5 嘘つき
ーー今日はいよいよ、茶色い封筒をババァが返してくれると約束してくれた日だ。
それが叶うかは、定かではないが、返してくれたらいいな程度にしか私は思って居ない。アイツの寝室に潜入するのも、取り返すのも、どれも上手くいかなかったのだ。
けれど、それはまだバレては居ないので、まだ可能性はあるだろう。そんな事を思いつつ、今日も稼いだ金を片手に家の前に立つ。
軽く深呼吸をすると、ついにボロボロな扉をやけに慎重に開ける。そこにはやはり、大人数用のテーブルに腰掛けるババァの姿があった。
「今日は17日だ。」
私がテーブルに近づき、そこに金を置くと、ババァは顔を上げた。
そして金をランタンの光を頼りに確認し終えると、「分かってる。」と言って茶色い袋をテーブルの上に置き、それをスライドさせて私に寄越した。
それを受け取り、私は中身を確認する。内容を見るに本物であろう。
(やけにあっさりしてるな。)
その事に一抹の不安を抱えつつも、私は速やかに部屋へと戻った。
いかにも働きづめで、頑張って1ヶ月を乗り切りました感を出すのも忘れない。
(これからも請求されては困るからな。)
そして私はいよいよ、明後日に向けて何を準備するかを考える。
(まずは服だろ、帽子にサンダル。そして財布とかバッグなんかも…)
明後日のために、今まで頑張って働いて来たのだと思えば、それも悪くなかったと思えた。
そして輝く未来を想像していると、私はいつの間にか眠りについていたのだった。
***
翌朝起きると、私はいつも通り食堂へと向かう。そして朝、たまたま来ていた店主に、私は明日休みたいとの旨を改めて伝える。未だかなり渋々であったが、前々から話してあったので問題はなかった。
今日は約束通り早上がりで帰らせてもらって、明日使うものを買う為、町中へ繰り出た。いろんな店を冷やかして回っていると、本当に色んなものがあって、ついつい目移りしてしまう。
(あぁダメダメ。欲しいものだけを買わなきゃ。だって王都の方が、絶対良いもの売ってるからな。それに野望の為には多少なりとも残しておかねーとな。)
必要なものを買い揃えて、私は公園の金庫にそれらを全てしまった。明日の朝早めに来て、そこのトイレで着替えれば良いのだ。
そして、いつも通り、見知らぬクソ親父に殴られつつも帰宅すると、いつも通りババァから殴られて、いつも通り家事を全てこなしてから眠りについた。
すごくいつも通りであった。
そんな私にも、明日は非日常が待ってるのだ。私は、ワクワクせずには居られなかった。
そして速く鳴り響く心臓を抑える事は出来なかった。
(早く明日がこればいいのにな。)
***
カラーン
私は鐘の音で、ゆっくりと目を覚ました。まだ5時の鐘であったが、私は飛び起きて、すぐ近くの川へ丸洗いに行った。
丸洗いとは、川のほとりで全て衣類を脱いで洗い、それを乾かしてる間に自分も洗う事だ。
(服なんて一着しか持ってねぇからな。)
その他は仕事着として、別に保管してある。そして直ぐに丸洗いを終えると、濡れた衣服を手に持ちつつ、ローブで体を隠しながら公園へと向かう。
タイラーと出会った、金庫のある公園に辿り着くと、私はそこのトイレで着替えを済ませる。
白と水色のワンピースに、麦わら帽子。サンダルにはヒマワリが咲いて居て、カツラも艶やかな茶髪である。そしてその茶髪を両脇で細く三つ編みをし、ハーフアップのようにまとめた。
そして気合を入れて、待ち合わせより幾分か前に公園のベンチに腰をかけて、タイラーの美しい声が聞こえるのを待った。
カラーン
とうとう6時を知らせる鐘が鳴った。約束の時間であるのでそろそろ現れるだろう。
それから何分か待った後、一台の馬車が止まった。それを期待しながら眺めるも、中からは誰も現れなかった。
私はガックリと肩を落として、事の成り行きをぼんやりと眺めて居た。すると、その馬車を囲う様に着いてきた武装した男等が、私の姿を確認した後、ボソボソとやり取りをしてるのが目に入った。そして何かを決めた様にコクリと頷いた後に、こちらに駆けてきた。
その様子に、既視感を覚えた私は、その正体をすぐに思い出した。
それは何ヶ月か前まで遡るーー
スラムで、ただ顔を見た事がある程度のの2人組の片方が、親が迎えに来たと喜んでついて行くのを見かけたのだ。
その時は、そんな幸せな事も有るのだと、他人事のように思って居た。けれど、その何週間か後に、もう片方の男の子が泣き叫んで居たのを見たのだ。
「キティが、悪い奴らに連れてちゃったぁぁっ!僕は、良い事だと…思ったんだ。でも、でもっ…キティは売られた…ひっ。」
その子は、スラムで唯一優しいとも言えるジジィに必死に訴えかけて居た。
内容を聞いていると、私よりも少し年上のキティって少女が、親が迎えに来たと嘘を吐かれて、身売りされてしまったらしい。
尾行した彼の耳には、「言い値で売れそうだ。」などと言った会話が聞こえたらしい。それに恐怖した彼は、慌てて逃げ帰って来たのだそう。
それを聞いた瞬間、他人事とは思えなかった。
様々なものが商品になるように、『人』もまた商品になり得るのだと、改めて思い知らされた。
それは私にも起こり得るのだと、怖かった。
そんな事を思い出した私は、迫り来る武装したソイツ等の事も、『人攫い』だと、そう思った。
武装した姿も、コソコソやり取りしている雰囲気も、私が見たそれに酷似していた。
(逃げねーと!!捕まったら…知らない誰かに売られてしまう。誰かの物になるくらいなら…1人で居た方がいい。)
私はスラムの方へと全力で駆けた。その鎧を見にまとった奴らは、驚く程遅かった。後ろでガシャンガシャン音を立てながら走って来る音が聞こえる。
私は狭い通路を、スイスイと入って行き、迷路の様に入り食った場所ばかりを選んだ。今何処にいるかを撹乱させるためだ。
そして私は、完璧にソイツらを巻くことに成功した。それを確認した私はまだいるかもと、半ば怯えながら公園へと向かった。
(タイラーとすれ違ったらダメだからな。)
そして茂みに隠れながら公園の様子を伺う。何時間も何時間も同じ体勢で待ち続けたーー
だけど
結局馬車が帰った後も、彼は現れなかった。
「嘘つき。」
私はそう小さくこぼした。けれど誰が悪いのかも、分かって居た。
「私が悪い。騙された、私が悪かったんだ。」
酷く惨めだった。
私は知って居たはずなのに、他人を信じちゃダメだって。
だけど信じてしまったのだ。彼は違う、彼だけは約束を破ったりせずに、不器用ながらも私を迎えにきてくれるって…
私は堪らなく泣きたくなった。だけど、彼のせいで涙を流す事は憚られた。
(泣いたらなんか変わるのか?…変わらないだろう。なら、アイツの為になんか、絶対泣いてなんかやらねぇ。)
私は、声にならない声を、抑えきれない感情を、訳もわからず吐き出した。
それが次第に言葉になり、私の感情を乗せていく。
それはいずれリズムになって、歌となった。
人混みが出て来た公園の真ん中で、感情のままに歌を歌い続けた。
懐かしい様な、知らない歌を思いつくまま、気の向くままに。
それは見事に私の心を表現して居た。
歌など歌った事はない、近所迷惑も良いところだ。けれど止められなかった。
何時間くらい歌ったのだろうか?私はスッキリとした顔で、歌い終わった。
気付くと、辺りから割れんばかりの拍手が沸き起こった。そして、私の前に落ちて居た帽子の中には、かなりの金額のお金が入って居た。
その様子にポカンとしていると、1人のおじいちゃんが、私の前に進み出た。
「良い歌だった。君は泣いてないのに、泣いてる様に見えた。でも君なら大丈夫だ、無責任な言葉だけれど、物事には理由があるんじゃよ。だから、決めつけたりせずに、君の目で見るんだ。年長者の話は聞くと良いぞ。ほほっ。」
おじいちゃんは、それだけ言って何処かへ去って行った。まだ私はポカンと呆けていた。
握手されたり、写真を撮られたり、質問されたりしたかもしれない。けれど、そのどれも、私にはどうでも良かった。興味が無かった。
彼と会えなかったのだから。
(あーもう、何でもいい。)
帽子に溜まったそれを眺めながら、自分の心に大きな虚無感が溜まるのを感じた。タイラーに出会った事でせっかく埋まってきたその心が、再び空になった。
それを、ただ受け入れた。それさえも、どうでも良かったのだ。
(あぁ、私は悲しいのか。)
私はゆっくりと立ち上がり、いつの間にか誰も居なくなった公園のベンチに座った。相変わらず公園の前の大通りは人混みが多いけれど、公園内は至って静かな様に感じた。
そこに座りながら、日が落ちて行くさまを、ただ眺めて居た。こんなに落ち着いて、空を眺めたのは初めてだった。いつも、毎日を必死で生きてきた。自分以外を見る余裕などまるで無かった。
今日も食物を何も食べて居ない。お腹が空くと、さらに孤独で惨めな、なんとも言えない寂しい想いが胸を占めた。
夜中に1人でコンビニ弁当を食べている様な、そんな気分だ。
(コンビニ弁当って何だっつの。)
遂に日が完全に暮れると、私は重い腰を上げ、衣服を脱ぎ捨て、今朝持ってきた衣服に身を包んだ。そしてその王都に行く為に用意した物全てを、そのまんまの状態で金庫にしまった。この事は忘れてはならないと、心に深く深く刻んだ。
その戒めとして、このまま閉まっておくことにしたのだ。
そして私は闇の中へ消えたーー
読んで下さりありがとうございます!
最近は「ロエスレル」って人の名前を何回連続で言えるかを、友達と勝負してます。「炙りカルビ」くらい強敵ですよ!
因みに私は、最高7回でした。
どうでも良い話…スライディング土下座!!!