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007 手を繋ぐよりも恥ずかしいこと

 花火大会があるため、電車はいつもより人が多かった。浴衣の乗客も多いことから、おそらく目的地はみんな同じなのだろう。


 三宮の中心街についてからは、より一層人混みは急増した。とても居心地のいい状況とは言えないが、しかし、みなどこか穏やかな表情で、誰しも幸せそうな表情を浮かべている。それはきっと花火大会を心待ちにしていたり、祭りの雰囲気に当てられたりするからだろう。


「なぁ、ちろる――。人が多いから、はぐれるなよ。こんだけ人がいたら、一度はぐれたら再会するのはなかなか大変だぞ」


「……それは、雪ちゃん先輩の手を握ってていいってことですかね?」


 ちろるんはそう言って、少しからかう表情を俺に向けた。俺としてはもちろん、そういう事を狙っていったわけではない。


「いや……、ちろるんは好奇心旺盛だからな。こういう賑やかな場所だとすぐきょろきょろして、はぐれるんじゃないかと心配して言ったんだけど……」


 俺がそう言うと、ちろるは少し残念そうな表情を浮かべ、艶のあるピンクの唇を少し尖らせた。


「なーんだ。手繋ぎアピールかと思いました」


「そうではないけどさ……。別に、ちろるんがしたいなら、手を繋いでもいいよ」


「…………。」


 ちろるんは俺の手をじっと見て、何かと葛藤しているような表情になった。普段はゆで玉子のようにつるっとしている彼女の眉間に浮かび上がった皺の深さが、心中の葛藤の深さを表しているように見えた。


「うーん……。そうですね。でもやっぱり……手を繋ぐのは、お付き合いするまで大事にとっておきます」

「……そっか、わかった」


 ちろるはこれまで、俺を惚れさせるためにいつも全力でアピールしてきた。


 しかし、相手を惚れさせるために、べたべた相手の身体を触ることや、簡単に身体を触らせることを許すようなことは、ちるるは俺に対しても決して安易にしようとはしない。 


 まぁ、衝動的に抱き着いたりしてくることがなかったわけではない――しかし、彼女にとって、手を繋ぐことも含めて、直接的な身体接触を伴う行為はなるべくきちんと付き合ってからにしたいようだ。そういうところが、かえってより彼女の魅力として俺には映った。


 ちろるはもう一度、俺の手をじっと見つめた。


「っでも、袖は掴ませてもらいますね」


 ちろるはそう言って、俺の浴衣の袖をきゅっと握った。浴衣の袖が軽く引っ張られる感触に、思わずドキリとしてしまった。


「こっちの方が恥ずかしくない?」


「そうですかね?」


 手を繋ぐよりもこっちの方が、なんか余計に気恥ずかしいと思うのは俺だけだろうか。俺の袖を握りながら、ちろるはきょとんと首を傾げた。


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