そ……それは……」


「あんな事言われて、嫌じゃないの? 別に嫌じゃないならそれでいいけど」

「い……、嫌だけど……。でも……私には……何も……できない……。」


「ふーん。あっ、そう。っじゃあ、私が代わりに言ってきてあげるよ。」

「……え? ちょっと……待って……」


 絵梨ちゃんの静止は一足遅く、風花は教室の入り口付近でたむろしていた、先ほどの女子中学生三人の前に仁王立ちになった。


「ねぇねぇ、人の悪口こそこそ言うとか……そんな事して楽しいの?」

「……はぁ? 何あんた? 喧嘩うってんの?」


「いや、別に? それが楽しいって思ってるなら、みんなつまらないなってさー」

「何こいつ? うざいんだけど?」


「こっちこそうざいんだけど? 言いたい事あるならはっきり面と向かって言えばいいじゃん。あ……まぁ、それはさっき悪口言われてた子にも言えることだけどね。」


「意味わかんない。もう行こうよ」


「ちょっと、まだ話終わってないんだけど。」


と、風花は相手の女子生徒の腕を掴んだ。


「何すんのよ! 離せよっ!」

「逃げようとすんなよ!」


「――――――やめてっ!!!」


 教室の入り口で揉め合う彼らの後ろから、悲鳴にも似た悲痛な叫びが聞こえた。


「もう……そっとしといてっ!!!」


 黒瀬絵梨は、涙をぽろぽろと零しながらも、必死に震える声を絞り上げた。その声に、教室中は水を打ったような静けさに包まれた。」


 その静けさを破ったのは、風花の声であった。


「何だ。ちゃんと自分の気持ち言えるじゃん。」


 風花はふっと絵梨ちゃんに笑みを漏らし、再び腕を掴んでいた相手と向き直った。


「あの子、そっとしといてほしいんだってさー。あんたら、これでもこそこそなんかしてるなら、次はもう許さないよ。」


「……っ!?」


 最後に痛みが走るほど強く相手の腕を握った後、風花は握っていた相手の手を解放し、何事もなかったかのように自分の席に戻っていった。


 この出来事は、生徒の間ではしばらく大きな話題となっていたものの、当時の教師陣の耳に入ることはなく、表立った騒動とはならなかったそうだ。風花の脅しが利いたのか、絵梨ちゃんの悪い噂をする輩もいなくなり、問題は沈静化していったらしい。


 その騒動があった日の放課後、風花は何事もなかったかのように家に帰ろうとした。そんな彼女を、絵梨ちゃんは慌てて追いかけて声をかけた


「あのっ……!」


 息を切らして追いかけて来た絵梨ちゃんを見て、風花は「およ?」と首をかしげ、きょとんとした表情で見つめた。


「あれ? なんで追いかけてくんの? そっとしといてって……、あれ私に対しても言ったんじゃないの?」

「それは……、そう……だったんだけど……。今は……ちがう。」


「ちがうの?」

「うん……さっきは助けてくれてありがとう。」


「別に、ただ自分が言いたい事いっただけだし。今度からは、自分の言いたい事があったら言わなきゃダメだよ。」


「うん……、そうだね……。でも……青葉さんも……、何でもは……、はっきり言わない方が……いいことも……ある……かも……」


「うーん……。そえば、お兄ちゃんもそんな事言ってたかも……? ところで、あなたのお名前は?」

「え……? 去年も……同じクラスだったよ……?」


「ま? うっそ、ごめん。全然記憶にないや。」

「いや……私の……存在感……ない……だけだから……。」


「存在感? そっか、面白いな~。それで、お名前は?」

「黒瀬……絵梨……です。」


「そっか。っじゃあ、えりりんだね~! 今のえりりんからは、何だかつまらなくない臭いがしてるよ。」

「……え? ごめん……、青葉さん……私から……、変な臭いしてる……?」


「あはは! 違うよ~! それと、私のことは下の名前の風花でいいよ!」

「……、それじゃ……風……ちゃん……で……」


「風ちゃん? おお、なんだか可愛い呼び方だね! バイブスあげみざわって感じ」

「ばいぶす……? あげみ……ざわ?」


「素敵な出会いに感謝だね~、マジあざまる水産っ!」

「あざ……まる? 水産……業……?」


 実際、まだその出来事から一年ほどしか経っていないが、それでもどこか遠く懐かしい過去の思い出に耽るように、笑顔で絵梨ちゃんは語ってくれた。


「そっか。そんな事があったんだね……。絵梨ちゃんには、辛い出来事でもあっただろうけど、話してくれてありがとうね。」


「いえ……。意地悪な噂を言われてた時は……、簡単に……こんな事言っちゃだめ……だとは思うんですけど……、死にたいとか……思っちゃうことも……ありました……」


「そっか……。」


 それは仕方ない、普通の事だと思う……。俺も中学生の頃は、女子に「うざっ!」とか、「キモッ」って言われた日にはもう、何度も死にたいと思ったものだ……。


 特に多感な時期は、自己を傷つけることで精神的な安定を求めてしまいがちである。もちろん絶対に死んではいけない。しかし、心無い言葉をかけられ、死にたいと思ってしまう事、それ自体を咎めることはできないだろう。


 黒瀬絵梨は、自己の辛い経験談を、当時の想いを含めて赤裸々に語ってくれた。


「私は……、自分が情けないと思って……、クラスメイトに悪口を言われる子供だって……親に思われるのも恥ずかしいし……、家族に心配かけたくないし……、一人で抱え込もうとしてたんです……」


 いじめの被害者が誰にも相談できない理由だ。自分がいじめられるような子供だと親に心配されたくない、そんな惨めな自分を親に見せたくないとつい考えてしまう。


「風ちゃんがいなかったら……あのまま……、一人で抱えて……今も辛い気持ちで……学校にいけなくなってたかも……しれません……。でも、風花ちゃんが……、はっきり言う事も大事だって……教えてくれたから……。」


 本当に辛いとき、誰かが傍にいる事で助けられることがある。笑顔になれることがある。困難に力を合わせて立ち向かうことができることもある。


 思った事を口に出せなかった絵梨ちゃんと、思った事をそのまま口に出してしまう風花……、意外と二人はいいコンビなのかもしれない。


「そっか……。風花は物事をはっきり言い過ぎるところあるからな。絵梨ちゃんと足して2で割ったら丁度いいのに。」


「……っふふ、そうですね。」


 穏やかな笑みを浮かべる絵梨ちゃんのひざ元では、我が家の愛犬のプーさんが穏やかに眠っていた。しかし、玄関のドアが思い切りよく開かれる音に、驚いたように目を開いた。


「ただいまっ~!! えりりん! お兄ちゃんに変なことされてない!?」

「う……うん……。楽しく……お話し……してただけだよ?」


「そっか、お兄ちゃんの事だから、妹の友達に手を出してるかもと急いで帰ってきたよ。」


「おい、ふざけんなよ。ところで、教頭のズラ叩き落とした件について詳しく聞こうか。」


「は? なんでお兄ちゃんがその事知ってんの? あっ! えりりん勝手にお兄ちゃんに私の事話したでしょ!」


 そう言って、風花は絵梨ちゃんにがばっと覆いかぶさるように襲い掛かった。絵梨ちゃんのひざ元で寝ていたプーさんは、慌ててゲージの中へと逃げ去った。



「ご……ごめんっ……! でも……校長先生の……眼鏡を叩き割ったことは……まだ言ってないから……。」


「あっ~! それもお兄ちゃんには秘密にしてたのに! もう許さない! 泣くまでこちょばしてやるっ!」

「ま……まって……、風ちゃん……、落ちついてぇ……!」


 そんな微笑ましい風景を眺めながら、俺はふと、きっといつか……、俺が今真剣に思い悩んでいることも、笑って話せる日がくるのだろうと思った。


「……っていうか、校長の眼鏡を叩き割るってどういうことだよ。」


 賑やかになった青葉家のリビングでは、心地よい眠りを妨げられた愛犬が、大きなあくびをしながら、じゃれあう二人の少女の姿を眺めていた。

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