008「ラウ六歳(初等部一年生) ミレーネの決断」
「ラ、ラウ君…………すごい!!!」
振り向くとそこには、目をキラキラさせたミレーネが僕のことをじーっと見つめながら立っていた。
「ミレーネ……様?」
突然のミレーネの登場に僕は完全に気が動転していた。
「ミレーネでいいですから。す、すみません、勝手に覗いてしまって……」
「えっ? じゃあ、さっきのライオネルたちとのやりとりを…………見てた?」
「は、はい……この目でしっかりと!」
ミレーネはさらにキラキラさせた眼差しを向けた。
これはどういうことだろう?
僕はミレーネの反応がどういう意図のものか判断しかねた…………が、その疑問はすぐに解決となる。それはミレーネの口から僕に対して訴えた内容がその答えだった。
「わ、私は知ってのとおりこの国を統べる女王という立場ですが、でも、本当のことを言うと何もできないお飾りの女王に過ぎません。それは私に直接言うことはなくても多くの国民がそう思っていることかと思います。だって、まだ六歳の子供なんだもん……」
ミレーネはそう言うとしょぼくれ泣きそうな顔をした。
「だ、だって、無理でしょう?! いきなり朝起きたらリーネスから『ミレーネ様は今日から女王となりましたので自覚ある対応をお願い致します』なんて言われても、そんなの、そんなのできるわけないじゃない!!!」
ミレーネは突然、堰を切ったように僕に感情をぶつけてきた。
「お、落ち着いてミレーネ……とりあえずリーネスって人は……どなた?」
「神官のリーネス・ザウトロ……私のかわりに国を治める仕事をしている内の一人よ!!」
なんか若干逆ギレされました……。
「それに、私は人に命令したり指示するような人間じゃないもん! 臆病で弱い人間だもん! なのに、お父様やお祖父様の娘、孫だからって理由で国を背負うような地位に立つなんてなりたくもなかった! しかもこんな六歳でだなんて……あまりにも重過ぎるわっ! うわーーーん!!!」
ミレーネはとうとう泣き出してしまった。
おそらく、これまでの学校での出来事や普段から抱えていた自分の今の立場の問題などをずっと抱えていたのだろう。確かに、まだ小学一年生の女の子にそれは荷が重過ぎる。
さっきはミレーネに「それはあなたの性格かもしれないけど、でも、いくらなんでも女王なんだからライオネルたちにちゃんと言いたいことを言ってくださいよ!」な~んて一言物申したいと思っていたが、ミレーネの突然の心境の告白にそんな気持ちは無くなっていた。
「でもね、グス……今、ラウ君がライオネル君たちに対して一歩も引かず立ち向かって、しかも、彼らの攻撃を見えない速さでかわしていく姿を見て、私、単純にすごいと思ったの!」
「え? そ、そう? 僕なんて全然……」
「ううん、そんなことない! あんな人数に囲まれても自分の気持ちを曲げずに、相手に屈せずに立ち向かうラウ君は本当にすごいと思う。私、すごく感動したわ!」
「あ、ありがとうございます」
「しかも、気づいたらあなたにこんなにも自分の感情をぶつけてしまうなんて……最初はそんなつもりじゃなかったんだけど、ラウ君に話し始めたら私つい……たぶん、これもラウ君の人柄とか魅力のひとつなんだろうなと思う。すごいね、ラウ君は」
「あ、ああ、ありがとう……ございまびゅるぐぅう!!!!」
投げっぱなし手放しに褒めるミレーネにかなり照れくさくなり、僕は言葉を噛みながら顔を横に逸らす。
「私……決めました!」
「えっ? 何を?」
「私もラウ君のような勇気と強さを持ちたいのでこれからは……ラウ君と共に行動します!」
「え…………はぁ~~??!!」
ミレーネの突然の帯同宣言に僕は度肝を四、五個ほど抜かれた。
「私も勇気を振り絞って自分の気持ちを行動にしたいと思います。そして、そんなラウ君のような勇気と強さを持つことができたのなら女王としての自覚も持てる……と思いますっ!!」
「いやいやいやいや……それはさすがに大袈裟ですって! ちょ、ちょっと冷静になりましょう、冷静に。しかもミレーネ様がそんなことしたら……」
「ミレーネ!」
「あ、ごめん。ミレーネがそんなことしたらますますあいつらに目の敵にされるじゃないか!」
「でも、それはもう……手遅れでしょ?」
「へっ?」
「だって、ラウ君、ライオネル君たちにケンカ売っちゃってるんだしっ!」
「う……」
まさにそのとおり。
ぐうの音が出ないほどの正論……いわゆる『ぐう正』を笑顔で放つルミア王国女王。
「だったら、もういまさら……だと思いますよ?」
「え、いや、でも~……」
「お・ね・が・い!」
「う…………っわ、わかりました」
「やったー! ありがとう、ラウ君!」
はっきり言ってミレーネの行動はどう考えてもライオネルたちに火に油を注ぐようなマネであることは明白だったが、ミレーネの『おねがい攻撃』に僕は屈してしまった。あれは僕には抗えませんでした……。
「それじゃあ、明日からは人目を気にせず二人三脚の練習頑張ろうね、ラウ君! じゃあね、さよならー!」
「う、うん、さよなら~……」
さっきまで落ち込んでしかも感情的になって泣いていたミレーネにはいつしか笑顔になり、元気よく別れを告げた。そんな彼女の元気な笑顔はもしかしたら入学以来、初めて見たかもしれない。
それにしても、この世界の六歳児は地球の子達に比べると男の子も女の子もいろいろと大人びている感じがする。おそらく身分制度が厳粛な世界であるからなのだろうが、それにしても皆、しっかりしている。すごいものだ……といろいろと一人感慨に耽っていると、
「あ、あと、ラウ君……」
「ん?」
ミレーネが去り際に一度、立ち止まり僕の方を向いて声をかける。
「明日からラウ君のお家に迎えにいくからー!」
「え、ええええ~~~~!! そ、それは、あの、さすがに、ちょっと……家の方向も逆だし……」
「じゃーねーーーー!!!」
「ちょ、ちょっと!? ミ、ミレーネ様~~~!!」
「ミレーネ!」
「ミ、ミレーネぇぇぇええぇえぇ~~~~!!!!!」
僕の答えをあえてわざと聞かないそぶりで、言いっ放しのまま走り去って行ってしまった。
ミレーネが元気になったのは良かったし友達になれたのも良かったが、同時に僕は今後、敵がさらに増えていきそうな、トラブルが向こうからやってきそうな、そんなあらゆる不安要素が増殖してしまいそうな、そんな今後、大変なことになりそうだ感がヒシヒシと肌に心に感じていた。