032 クラス委員長は、打ち上げ会場にこの世の楽園を選んでくれた。
学校外でクラスの面々と顔を合わせるというのは、なかなかない特別な機会である。
本来は打ち上げ等、わいわい騒ぐ場所は苦手なのだが、神崎さんと学校以外で一緒の時間を過ごせるというメリットがある以上は行かないわけにはいかない。
好きな人が参加するなら、例え地域のゴミ掃除だろうが、朝のラジオ体操だって参加する価値がある。中学時代、好きな子に偶然会いたいがために、無駄に校区内の公園や駄菓子屋を放浪していたのは忘れたい過去である。
二年一組の本日の打ち上げ会場は、神戸の中心街である三宮のスイーツビュッフェであった。
「一組のみんな! 今日は球技大会お疲れ様でした!かんぱーい!」
「かんぱーい!!!」
打ち上げの企画は当然仕切りたがりのクラス委員長である。
彼女は仕切りたがりで面倒な企画をすることも多いが、今日の打ち上げで会場にビュッフェを選ぶあたり、とても素晴らしいと感心する。
何を上から目線なんだと言われそうだが、本当は仕切る人に感謝しているのだ。仕切りたがりの人が好きじゃないだけで、自分にはできないから間違いなく感謝はしている。
ビュッフェ、もしくはブッフェであるが、和洋中何でもござれ、より取り見取りの取り放題のあの空間は、まさに下界の楽園……パラダイスである。
揚げ物と肉ばっかりの茶色いプレートを作ってみたり、大盛りご飯にカレーとハヤシルーを交互に食べたり、食べ盛りの若い男子高校生には夢の楽園だ。
否、男子だけではない。女子も、泉のように滾滾と流れるチョコレートフォンドュ、自分で焼くことができる熱々ワッフル、一口サイズの色とりどりのケーキ、プリン、あんこ餅、フルーツなど、女子の大好きと可愛いもいっぱい詰まっている。
初めて親にバイキングに連れていってもらった時は、世の中にはまだまだ自分の知らないこんな素晴らしい物が存在したのかと、世界の広さを思い知らされたものだ。
ちなみにバイキングとブッフェの違いは、バイキングは和製英語、ブッフェはフランス語という違いの他、食べ放題のバイキングと違って、ブッフェは自分で好きな物を選べるけれど、必ずしも食べ放題ではないという点だ。
まぁ日本のブッフェはほぼ全て食べ放題で、バイキングと実際変わりはないのだろうけれど。むしろバイキングが死語となり、ブッフェという呼称に変わりつつもある。
「お腹へったな~」
ラグビー部の太田君は、そう言いながらプレートの上に大皿を二枚乗せて、揚げ物コーナーへと一目散に向かった。
俺も彼に続いて、速攻皿をもってタンパク質を補給にかかった。球技大会からの部活で、俺の身体は何よりもタンパク質を補給したがっている。
唐揚げを3つ、チキンの岩塩ハーブ炒め、肉団子、豚バラの串揚げ、そしてご飯にカレーとハヤシルーを半分ずつかけたところで一旦俺は席に戻った。
打ち上げの席というものは、くじで決める以外の場合は概ねスクールカーストが発生する。
我がクラスでは、上座にイケイケ連中、真ん中に普通連中、下座にいけてない連中という感じで着席する。
別に誰かが決めてるわけではないが、豚の赤ちゃんが乳の出やすい場所を力の強い者順に占領し、一度決まれば他の乳房が空いていても、最初の決められた場所でしか乳を飲まないように、俺たちもまた自然と自分の定位置へとなんとなく自然に流れる。
俺の位置するところはだいたいいつも、若干下手側の非イケイケ連中と普通の真ん中くらいになる。
しかし、今日は何の間違いか上座の席に案内されてしまった。
上座には、男子は野球部の松坂、バスケ部の真野をはじめとしたイケイケ連中に、女子はクラス委員長をはじめとしたイケイケ女子軍がいる。
「今日は青葉のおかげで優勝できたもんだぜ!」
松坂は俺の肩を叩きながらそう言った。
「本当すごかったね! さすがサッカー部!」
クラス委員長の取り巻きである……名前忘れたけど、その子も随分と褒めてくれる。なるほど、それで俺なんかが上座の席に座らされちゃったのね。
「いや、みんなが協力してくれたからだよ」
と、こんな感じで謙遜するくらいのコミュ力は俺にもある。実際、みんなの努力で勝ったのだから、俺をちやほやする必要なんかない。
というか、神崎さんの席の近くに行きたい。非常に席を移動したい。神崎さんはというと、ほぼど真ん中の席に、仲良しな菅野さんとともに座っていた。
「女子も頑張ったんだよ~!」
「そうそう! あっ、これめっちゃ美味しいよ!」
「本当だ! ってか、写真撮るの忘れた!」
そういいながら、クラス委員長はピンクのストラップがいっぱい付いたスマホを取り出した。
「写真とか別にいいだろ?」
真野がめんどくさそうに言う。
「は? あんたの写真じゃないし。スイーツの写真だし!」
そう言って、委員長&その取り巻きは、おそらく今夜のインスタにあげるであろう写真を撮り始めた。
野球部の松坂は、カメラとスイーツの間に手をひゅっといれて邪魔をする。
「ちょっと邪魔すんなし!」
「そんなんより俺のイケメンな顔を撮れよ」
「松坂うっとしー」
「まじ卍~!」
でました、まじ卍。うわぁ……もう下の方の席にいきたい。なんでそんな話のテンポ速いんだよ。俺と彼らの会話のテンポを例えれば、スポーツカーと軽ワゴンくらいの差がある。
「青葉君もそう思うよね?」
「えっ……うん、そうだね」
適当に相槌を打ちながら、俺の視線は神崎さんの方へと何度も流れた。




