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012 黒瀬絵梨は、気弱そうな黒髪ロングの妹の友達である。

 花火大会翌日の日曜日、やはり人混みを歩き回るのは体力をかなり使うらしく、俺は夢の欠片も見ることなくぐっすりと爆睡していた。セミの鳴き声と、窓から差し込む夏の陽光で、朝の九時ごろに一度目を覚ましたが、夏用の薄手のブランケットを頭から被り、もうひと眠りした。


 しかし、そんな多幸感溢れる至福の眠りは、家のインターホンを誰かが鳴らす音に遮られた。瞼をこすりながら、冬眠あけの熊のようにむくりと起き上がる。


「……郵便かな。」


 妹の風花が出てくれるかと思ったが、しばらくの静寂の後に再びインターホンの電子音が鳴り響いた。両親は仕事だし、姉貴は昨日から言葉先輩とともに、塾の夏季合宿に行っているため不在である。


 仕方なくベッドから起き上がり、大きく伸びをしてから玄関へと向かった。


「はーい。今でますよーっと。」


 玄関へ向かうまでに三度目のインターホンが鳴らされ、俺はパジャマ姿のままで玄関の扉をあけた。


「お待たせしました……あれ?」


 俺は完全に郵便の受け取りだと思って、手には印鑑を持っていた。しかし、玄関先にいたのは、昨日会ったばかりの見知った人物だった。


「す……すみません……。お休みだったところを……起こしてしまいましたか……?」


 この何とも気弱そうな黒髪ロングの少女は、俺の妹である風花の友人である黒瀬絵梨(くろせえり)であった。簾のように目にかかる前髪の下から、伏し目がちにこちらを覗きながらそう言った。


「あれ? 絵梨ちゃんじゃん。どしたの?」

「昨日……お家に……遊びに……おいでって……」


「うん? 昨日? あぁ、そういえば。」


 昨日の花火大会で、偶然出くわした際に、確かにそんなことを言ったような気もする。昨日の今日で早速来るとか、なかなかのフットワークの軽さだな。


「そかそか。風花と約束してたの?」

「……はい。」


 絵梨ちゃんは小さく首を縦に振った。まぁ、そりゃそうか。アポントなしに友達の家を訪ねてくるとかないわな、……小学生の頃の俺はよくやってたけど。


 だとしたら風花はどこに行ったんだ。まぁ、風に乗ってふらふら気の向くところへ飛んで行くような奴ではあるし、うっかり約束を忘れてる可能性もある……。


「うーん、そっか。申し訳ないんだけど……、今風花はちょっと出かけてるみたいなんだ。とりあえず、中に入って待ってなよ。お茶くらい出すし。」


「い……いえ……、お兄さんや、ご家族の方に……ご迷惑ですし……、ここで待ってます……。」


「ここって……玄関先で待つとか忠犬じゃないだし。今は俺以外の家族いないから気を遣わなくていいよ。外暑いから中で待ってな。」


「あ……ありがとうございます。」


 絵梨ちゃんは自分が履いてきた黒のローファーを、玄関先の隅っこに揃えて置いた。そしておずおずと俺の後に続いてリビングに上がった。


「何がいい? 麦茶? カルピス? アクエリ?」

「あ……、っじゃあ……麦茶で……。」


「はーい。」

「ありがとう……ございます。」


 風花にラインで現状を連絡すると、“ま!? 母さんに買い物頼まれて、駅前のスーパーなう。Bダッシュで帰るから、お兄ちゃん御もてなししてて!”と返信が帰ってきた。多分だが、約束を忘れてたなこいつ。


「風花のやつ、今近くのスーパーまで買い物に行ってるみたいだ。しばらくしたら帰ってくると思うよ。」

「は……はい。」


 とりあえずの御もてなしを済ませた後、俺は自分の恰好が依然、パジャマに寝癖だらけの寝起き姿である事に気が付いた。


「ごめんね、こんな格好で。ちょっと着替えて来るから……その間、プーさんと遊んであげてくれる?」


 プーさんとは、家の愛犬であるトイプードルである。人間の年齢に換算すると、もう結構のお歳をめしている。発情期になると父の脚にひたすら腰を打ち付けるという性癖があるが、それを覗けば無駄吠えもしないし、比較的大人しいお利口な犬である。


「プーさん……少し……太りました?」

「プーさんも、もう結構歳だからなぁ。」


 絵梨ちゃんは、プーさんの脚をつんつんしたり、頭をそっと撫でて喜んでいた。その間に、俺はパジャマから着替え、寝癖を整えた。


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