ストーリーログ4。ぼくの戦いはこれからだ! ファイル2
「お、おお。これは?」
驚いたような声。
「え? どうしたんですか?」
予想外のリアクションに、ぼくは思わず声を上げていた。
「そうか。シオン、おぬし雲竜印が使えたのか。
驚いたわい」
「え? 使えますけど、そんな驚くような物なんですか?」
「うむ。そのスキルは、竜神様が恩寵によって
進むべき道を示してくださるという、ありがたい物じゃ。
これはめでたい。餞別を、一つ増やしてやろうではないか」
「え? えっ? いいんですか、そんな?」
正直。ぼくは今、混乱している。雲竜印は
ウイト君が言うには、マイナースキルだってことだし、
このスキルを取得するには、キャラクリ時に、
ステータスへのボーナスポイントを、
魔力に、15も振る必要がある。
もしかして……いや、もしかしなくてもこれ。
専用イベント、だよね。
ちょっと。スキル一つに、いくらなんでも
破格の扱いすぎない?
「いやー、やられちまったなー」
「あ、モブ。もう大丈夫なの?」
「ああ。まだ頭、ちょっとガンガンすっけどな」
「って言いながら、自分の頭バシバシ叩かないでよ」
失笑で突っ込んだら、「ハハハ」って特に気にしてない感じの
軽い笑いが返って来た。
しょうがないなぁ、この人は。
「んで? 長老は、なにをタンスん中ひっかきまわしてんだ?」
ああ。ガサゴソ言ってるのは、箪笥ひっかきまわしてたのか。
って……え?
箪笥に放置されてるような物、くれようとしてるの長老?
「ん、おお。これじゃこれじゃ。昔もらったが、
ワシでは魔力が足りんで、恩恵に与かれんかった
呪宝でのう」
「な……なんか、長老口調が変」
「よっぽど嬉しいんだろうな。んで?
そんなm埃被ったオマモリなんぞ持ち出して、
なにする気なんだ?」
「埃被ってるの?」
思わず、顔を顰めるぼく。
「なぁに。シオンの魔力に触れれば、
こんな埃なんぞ消し飛ぶじゃろうて」
「「てきとうだなぁ」」
って言ってる間に、ぼくの右手首にブレスレットがはめられた。
「わっ」
外そうと思って、左手で振れたんだけど、そしたら。
「おお」「うおっ?」
シュウウウウ。
風に少しノイズが混じったような、不思議な音がした。
モブが、なんかびっくりしたような声出してたけど、
今の……なんだったんだろう?
『影護のアルカーを入手しました』
「お前、よく目ぇ開けてられたな。
けっこう強い光だったぞ?」
「え? そうなの?」
「平然としておったか。
恩恵を受けられる人間は、今の光が大した光量には
見えておらんのかもしれんぞ、モブトよ」
「へぇ、そうなのかシオン?」
「うーん。どうなんだろ?」
ごまかすしかない。
光がそもそも見えてない、なんて言ったら、
きっとこのNPCたちは、固まってしまうと思うから。
いくらリアルに、会話も感触も体温さえも感じる、
このNPCたちでも、ぼくって言う盲目のプレイヤーは
神が知り得ない存在。
それは、ここまでのやりとりで理解してる。
だから、ぼくはNPCに合わせた
リアクションをしなくっちゃいけない。
……ハハハ。
いつも、人の顔色伺ってる、ぼくの学校生活が
こんな形で役に立つなんてね。
……はぁ。せっかく没入してたのになぁ。
「おっと、いかんな。もう一つ、餞別をやらねば」
「そういえば、『増やす』って言ってたっけ」
「うむ、そうじゃ。この、ヌルフルスで取れる鉱石を
鍛えて製造った、ヌルマタイトの剣じゃ。
アルフィーチアの辺りや、メルタリア洞窟で取れるような鉱石ほど
良質な物ではないが、暫くやって行くには困らん強度と切れ味じゃぞ。
ほれ」
カシャリと音がする。その音は横向きで。
ってことは、その剣を横向きにして差し出したみたい。
「ありがとうございます」
おずおず左手を持ち上げてコツン。わざと当てて場所を確認してから掴み、
今度は右手をコツン。同じ方法で場所を確認、掴んで
左腰に、なんとなくのイメージで刺してみた。
ピコン
『ヌルマタイトの剣を入手しました』
装備できたみたい。
「ずいぶんさまになったじゃねーか、え? シオンよぉ」
嬉しそうに、ぼくの右肩をバシっと叩くモブは、本当に嬉しそうで。
ぼくは、照れ笑いを返してた。
「さてシオン。後一つ、なにか持って行く物があれば聞くが
どうする?」
「なにか、ですか? うーん……」
考える。
って言っても、ぼくがこれまでで手にした物で残ってるのは、
あの木剣だけだ。あれは白杖のかわりになるし、
それにこれから先、武器の間合いを木剣を添え木にすれば、
戦う前に測れるかもしれない。
「長老。さっきモブと戦った時に使った木剣、いただけますか?」
「それはかまわんが、いいのか?
ヌルマタイトの剣の方が、
切れ味も強度も上じゃぞ?」
不思議そうに尋ねられちゃった。
そうだよね。わざわざ、弱い武器を持っておくのは変だ。
……高速言い訳でっち上げタイムっ! 脳フル回転だ!
「えーっと。そうだなぁ……
初心を忘れないためです」
よし、出たぞ!
「なるほど。大切じゃな、その気持ちは。
そうじゃモブト。せっかくじゃし、
おぬしの名でも彫ってやれ。そうすればシオンの気合もより入るじゃろ」
「おお、そいつぁあいい。ちょっとまってろよシオン」
そういうとモブは、部屋を走り出て行った。
「え、そこまでしてくれなくてもいいのに」
また困惑してしまう。こんなことまで想定してるの?
恐ろしい発想力の広さだなぁ。
「シオンよ。ここから先は、死と隣り合わせじゃ。気を抜くでないぞ」
真剣な、だけど優しい声で長老がそう言ってくれる。
「はい」
しっかりと頷く。
「おぬしのような優しい子では、モンスターを、
場合によっては、人すらも殺すという、
これからの生き方は、荷が重すぎるかもしれぬ」
改めて言われると、身体が硬直する。
人すらも殺す……。
ゲームとして、対人戦のシステムがあることも、
敵の人間NPCがいることも知ってる。
けど、いざ。こうして、極めて「生」の感触の
この世界の中にいて、こういう表現で言われると……、
すごく胸が重たくなる。
「じゃが、これはおぬしの決めた道。
後悔は、ないのじゃな?」
心配そうに、問いかけてくれる長老。
この優しさが……つらい。
ぼくは……でも、首を縦に振るしかない。
それが……、ヴェルゼルガ・ソードなんだから。
「そうか。なら、止めはせん。
わしらは、おぬしの無事の旅を祈るだけじゃ」
これまでで一番、優しい だけど力強い声。
「ち……ち……!」
ああ、また涙腺が。涙腺が!
「じょうろううううう!!」
大 崩 壊 だよ!
「ほってきたぞー!」
バシ!
棒状のなにかで、背中を叩かれた。
「いでっ だにすどぅんだよぼぶ」
鼻グズグズで、モブがボブになっちゃったよ。
誰だよボブ?
「おら、お前の木剣。メッセージも入れて、彫って来たぞ」
「はやっ」
ズルってしながら、思わず言っちゃった。
「こやつはこう見えて、手先がみょーに器用でのう。
まあ、そのかわりかなり雑なんじゃがな」
「余計なこと、言うなよ長老。おら、餞別だ」
「あ、ありがとう」
ふぅ、なんとか普通に戻った。
ペシペシと、左腕を木剣で叩くので、
右手で止めてから受け取る。
ピコン
『初心の木剣を入手しました』
メッセージって、いったいどんなこと、書いてあるんだろう? 木剣の長さは限られてるし、メッセージを書くには短いと思うんだけどな?
「ホッハッハッハ。本当に雑じゃのうモブトよ」
楽しそうに笑ってる長老に、
「やかましい。今回は時間が命だろが、
優先順位が早さだっただけだ」
って、モブがふてくされたように言う。
いいなぁ。なに書いてあるんだろ?
活字の形、習っておけば読めたのかなぁ?
「さ、門出はみんなで送り出さねばな。
ゆくぞシオン、モブト」
「おう」
「あ。はい」
二人に促されて、ぼくも長老の家を出る。
今回は、長老に掴まることにした。
ーーだって。モブに掴まったら、名残惜しくなりそうだから。
長老。優先順位低くて、ごめんなさい。
長老の家の外は、村とは思えないぐらい、ザワザワ賑やかだ。
村の人たちが、口々に
「がんばれよー」とか「怖くなったら帰って来ていいんだからねー」とか、
いろんなことを言ってくれてる。
ーーアバター。愛されてるなぁ。
「シオン。ここから先は、もう村の外じゃ。
アインスベルグへの路は、きっちりと舗装されておるし、
アインスベルグまでは、モンスターの殆ど出てこない安全な道じゃ。
じゃが、そこから先は、わしらにはわからんでな。
アインスベルグからは、完全におぬしの路になる」
「敵 味方は、きっちり見極めろ。
お前はお人よしだから、すぐ騙されっちまうからな。
それさえ気を付けりゃ、なんとかやってけっだろよ。
ただ一つ」
二人とも真剣な声。きっと顔もそうなんだろうな。
「殺すことはあっても、殺されるな。
死なすことがあっても、死ぬな。
この世界を、ヌルフルスを出るってことは
そういう世界に、飛び込むってことだ。わかったな?」
何度目かの、モブの生き抜くアドバイス。
ぼくは、二人に大きく、深く頷いて。
「二人とも。ありがとう。ありがとうございます」
直角お辞儀で返した。
「うむ。達者でな、シオン」
「またな、シオン。そんじゃ」
「逝って来い!」って、思いっきり背中を叩かれた。
いや……これはもう、突き飛ばされる勢いだ。
「うわっっとっとっとっとっ!」
もう何歩、歩かされたか。
ズザッて、白杖替わりの木剣を地面にこすりつけて、
なんとか速度を殺した。
「いってきまーす!!」
まだザワザワ聞こえる村の声に、体ごと振り向いて、
全力の大声で挨拶した。ちゃんと、みんなに届いてるといいけど。
「よし」
進行方向に体を向き直す。
ここからだ。
ここからぼくの。
ヴェルゼルガ・ソードが。
ーー始まる!
モブが彫ったメッセージは
「が」
「ん」
「ば」
「れ」
「よ」
と片面に
「シ」
「オ」
「ン(シオン部分は他プレイヤーでもアバターネームが入る)」
「!!!」
と片面に
縦書きで、両面鍵括弧なしで、刃の中央から鍔側に向かって彫ってあります。
現在のシオンのステータス
括弧内のEは現在装備中を表してます。
レベル1
職業:剣士
HP:100
MP:100
物攻:30(プラス15)=45
魔力:40
物防:40(プラス5、プラス10)=55
魔防:40(プラス10)=50
素早:40
スキル:雲竜印
所持アイテム
初心の木剣
装備品
ヌルマタイトの剣(E)
革の鎧(E)
影護のアルカー(E)