四 邂逅(八)
男が立ち上がった気配に、床にいた源佐は書から目を上げた。
男は濡れ縁に出て空を仰ぎ、それから源佐を見下ろす。かすかに笑ったような気がした。
「………曝書でもしているようだな」
曝書とは、書に巣くう害虫を追い出すために行う、本の虫干しのことだ。
源佐の周囲には、書の山がいくつも出来ている。最初こそ気後れしたものの、次第に夢中になっていた。いつか遠慮も忘れ、棚から書を取り出しては読みふけった。
雨は午過ぎには上がったようだ。気づけば初冬の弱い日が部屋に斜めに差しこんでいる。そろそろ夕刻だ。
厠にでも立ったのか男は二度ほど部屋を出て入ったので、雨が上がったことにも気づいていた筈だ。何も言わなかったのは、書に没頭している源佐への思いやりであったのだろう。
「何かの役に立ったか」
男は源佐の前に腰を下ろし、積まれた書に視線を投げた。
「三、四刻のうちに、この量を読めるとは思えぬが」
怒ってはいないにせよ、やや咎める響きがある。一冊一冊を丹念に読み込む性分らしいこの男からすれば、この量を読み散らして何になる、と思ったのかもしれない。
「日が落ちる前に送ってゆこう」
「もうどうもないよって、一人で帰れます。ほんまにお世話さんでした」
「送るよう言われている。書はそのままでいい。気になるなら、また読みに来られよ」
「………おおきに」
どれほど辞退したところで、父親に言われている以上、この男は恐らく梃子でも譲るまい。何となくそんな気がした。
男は立ち上がり、一度部屋を出て程なく戻って来る。渡されたのは、きちんと畳まれた源佐の羽織だ。
「土は払うただけだが、乾いてはいるそうだ」
礼を言うのも詫びを言うのもしつこい程になってきたので、源佐はただ頭を下げた。男は頷き、それからつと、源佐から離れた。棚から一冊を取り出し、源佐に渡した。源佐は柿色の書に貼られた題簽の文字を読んだ。
「―――『闢異』」
源佐は男の顔を見る。
「闢」は「斥ける」という意味だ。