おまけ 神崎さんエンド①
高校一年生の4月の朝――、桜の下でフルートを奏でる、神崎さんという女の子に恋に落ちた。
マザーグース曰く、『女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ている』らしいが、神崎さんは間違いなく純度100%の「可愛さ」で構成されている。
(※ちなみに男は、『ぼろきれやカタツムリ、子犬の尻尾』で構成されるらしい。)
初めて彼女を見た瞬間、これは間違いなく一目ぼれだと思った。
しかし、彼女のほがらかな清純さ、夢に向かって努力する一途な姿に惚れこんでしまい、最早心酔してると言っていいほどに彼女の存在がどんどん大きくなっていった。
一年生の間は、ただ陰ながら彼女を見つめているだけだったが、二年生でも同じクラスになり、球技大会でいいところを見せようと努力したり、夢について語りあったりした。
「雪くんは将来、写真家になるのかな?」
二年の体育祭の後、神崎さんのその一言が、俺の向かうべき夢の方向を照らし出してくれた。
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そして、二年の文化祭の日――俺は神崎さんを呼び出した。
「ごめんね、お待たせ~」
秋夜に響く、鈴の鳴るような涼しげな声。その声に振り向くと、黒髪の美少女が立っていた。
「神崎さん、ごめんね。急に呼び出しちゃって……。」
「ううん、全然大丈夫だよ。それで……話ってなにかな……?」
神崎さんは普段とは違い、少し強張った表情だ。文化祭の後夜祭で呼び出されたら、誰だって少しは警戒するに決まっている。
神崎さんを呼び出したのは、彼女に告白したいことが二つあったからだ。
緊張していることが伝わらないよう、落ち着いた声音を意識して話を切り出す。
「あのさ、神崎さんとは……夢についてよく話してたと思うんだけど……。そのことでちょっと話したくてさ……。」
「夢……?」
「うん、覚えてるかな。前に相談した――自分に夢がないって話。」
我ながら、好きな子に何でそんな事を相談したんだ――と思わなくもない。
「もちろん覚えてるよ! あっ、もしかして雪くんの夢……見つかった?」
「まぁ、そんな感じなんだ。夢といっていいかわからないけど、それでも指針は立ったというか、目指す方角は見えたというか。」
「おぉ~! それはおめでとうだね! やったね~!」
神崎さんはにこやかな笑顔でそう言ってくれた。彼女の笑顔に、一体これまでどれほど癒されてきたことだろうか。
「それで、それで~?」
「えっと……。」
「あれ? どんな夢なのか、教えてくれるんじゃないの?」
きょとんとした表情で、神崎さんは俺の顔を覗き込むようにして言う。
「確かにそのつもりだったのだけど……。」
自分の夢に向かって、全力で向き合う彼女に、自分が見つけた夢を報告したいと思った。
しかし――いざ言おうとすると、何だか妙に恥ずかしさに襲われた。
「やっぱ――恥ずかしいな。」
「えぇっ~!? 教えてよっ!」
神崎さんはひどく肩透かしを食らったような表情をした。
「いや、ごめん。言うから――ちょっと待ってね。」
俺は大きく深呼吸した。横隔膜が沈み込む感触と、心臓の鼓動を強く感じる。
夢を語るのは恥ずかしい。それでも意を決してする一つ目の告白。
長い間追い求め続けた、自分の夢という答え。
「夢は――写真家になることなんだ。」
夢を意識してしまえば、どうしてもっと早く気が付かなかったのかと不思議に思う。
写真家――それを夢だと強く意識するきっかけは、やはり神崎さんの言葉に間違いない。彼女のおかげで、俺は夢を真剣に考え続け、人生において進むべき方向が見つかった。
「写真家――。」
神崎さんは俺の夢を聞き、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「うん! いいねっ! 雪くんなら絶対になれるよ!」
まだ実力も何も伴っていないのに、全肯定されるとどうにも居た堪れない気持ちになる。俺は恥ずかしさを紛らわせるために、言い訳のような言葉を口にした。
「いや、その……写真家っていっても、どうすればなれるのかとか、全然わかってないんだけど……。でも、実際に生徒会の仕事とかで写真撮ってたら、誰かの輝いている姿を切り取って、残して置けることに興味があるなって思って……。」
「そっか、素敵な夢だと思う。私はもちろん応援するよ!」
「うん……ありがとう。」
神崎さんは遠くで光るキャンプファイヤーの炎を眺めた。いや、もっと先の未来にある何かを見ていたのかもしれない。
「雪くんは有名な写真家になって――素敵な写真を撮るために世界各地を飛び回ったりするのかなぁ。私も――有名なフルート奏者になって、世界中でコンサートして回りたいなぁ~。そしたら、海外でばったり出会っちゃったりすることもあるかもね。」
「えぇっ!? それはまた……急にスケールが大きくなったね。」
「えへへっ! まぁ私の当面の目標は、とりあえず音大に入る事だけどね。だけど、最終目標はそれくらい大きな方がいいな~って。」
神崎さんの思い浮かべた新たな夢は、あまりに大きくて――そしてあまりに魅力的な夢にも思えた。
俺はもう一つの告白をしたい衝動に駆られる。
「あのさ……」
「うん? どうしたの、雪くん。」
神崎さんはあどけない表情で、俺の言葉を待った。どこまでも無邪気で、優しくて、おおらかであり、自分の夢に一途な彼女。
そんな神崎さんを初めて見たその日から、ずっと心を奪われていた。
満開の桜の下でフルートを演奏していた神崎さんを見て、これほど美しいものはないと思った。写真に残したいと心から願った。
――君のことがずっと好きだった。
その一言を伝えるだけで、きっと俺の心の内に秘められ続けた想いは、水が気体へと昇華するように一瞬で救われるのだろう。
「……。」
無言の俺を、神崎さんは優しく見守っていた。
「――神崎さん。」
「うん? なにかな?」
声が震えて、冷たい汗が額から流れる。
怖い――それでも伝えたい。ずっと大事にしてきた、彼女への想いを伝えたい。
「神崎さんの事が――、初めて出会った日からずっと……大好きでしたっ!!!」




