ストーリーログ5。出会い過多な旅立ち早々。 ファイル1
「さて、と」
時折鳥の声が遠くに聞こえる、柔らかい空気のヌルフルス出入り口で、
その空気を少しの間味わって、ぼくは気を引き締めた。
「使いどころだな。よし」
軽い緊張感が、ぼくの体に押し付けられる。
それを振り払うように、深呼吸を一回 二回。
「雲竜印」
空気がうねるような音が、進行方向に延びるように聞こえ始めた。
長老の言葉を考えると、もしかしたらこれは
目的地までの路を、示してるのかもしれない。
ウイト君が、困ったらこれ仕えって言ってたのも、
使えばわかるって言ったのも、こういうことなのかな?
ウイト君が、ぼくといっしょに動画見てた時に言ってたんだけど、
スキルを発動させると、プログラムメッセージが、
使った人の体とか武器とかに、走るように表示されるんだって。
この演出神だよなぁやっぱ、ってかみしめるように言ってたんだよね。
雲竜印は、どんなメッセージが表示されたんだろうなぁ。
プレイ動画が、自動的に保存されるってことだから、
蘭かウイト君に確かめてもらおっと。
ザッ、ザッと、木剣を白杖のかわりにして、
うねる空気に沿って、真っ直ぐ歩く。
道しるべがあっても、白杖を使うのと使わないのとじゃ、
歩く時の安心感が、ぜんぜん違うんだ。
「ん?」
少し歩いてると、道の先から変な音が近づいて来るのが
聞こえるようになった。
……あれ? この音、どっかで聞いたような?
この、フワフワフォフフォフしたような音。
えーっと、どこだったか……ヴェルソ關係の動画で聞いたのは
間違いないんだけど……。
うーんと、えーっと……。
そうだ、思い出したっ。
今日から実装された、ダッティーの足音だっ。
ゆっくり、これまでよりもゆっくり歩くようにするぼく。
このモンスターは、捕まえることで
レベル1アップ分の、ステータスボーナスが得られる
って言うレアモンスターで、兎型してるみたい。
あ、そうだ。そういえば、今日から再販売された
ぼくが買って来たバージョンの、スターターセット版のヴェルソに、
ぬいぐるみが付いてきてるんだっけ。
ゲームすることばっかりに、意識が行ってて
チェックしてなかったや。
足音が、大分大きくなって来た。
そろそろ、捕まえる体勢になった方がいいかも。
しゃがんで待ち伏せよう。
うまく捕まえられないと、逃げるみたいだから、
慎重に手を出さないと。
足に触れられて、同時にフォフ フォフ、二回音もした。
よし、捕まえるぞっ。
「わぁ」
ダッティーに障ったとたん。
そのフカフカモフモフの感触が、ぼくの手から
捕まえる力を奪い去った。
捕まえると、この感触がなくなっちゃう。
もったいない。実にもったいない。フワフワモフモフ。
もったいない、ああもったいない、もったいない。
「うわっ! しまった!」
あまりの気持ちよさに、やんわりとしか触ってなかったら、
不意にぼくの手の下から、フワフワの獣が
スルリと抜け去ってしまったっ!
「おいかけなきゃ。もったいない。
いろんな意味でもったいないっ!」
でも、未開の地を走れるほど、ぼくは度胸がない。
しかたない……、雲竜印の音をたよりに、
ちょっと大股で、早歩きしよう。
「まってー!」
ツァッ ツァッ ツァッ。
早歩きの大股じゃ、兎の足にはどうあっても追いつけない。
くっ……駄目か。
『おいついたっ!』
ダッティーよりも更に先。
アインスベルグ側から、女の子の声が遠目で聞こえた。
『なっ! こらっ! 逃げるなっ!』
ダッティーの足音は左側、ガサガサって音が混ざり始めた。
草を踏みしめたような音?
でも、この方向は雲竜印のうねる音とは別方向……。
どうしよう。
『えっ? こっちって背景じゃなかったの?!』
走りながらの女の子の声は、すごく驚いてる。
だけど迷わず、ダッティーが逃げた方向に
踏み込んで行っちゃった。
……どうしよう。ぼくもモフモフしたい……じゃなくて、
捕まえたい。捕まえてステータスボーナスがほしい。でも踏み込むのは未開の地、まだガサガサが聞こえてるってことは、けっこう深い森なのかもしれない。
……どうする? こうやって、突っ立って考えてる間に、
どんどん、ダッティーとの距離が離れて行く。
モタモタしてると、女の子が先に捕まえちゃうかもしれない。
「……よし。行こう!」
遠目のガサガサの音をたよりに、気持ち小走りで
雲竜印の道をそれて、左前に向かう。
すごい、このナビ機能。ぼくが動くと、それに合わせて
音の方向がかわってる。そっか、それても大丈夫なんだ。
今雲竜印の空気のうねるような音は、
ぼくから、右後ろに向かって鳴ってる。だからアインスベルグまでの道には、
振り返ってから、左前に進むと戻れるってことだね。
「うぅぅ。速度が出せなくてもどかしいなぁ」
あいかわらず微妙な早歩きで、木剣の先端を地面に付けて
薙ぎ払うように、左右に動かしながら進む。
ゴツ、なにかを木剣が捉えた。
左足の先の位置で、なにかに当たった木剣。
何度か障害物を叩いてみる。音と感触の鈍さからすると、
これは……太い木かな?
木剣を右にスライドさせて、木の太さを確かめる。
そんなに幅はなさそう。じゃあ、この木の右脇を通って進もう。
うぅ。空気の音。
こっちだろうが、戻って来い
って言われてるみたいで、無駄に焦るなぁ。
***
どれぐらい歩いたのか。音が広がった。
どうも、木の生い茂るゾーンを抜けたみたい。
でも、相変わらず雲竜印は後ろに延びる音のまま。
ダッティーの音が、まだ聞こえる。
でも、なんだかちょっとくぐもってるな。
「……ダッティー。どこだろう?」
「あっちよ」
「うわっ? いたのか」
思わず、で呟いた言葉に反応されて、びっくりしちゃった。
「いたのかって……すぐ右にいるんですけど?」
さっきダッティーを追っかけてった女の子の声。
「なに言ってるんだろう」って感じの、不可解そうな声だ。そりゃ、そうだよね。
「あっち……って?」
恐る恐る聞いてみると、
「あっちはあっちだよ。正面の岸壁の先。
はぁ、やっとおいついたと思ったら
人じゃ通れないようなとこから逃げるんだもんなぁ」
そうがっかりした声色で返してくれた。
よかった。変な事連続して聞いたから、
怒られるかと思ったよー。
「岩壁? そっか。音にちょっと圧迫感があるの、
壁があったからか」
「音に圧迫感? 見ればわかるでしょ?」
こっちを、バッて向いたのがわかった。
声の向きがこっちになったし、
ガシャリって……鎧かな? が鳴ったから。
「君、どういうロールプレイしてるの?
まるで、盲目キャラが、事態をものすごい聴力で把握してる
みたいなこと言って?」
驚いたまんまの声色で、そう聞いて来た。
「んー。そういう超人キャラってさ。
かっこいいから、やってみたくってね」
ぼくは苦笑いする。
たしかに、実際この子の言うとおりではある。
状況を、聴力と体に伝わる感覚だけで判断してここまで来た。
けど、「その通りだ」なんて言ったところで信じられるわけはないし、
変な人扱いされるのもいやだから。
だって、ここは。
見える人しかいない場所だから。
「ふぅん、そう」
納得してない言い方なのは、なんでだろう?