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2 茶色い封筒


コツン コツン


誰かが硬いレンガの上を歩く音で目を覚ました。私は急いで着ていたローブのフードを深く被り、立ち上がって猫の様に軽やかに塀の上に登った。


塀を登り、街中の方を遠目に眺めると、その違いをありありと見せ付けられた様な気分になる。こちらはガラの悪い人間がそこかしこにいて、ただ歩いているだけで暴力が振るわれる様な街だった。偉いのは強いやつで、弱者は光を見ることはない。自分もそんな世界の一員だった。


けれど街中の様子は活気で溢れ、皆が幸せそうに笑って市場で買い物をしている様子が目に入る。

(私とは違う世界…。一生踏み入る事のない別の世界だ。)


そんな様子を瞬間的に眺めた私は、ふと我に帰り、足音から遠ざかろうと、反対方向へと足を進める。忍者の様に忍び足で、尚且つ素早く駆けた私は、朝に流れる鐘の音を聞いてリターンをする。

(うわぁぁ!仕事に間に合わない!)


塀の上を持てる限り全てのスピードで駆け抜ける。するとやはり出会ってしまうわけで。私は心の中で舌打ちをする。


足音の犯人は見たこともない男性であった。この町の人間を考えると、何もしてなくともいちゃもんを付けることが目に見えていた。

(正直、ここを突っ切ったほうが明らかに速いけど、ここでいざこざを起こすくらいなら遠回りした方が速いな。)


そして私は、人の家の塀から塀を飛び越えて迂回して向かった。間に合うかは運次第である。アホな店主は時間通りに、私が働いているか見に来るときもあれば、遅れて来るときも、そもそも来ないときもある。けれどせっかく見つけた金ヅルを逃す手はない。


私は街中にギリギリ位置しているお食事処に入った。まだ店主は来ていない様で、私は間に合った様だった。ホッと胸をなでおろした私は、ボロボロのローブを脱ぎ捨てエプロンを腰に巻き、床板に隠してある茶髪のカツラを素早く被った。


そして仕込みを始める。私は初めから多くのことが出来た。今回の料理もそうだ。見たこともない、聞いたこともない料理を、私は作ることが出来ている。まるで覚えているかのように慣れた様子で体は動く。

(飲食業なんて初めてやるのに…)


材料を見ながら、私は今日何を作るのか考えていく。すると今日もまた知らないはずだが、知っている料理がスラスラとメニュー表に書き出されていく。


文字も何故か私は書けた。貴族様が行っていると噂の“学校”なるものには行ったことはおろか、近付いたことすらないのにだ。平民は、つまりここら辺に住んでいる人達は親から文字を教えてもらうのだそうだ。


私の住んでいる郊外で読み書きできるものはない。だから役所で全て書類は書いてもらっているのだ。

(騙されても気づかねーのって、怖くならないのか?)


そして私はいよいよ食材の仕込みを始める。何故か次にやる行動を分かっている私は、次々と仕込みを終わらせていく。そして開店ギリギリの時間までそれを続ける。


そしてメニュー表をレジの隣に置いた私は、その足で扉の外にのれんをかけに扉を開ける。するといつも通り、朝ごはんを食べに沢山の人が行列を作っていた。安くて美味しいと評判であるのだ。


そんな私は、笑顔を無理やり顔に貼り付け、元気なことを装って大声で声をかける。


「開店しましたぁー!ようこそいらっしゃいませ!」


そして私は魔法をフル活用して、いつも通りどんどん人をさばいていく。


「はい、何名様ですか?はい、2名様で。ではこちらの席にお座りください。メニューが決まり次第お声掛けください。」


こんなセリフもスラスラと私の口から出て来る。これは初めて働き出したときも、体が勝手に動いていたのだ。そして前までのやり方を見直して、より効率的に客が回る様に考えた。


チリーン

のれんの端につけた鈴が鳴る音がする。誰かが入店した様であった。


「はーい、ただ今伺いまーす。」


それを目の端で確認しつつ目の前の注文を聞く。


「はい、鯖の味噌煮定食が一つ、唐揚げが一つ、オムライスが二つ。以上でよろしいでしょうか?では、会計の際にはこちらの紙をお持ち下さい。」


そして私は2枚目に座席の番号とメニューを書き写して、入口へと向かう。


「申し訳ございませんが、ただ今私一人で行っておりまして、鐘一回ごとに入った人数しか入れない様にしているのです。次の鐘がなる頃にまたご来店下さい。」


「あ、はい。分かりましたー。」


そうなのだ。一回で入る人数だけ入れて、まとめて料理を作って、配膳する形を取っている。そうすることで、私の負担が減るのだ。


そして私は大鍋や大きなフライパンで一気に大量の料理を次々と作り上げる。それを一気に配った私は、ようやく一息つく。そして客は、次々に食べ終わり、次はお会計タイムになる。


食い逃げ防止の鈴がとてもいい役割を果たしている。常連さんも私を助けてくれるので最近では食い逃げの回数は減っている。


そして忙しいその時間が過ぎると、またすぐに鐘がなる。忙しいその時間を6回ほど繰り返した私は、お金を集計し、記録をしてかなりチョロまかす。そして明日の仕入れを確認して、私は店の戸締りをする。そして本日9回目の鐘の音がなる頃にようやく私は家路に着く。


この国に時計はあるが、もちろん高価なものなので私の様な人間が手に入れられるはずはない。そんな人達は鐘の音で時間を判断する。1日、1時間ごとに24回なる。その音は毎回微かに変化があるので、人々はその音を聞き分けて、今の時刻を判断している。


そして私は再びローブを着て、エプロンとカツラを床に隠すと店を後にした。


その足で私は普段であれば近付く事のない様な高級住宅街へと向かう。

(私は毎日通ってるんだけどな。)


公園に着くと、ベンチの下にある隠し金庫を開ける。

「真に秘を守るものよ。我の魔の元に姿を表せ。」


小さく呪文を唱えると、そこは開いた。その中に今日稼いだお金をすぐにしまい、そして再び閉める。



この金庫を見つけたのは3ヶ月ほど前、私がこの公園の前でレモネードを売っていた時だった。微かに魔力を感じた私は「汝、姿を表せ。」と呪文を唱える。


そして何も現れなかったけれど、何故かこれが何か分かる様な気がした。あれは…茶髪?この上に手をかざして…呪文は「……真に秘を守るものよ。我の魔の元に姿を表せ。」

(なんで知ってるんだ?)


ズキンっ

あぁ、やっぱり。決まって頭痛が起こる。

しかし時間に余裕がない私は、その空間を急ぎ気味で覗き込む。その中にはメモが入ってあった。


“ここは魔法の金庫。初めて開けた其方が主だ。ここは物が腐らない。其方以外には開けられない。さぁ秘密を守りましょう。其方のお宝守りましょう。”

ルッチィ


私は夢でも見てるのかと思った。今まで家の床板に隠すしかなかったのだ。それは見つかれば暴力が飛び、すべて没収されてしまうだろう。それに急に逃げねばならない時が来れば、一度そこに戻らねばならないのだ。

(これがあれば…)


私は不敵にニヤァと笑った。


そんな事を思い出した私は駆け足で家へと向かった。晩御飯が残ってるのを期待してない私は、先程厨房で作ったサンドイッチを頬張る。あそこの地区に住んでる平民と同じ食べ物をスラムの私が食べているのだ。

(あぁ、なんて贅沢なんだ。)


私は心の中で優越感に浸りながら、盗まれる前に急いで胃袋に詰め込んだ。こちらとスラムでは世界が違うのだから。


「そこのチビ!うまそうなの持ってんな。」


案の定、柄の悪い男に捕まってしまった。けれど門限以内に入らねば困った事になるのだ。私は気にせず横を通り過ぎようとした。

(門限がなければ、安全なあっちで食えるのにな。)


「無視はいけねぇんじゃねーの?」


そいつは私の手に持つパンを引ったくろうとするも、私は譲る気などさらさらない。ヒョイっと身をかわすと、私は男の顔面を踏みつけた。


男は怒り、顔を真っ赤にする。そして私が着地すると同時に私の腕を引っ張る。そしてそのまま私を壁に打ち付けた。


ドガッ

鈍い音が辺りに鳴り響く。私は血だらけの右頬を抑えながら、男を睨みつける。魔法があろうが、私はコイツに絶対勝てない。


「イテェ、死ねクソヤロー!」


私は殴りかかるフリをして、スッと横を通り過ぎ、全力で逃げ走った。


「クソガキ、逃げてんじゃねーぞ!」


後ろから男が喚き散らしながら追ってくる。そして徐々に距離が縮まっていく。

(5歳児が勝てるわけねぇんだよ!)


私は諦めて立ち止まる。そして男が追いつく前にサンドイッチを食べきった。男に顔をガシッと捕まれると、もぐもぐと咀嚼しながら男を睨みつけた。

(お前なんかにくれてやるかよ!)


「お前、俺を怒らせたな。」


「食べるか?」


そう言って私は、口に入ってるカスを、舌をベーっと出して見せつけた。男は目に見えて怒り出した。

(あぁ今日も殴られるんだな。そして今日も門限に間に合わなかった…)


遠くで門限の時刻を知らせる鐘が鳴った。


そして男はゴスっと私の顔面を殴る。するとフードがハラリと落ちて、私の黒髪が月明かりに照らされる。


私は内心舌打ちをし、毒突く。

(どうして今日はこんなに明るいんだ。)


それを見た男は、少し目を見開いた後、ニヤァとおもちゃを見つけた様に笑った。犬をいじめて遊ぶ子供や、外からコソコソと噂話を広げる女を見たときの様な、なんとも言えない不快感が体に走る。


次に何を言われるかを、私はとうに知っていた。


「へぇ、お前は黒髪の悪魔か。お前が死んでも誰も悲しまねーよ。安心して死ねよ!なぁ、いらない子?」


そんなのとうに知っている。一人で生きること、それは死んでも誰の記憶にも残らないという事。生きてても誰も喜ばない事。そんな事は知ってる。知ってるけど…

(それじゃあ、死んでるのと変わらないじゃ無いか。)


こんな時は本当に死にたくなる。けれど目の前のコイツらが「死んじまえ!ゴミクズ!」と罵るものだから、私はどうしたって死んでやるものか、と思ってしまうのだ。


「うぜぇ、お前も死ねよ。役立たずの社会のゴミが!」


泣きそうな震える声を抑えながら、私は男の股間を蹴り上げた。力一杯、魔法を使って全力で。


「はうぅっ」


男の情けない声がこだまする。私はそれを無視して路地を一気に駆けた。


そしてやっと孤児院に着くと玄関にいるババァに金を乱雑に差し出す。

「フン、こんなに遅れたんだからこんなんじゃ足りねーな。」


「これ以上持ってねーよ。クソババァ!」

私はクソめんどくさそうにババァに文句を言う。


「良いのか?ア、レ。」

ババァは面白そうに私の弱みをチラつかせる。

それは私が1ヶ月前にもらった茶色の封筒。


「明日、稼いでくる。」

私は結局、金を払うことになった。

(だから、早く帰って来たかったのによ。)




お読みくださりありがとう御座いました!

ヤバイですね!年齢層が、ババァとジジィしか出てこなかったw

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