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短編集 冬花火

父の禁酒

作者: 春風 月葉

 父は酒の飲めない母とまだ幼かった私のためにずっと禁酒をしていたが、実はこれにはもう一つの理由があった。

 母は私が十八の時に亡くなった。

 まだ四十歳になる手前で、とても早くてあっけない最後だった。

 父はそれからも禁酒を続けていた。

 飲む相手がいないからと言っていたが、父も堅物ではあったが友人も多い人だったので相手などたくさんいそうなものだったが、それでも禁酒を続けた理由はその二年後にわかった。

 私も二十歳になり酒が飲める歳になった。

 すると珍しく父から連絡があり、その週の終わりに酒でも飲まないかという誘いがきた。

 これという用事もない暇な学生の私はその誘いを受け、父のいる実家へと久しぶりに帰った。

 実家に戻ってきたのは二年前の葬式から初めてだったが、家はその頃と変わらぬままで、時間が二年程止まっているのではないかとさえ感じた。

 父と少し話しながら、ビールの栓を開ける。

 二人で囲む卓袱台は、一人が欠けただけなのにひどく広いように感じた。

 どのくらい話しただろうか。

 父は私の近況についてたくさんの質問をした。

 五本目のビールに手をかけたあたりだろうか、父は今日初めて自分のことを話し始めた。

 酔っているのかよく話し、私が父に抱いていた堅い印象は薄れてなくなった。

 父が話したのは母との出会いだった。

 考えてみればこう言った両親の話を聞くのは初めてで、その話を聞くほどに父と母の間に強く深い愛があったのだとわかった。

 そしてその愛を知るほどに、母を失った父の悲しみを感じた。

 母が私達を置いていってしまったあの日、私はわんわんと泣きじゃくったが、父はいつもの仏頂面で母の顔を見ていた。

 今になってそんな父の心の中を垣間見た気がして、私の目からはあの頃と同じように涙が溢れ出た。

 父は妻を愛せてよかったと言った。

 そして君がいてよかったと言った。

 母がいなくなってからの二年、父は父親として私のことを愛し続けていたらしい。

 そして父はそれを私に謝った。

 母の代わりのように行き場を失った愛を私に向けたことを。

 父は言った。

 こんなに泣いてしまって、優しいうえに酒に弱いなんておまえもやっぱり母さんの子だなと。

 気がついてみると酒はまだ一杯も飲んでおらず、それなのに顔は熱でも出したように火照っている。

 私はふと、母の好きだったアザレアの花の花言葉を思い出した。

 父は知っているだろうか?

 いや、知らないはずがないか。

 父はそれからはまた酒を飲まなくなった。

 君が酒に弱いからだと父は言ったが、それにはもう一つの理由がある。

アザレアの花言葉は節制、禁酒、恋の喜び。

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