四 邂逅(三)
どれほど時間が経ったのだろう。廊下を踏む規則正しい足音に、ぼんやりしていた源佐は再び目を覚ます。その歩みは力強く、早い。先程の老人ではなさそうだ。
源佐が重い身体を起こしたのと、男が入口に立ったのは、ほぼ同時だった。男は入口で足を止め、じろりと源佐を見下ろす。
源佐が頭を下げると、男は中に入ってきた。手に持っていた書と一尺ほどの棒を文机に置き、源佐の褥の横に正座する。
源佐よりも十ほどは年長だろう。黒羽織に朽ち葉色の袴を着け、背筋を真っ直ぐに伸ばし、鋭い眼差しで見据えてくる。周囲が色あせるほどの強烈な存在感に、源佐は内心やや怯んだ。つい視線を避け、もう一度頭を下げる。
「堀川向いの鶴屋の源吉いいます。どないも迷惑かけてしもうて」
この頃、源佐ではなく源吉と名乗っていた。後に源佐と改名したのは、公方様―――徳川綱吉公が将軍となった際、その御名の吉の字と重なるのが問題だと町内で指摘を受けた事による。
「山崎嘉右衛門と申す。心の蔵でも患うておるのか」
張りのある声は、先程源佐を叱りつけた男のそれに間違いなかった。
源佐の病は心疾とでも形容するしかなく、原因は不明だ。いえ、と口ごもったまま顔を伏せていると、男は重ねて尋ねてきた。
「当家に用か」
「いえ………」
気分が悪くなったのがたまたまこの邸の前だったというだけだ。別段この邸に用はない。というか、そもそも外出した事自体ただの気散じであって、特に意味はない。
それにしても、と源佐はもごもごと返答しながら思う。
正直、かなり怖い。普段付き合いがある町衆や、時折接する公家衆ともまるで雰囲気が違う。武家と接することもないではないが、この男は、まるで言葉で切りつけるように話す。
「かんにん。すぐ出て行きますよって」
「出て行けとは申しておらん」
声に苛立ちが混じり、源佐はますます身を縮める。
「嘉右衛門」
その時やや苦笑交じりの、やんわりとした声が男を呼んだ。男は声の主を見る。
「父上」
「こちらは病人じゃ。そうきつう言うものではない」
老人は中に入ってきて自分も腰を下ろすと、手に持っていた碗と、大ぶりの湯飲みを床に置いた。湯飲みはどうやら息子のためのものらしい。男がわずかに目礼する。
「気分はいかがかな」
源佐は、正直なところホッとした。
「もう、大丈夫です」
「それはよかった。とはいえ、この雨じゃ。少し休んでゆかれればと思うが、ご自宅にお知らせした方がよろしいか」
「いえ、故あって―――邸は出ておりますので」
「左様か」
歯切れの悪い返答にも特に事情を質す様子もなく、老人は穏やかな表情を崩さない。
「では雨がやんだらこれに送らせましょう。しばしゆるりとなされるとよい。よろしければ鍼を打って進ぜましょう」
後は息子に任せたという様子で老人が立ち去った後、男は小さく息を吐き出してから、床に置かれた湯漬けを源佐に勧めた。