四 邂逅(一)
秋も深まった長い夜だった。
源佐はまた眠ることが出来ず、何度も寝返りを打ちながら芋虫のように褥に横たわっていた。暗闇の中、耳障りな虫の声が響く。油は底をつきかえていて、なくなればまた実家に頭を下げて分けてもらわなければならない。考えるだけで一層気が滅入る。
ようやく明るくなったので書を手に取ったが、頭の中に靄がかかったようで文字を追うことも出来ない。堪えられずに本を投げだし、源佐は寝間着に羽織をはおっただけの姿でふらりと家を出た。
空はどんよりと曇っている。道ばたの樹の枝の先にわずかに残った紅い葉が、早朝の風に震えていた。足も手も、指先が痺れるように冷たい。堀川にかかる小さな橋を渡りながら、流れに浸かっていれば凍死出来るのではないかとふと考えた。己れの思考にぞっとして、源佐はやや足早に川を離れた。
寒い。
灰色の雲が幾重にも重く垂れ込めた低い空は、まるで源佐の未来を表すかのように塞がり、息の根を止めようとしている。
どこへ行こうというのか。どこへ帰ればいいのか―――
あかん。
喉が塞がったような感覚があった。息苦しさを覚え、源佐は道の端に寄り、朦朧としたまま掴まるものを求めて右手を伸ばした。どこかの邸に巡らされた竹の籬を掴もうとしてよろめいた源佐は、そのまま寄りかかるような形で地面に崩れた。起き上がろうとしたが、眩暈に襲われ、少し身体を起こしたところで再びよろめき、籬にぶつかって結局横倒しに倒れてしまう。
動けない。
ぽつん、と頬に水が当たった。雨が降ってきたらしい。当然、雨具の用意などない。帰らなければ、と心の片隅で思ったが、身体が動かない。晩秋の冷たい雨が身体に次々に落ち、肌を伝う。
「おい」
不意に、近いところで男の声がした。
「大丈夫か」
辛うじて顔を向けたものの、視界が揺れ動いて相手の顔は捉えられない。言葉を発することも出来ず、呻き声が洩れた。
わずかに間があった。
強い力が上体をぐいと持ち上げ、そのまま背に負われる形で立ち上がらされた。相手が歩き出そうとするのが判り、足を動かそうとしたが、まるで力が入らず崩れそうになる。その瞬間、男が叱りつける口調で言った。
「負うてやるゆえ、しっかり掴まれ!」
声で顔をまともに張られたようだった。有無を言わせぬ迫力に源佐は考える間もなく、反射的に男の首っ玉にしがみついた。多分、必死でしがみついたまま引きずられていったのだろうと思う。その後の記憶はない。
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