四 邂逅(二)
源佐は目を開いた。息苦しさは消えていたが、全身がひどく重く、怠い。頭の下には硬い枕があり、薄い褥が延べてあった。そして身体の上には薄い衾がかけられている。横からほんのりと暖気が流れて来るのは、火鉢が置かれているせいらしい。
雨が軒に当たる音がする。
少し首を巡らせると、壁一面が書棚になっており、冊子や巻物が大量に積まれているのが見えた。源佐の邸も町衆にしては書を多く所持していたし、後に源佐も可能な限り購ってきたつもりだが、これにはとても及ばない。
学者の邸だろうか。
じくりと心が疼いた。
「お目覚めか」
不意に声をかけられ、源佐はハッとした。
男の声だったが、先程の男とは違う。穏やかで、先程の男に比べるとずいぶん年嵩な印象がある。起きなければと思ったが、身体が動かない。辛うじて顔を巡らせると、入口に白髪の老人が立っている。
「いや、そのまま、そのまま」
察した様子で男は言った。逆光で顔はよく見えないが、七十歳は越えているだろうか。羽織袴をきちんと身につけており、いかにも武家という雰囲気だ。
「ずいぶんお疲れの様子だ。起きなくてよいから、楽になさい」
男は源佐の傍らに腰を下ろす。
「伊藤家のご長男ですな」
男は源佐を見知っていたらしい。堀川を渡ってそれほど歩いていないので、源佐の実家からも大して離れていないはずだ。もっとも、南北に走る堀川通りは水路を挟んで小路が二本通っており、向いといってもかなり離れている。普段顔を合わせる間柄ではないし、属している町単位も違う。
「はい」
「山崎と申します。伊藤どのを連れて参ったのは、わたしの息です」
「ご迷惑を―――」
言いかけて思わず口をつぐんだのは、外から怒鳴り声が聞こえてきたからだった。
言い争いか? と思わず部屋の外へ目を向けると、老人はわずかに笑う。
「息は学問を、わたしは鍼を生業にしております。あれは、息が書を講じているのですよ」
書を講じる―――あれが?
荒っぽい講義もあったものだ。家人でも怒鳴りつけているようにしか聞こえない。
「起きられるようになりましたら、湯漬けなり差し上げましょうが、まずはしばしお休み下さい」
ずいぶんと親切な老人だ。源佐は礼を言い、男が部屋から出て行くのを待って目を閉じた。
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