037 神崎さんの運動神経の悪さは折り紙付きである。
ローストビーフの列へと、神崎さんの後ろについて俺も手ぶらで並んだ。人気のローストビーフは、欲張りさんがいっぱい取らないように、小さな皿に一人分ずつ取り分けられて配られるからだ。
「ねぇ、雪くん」
「……えっ?」
神崎さんに下の名前で呼ばれたことに、思わず驚いてしまった。
「いやぁ……みんなの前だと、やっぱり下の名前で呼ぶの、ちょっと恥ずかしいね/// 二人きりの時なら大丈夫なんだけど」
今日の球技大会で姉貴と俺が一緒にいる際、神崎さんと体育館の階段で遭遇した。その時に苗字で呼ぶのはややこしいから、下の名前で呼んでいい? という流れになったのである。
「そ……そうだね。ちょっと、俺も照れる……かも」
「っじゃあ、二人の時だけ……ってことでいいかな?」
「う、うん。もちろん」
っじゃあ、俺も神崎さんのこと、若葉って下の名前で呼んでいい? なんて恐れ多いことは、とてもじゃないが言えなかった。
「それにしても、雪くんは今日すごい活躍だったんだね!」
「いや、それほどでもない……けど」
「最後のまるせるる? ルーレットだっけ? すごいカッコよかったね。」
「ははっ、マルセイユルーレットだけどね。……っえ?」
「うん?」
神崎さんは、きょとんと不思議そうにこちらを見ている。
「神崎さん、サッカーの……俺らの試合……みてたの?」
「うん、最後の方だけしか応援できなかったんだけどね。大きな身体の人を、くるって回転して抜いてゴールを決めたところ、すっごくカッコよかったよ!」
「……。」
俺はとっさに後ろを向いてしまった。
「あれ? どしたの? 後ろの方に何かある?」
駄目だ……。もう嬉しすぎて顔がにやついてしまう。
俺の後ろに並んでいたおじさんが、にやつく俺をとても珍妙な物を見る目で眺めている。顔の筋肉をマッサージしてから、俺は神崎さんのいる方へと向き直った。
「いや、何でもないよ。観に来てくれてありがとう」
「えへへ……。本当はもっとみに行きたかったんだけど、女子の試合もあったからね」
これは、なんだか少しいい感じなのではないだろうか。結構、神崎さんは俺に対して、好感をもっていただけているのではないだろうか。
いや、これはただサッカーを観に行きたかったのであって、俺を見に行きたかったと捉えるのは早計である。あぶない、あぶない……でも、なんだかいい感じに話せている。
「神崎さんも……、バドミントン頑張ってたね。頭に羽がのったところ見ちゃった」
「えぇ!? もう、恥ずかしいなぁ。雪くんに運動苦手なのばれちゃったな」
いや、神崎さんが運動苦手なのはずっと前から知ってるんですけどね。体育の時とかもずっと目で追ってるから。
一年の時の体育の三段跳びが、まぁなかなかの衝撃映像であった。
三段跳びは、ホップ、ステップ、ジャンプが基本となり、スキップの延長線上みたいな感じで跳ぶ。しかし、この体育の時間によって、神崎さんがそもそもスキップができないことが判明した。
彼女のスキップについて説明すると、運動音痴で有名な某アナウンサーのスキップを参照していただき、それが少しだけましになったというか、可愛らしい動きになったものだと考えていただきたい。吹奏楽部でリズム感はある神崎さんだが、おそらく手と足を同時に動かす協調運動が苦手なのだろう。
まぁそのぎこちないスキップがこれまたすっごく可愛いので、どうかそのまま克服しないでいただきたいものだ。




